羊飼いの家
一方、チグラスたちと別れたアルセンとダエンは宿には泊まらず、とある羊飼いの家に身を寄せていた。
実はこの家は、アルセンの実家であるマキミアン家が治めるカリス領内にある館でもあった。
カリス――。
ナハペト北東部の寒冷な高地に位置し、古くから軍事拠点として栄えた地である。
軍馬の育成に加えて牧羊も盛んで、毛や羊肉を市場に卸すことで領内を潤していた。
「なんだいアルセンってば、ケチんぼだな! 宿代がもったいないからって、自分の領土内を使うなよ!」
最初のうち、ダエンはぶつぶつ文句を言っていたが、
「うるせー!オレ様だってな、うまい酒飲んで綺麗な姉ちゃんと遊べる宿がいいんだよ!だがな、これから長い旅だ。節約しねぇといけねぇし、宿の近くで剣の稽古なんかしたら怪しまれるだろーが!」
と言われ、言い返せなくなった。
しかしダエンにとって理不尽だったのは、肝心の剣の稽古が始まらないことだった。
代わりにさせられるのは、毎日朝から晩までの羊飼いの手伝いばかり。
夜明け前に叩き起こされ、朝食を済ませるとすぐに羊の世話。
羊飼いたちはダエンにも丁寧に接してくれたが、作業はハードで、ダエンは毎日くたくたになっていた。
「アルセーン、いつになったら剣を教えてくれるんだよ!話が違うじゃないか!」
とうとうダエンは堪えきれず、アルセンに食ってかかった。
「まぁまぁ、そんなブーたれんなって」
アルセンはのらりくらりとかわそうとしたが、
「これじゃ僕、いつまでたっても強くなんないじゃんかよ!」
と、ダエンはさらに詰め寄る。
アルセンはダエンの体つきを一瞥し、軽くため息をついた。
「お前さんさ……元気いっぱいの子供んちょだけど、現実見えてるか?」
その一言に、ダエンは激怒する。
「な、ひどいよ!僕もう子供じゃない! このあいだ十五になったばっかりだぜ!?」
この国では十四歳で成人扱い。
ダエンは必死に大人だと主張したが、
「オレ様から見りゃ、お前なんてまだヒヨッコだぜ?」
と、あっさり返されてしまう。
「なんだよ!アルセンなんて、しょっちゅう酔っぱらったおっさんじゃないか!」
悔し紛れにそう返すと、
「はは、酔っぱらいなのは認めるがな!だがよ、ダエン、お前さん自分の体見てみろ。そんな細っこくて、羊飼いの手伝いでヒィヒィ言ってるヤワな体で、王子サン守れると思うか?」
鋭い一言に、ダエンはぐうの音も出なかった。
「ま、オレ様も退役してから飲んだくれて体なまってるから、あんま人のこと言えねぇけどな」
そんなわけで、ダエンはしばらく羊飼いの仕事を手伝わされることになった。
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館の主人はヘンリクという名の中年男で、妻イルマ、アルセンの乳兄弟ザウル、その嫁ジェマと四人で暮らしていた。
ある日、成長した羊を市場に売りに行くことになり、ダエンとアルセンも同行することに。
「自分は母上とジェマの手伝いをしますから、ダエン殿とアルセン、申し訳ないけれど父上に付き添ってくれませんか?」
ザウルに頼まれ、断れなかった。
——オレ様が領主の息子とはいえ、無理を言って世話になってるんだ。仕方あるまい——
しかし、ダエンは違う意味で大喜びだった。
「うわぁ~!僕、市場に行ってみたかったんだよね!」
「おい、小僧。市場は遊びに行くところじゃないぞ」
アルセンがたしなめるが、
「えー、ちょっとくらいウキウキしたっていいじゃんかよー!」
と、ふくれっ面になる。
「ははは!まあ、草原で羊の世話ばかりでは、若いダエン殿には退屈でしょうな。用事が済めば、見学くらいならできますよ。私が案内しましょう」
ヘンリクが優しく声をかけると、
「やったー!やっぱヘンリクさんってサイコー!」
と、ダエンは大はしゃぎ。
こうして一行は羊を売りに市場へと向かった。
それがダエンにとって、運命の出逢いをもたらすとも知らずに――。




