占星術師の疑念
王が崩御したのは、密談の翌日だった。
老齢ゆえ体調は万全ではなかったとはいえ、
急変の兆しはなかった。
あまりに突然の死に、王宮は騒然となる。
当然ながら、すぐに緊急会議が開かれた。
次なる王は、誰が継ぐのか。
「年齢から見ても、ウォルガス王子が順当でありましょう」
「いや、母は愛妾。正統はティルダス王子にございます」
「しかし十四では幼すぎる!」
「そもそも、充分な教育も受けておらぬではないか!」
「今からでも遅くはない!」
議論は激しくぶつかり合い、結論の気配は見えない。
チグラスもまた、その場にいた。
王の護衛であり、占星術師であり、魔導士でもある彼は、本来ならば発言すべき立場にあった。
…だが、口は開かなかった。
占術の結果は、あえて伏せている。
——もしや……王の死は、人の手によるものか——
ナハペトの星図には、不吉な兆しが重なっていた。
国家に変事が起こる配置。
だがチグラスには、この場でそれを語る権限はない。
たとえ語ったとしても、信じる者は少ないだろう。
重苦しい空気が会議を覆う。
「……静粛に」
その一声で、場が凍りついた。
エレーニ妃の兄にして大臣、ファシムである。
「先王の遺書を預かっておる」
懐から羊皮紙を取り出し、ゆっくりと広げる。
そして、読み上げた。
「…次なる王位を、第一子ウォルガスに継がせる」
どよめきが走る。
「おお……」
賛同の声が、次々と上がった。
——遺書は本物か……——
チグラスは目を細める。
——いや、本物だろう。だが…——
王が意思を変えたのは、昨日だ。
遺書がそれを反映しているはずがない。
つまり…。
「……」
チグラスは沈黙を守った。
密談の内容を明かすべきか、一瞬だけ迷う。
だが……やめた。
ファシムという男。
あれは、油断してよい相手ではない。
ここで軽率に動けば、何が起こるかわからない。
こうして会議は決し、
ウォルガス王子の王位継承が正式に決定された。
——まずいな……——
胸の内で、チグラスは呟く。
——考えたくはないが……密談が漏れていたとすれば——
王は、消されたのかもしれない。
ファシム。
奴隷剣士から成り上がったその男は、すでに国政の中枢を握っている。
——ここまでとはな……——
チグラスは歯噛みした。
——せめて、生年月日さえ分かれば……——
占星術師にとって、それはすべてを暴く鍵だ。
だが、それは叶わない。
——今この国に、未来を見通せる者はいない——
かつてはいた、
神の声を聞く者……大神官長。
だがその座は、とある事件をきっかけに失われたままだ。
火を拝むこの国において、
神託を下せる者がいないということは…。
盲目に等しい。
自室へ戻ったチグラスは、すぐさま机に向かった。
ティルダス王子の出生図を広げ、現在の星の動きを重ねる。
「——これは……!」
思わず声が漏れる。
星が示していたのは……。
明確な“凶”。
しかも、近い。
「急がねば……!」
チグラスは立ち上がった。
「神の使い、不死鳥よ——来たれ」
その言葉とともに、炎が揺らぐ。
次の瞬間、燃え上がるような羽を持つ大鳥が現れ、腕に舞い降りた。
「ギルス・ギルスに、緊急を伝えよ」
命を受け、不死鳥は夜空へと飛び去る。
「……念のため、隠蔽をかけておくか」
チグラスは静かに呪文を紡いだ。
誰の目にも、この使いは映らぬように。
——すべては、あの日から始まっていたのかもしれぬ——
奴隷出身の踊り子が妃となり、コルトリ王国から嫁いできた王女が王妃となり、王子たちの運命を分けた。
師ギルス・ギルスが反対していた理由が、今ならわかる。
——だが、嘆いている時間はない——
ティルダス王子の命が、危うい。
チグラスはマントを翻し、部屋を飛び出した。




