引き裂かれた恋人たち
ティルダス王子暗殺の密命を負ったリュシマ姫…。
アルサス城を出る前に、せめて恋人のウォルガスに一言だけでも告げておこうと思っていた。
だが、彼のもとへ行こうとすると、なぜか様々な邪魔が入る。
ある日は、リュシマの身の回りを世話している侍女の具合が急に悪くなり、薬草を煎じて看病に追われた。
またある時は、ファシムの息子ミトルダにしつこく絡まれて、思うように面会に行けなかった。
——ああ、こんなときにでも、連絡がわりに魔鳥を飛ばせたなら……——
せつない思いが胸を締めつける。
リュシマは母国にいた頃、身を守るための魔導を最低限学んでいたが、すべてを習得するには時間が足りなかった。
そんな折、
「大変だ!」「曲者だーっ!」城内に怒号が走った。
「一体、何事ですの!?」
声を投げると、城内を駆け回っていたのはファシムの腹心の一人、デレニクだった。
「大変ですっ!王が……ウォルガス様が何者かに刺されました!」
その言葉に、リュシマはふらりと膝が抜けるような気がして、その場に倒れ込みそうになった。
「えっ!?そんな……」
リュシマを支えたのは、宦官であり護衛のテオメデスだった。
「リュシマ様、しっかりしてください!」
デレニクは息を切らしながら続ける。
「幸い命に別状はない!ですが、ティルダス王子が差し向けた刺客の仕業だそうです!」
その衝撃的な言葉に、安堵と困惑が交錯する。ウォルガスが無事とわかったリュシマは、一瞬胸を撫で下ろした。
「あの……ウォルガス様に、会わせていただけませんか?せめてお顔だけでも…」
「それはなりませんッ!」
きっぱりと断られる。
「私、薬草に詳しいのです。きっとお役に立てますから、どうか──」
リュシマは食い下がる。しかし、
「今はフリストン殿とお抱えの医師が診ております! 絶対安静。しばらくは面会できません!」
そこへ、絶妙のタイミングでファシムが現れた。
自慢の髭をもぞもぞと弄りながら、リュシマに近づく。
「……第二王子が、ついに刺客を放ってきたようですぞ?」
その一言に、リュシマの血の気が一瞬で引いた。
「あの……一目でいいので、ウォルガス様にお目にかかりたいのですが……」
伯父であるファシムに頼めば何とかなるはずだと期待したが、
「それはならぬ」
彼は冷たく言い放った。
「王の安全を願うなら、一刻も早く第二王子を消すことですな」
ファシムはリュシマを冷ややかに見下ろす。
——私に、もう少し魔導が使えたなら、あの方を直接救えたのに……——
リュシマは唇を噛んだ。
「わかりましたわ。すぐにでもティルダス王子を追います……そのかわり、この文をウォルガス様に届けていただけませんか?」
袖口からそっと丸めた羊皮紙を取り出し、ファシムに差し出した。
「よかろう」
受け取ったファシムの口元が、ほんの一瞬ニヤリと歪んだ。
*********
「リュシマさまぁ〜、やめましょうよ、人殺しなんて!」
場面は変わって、かつてティルダス王子が暮らしていた北の館。
今は人影も少なく、放置されたままだ。
「お黙り、テオメデス」
リュシマはきつく睨み返す。
「私も気が進みませんよ。でもね、ティルダス王子が権力のためにあの方を殺そうとするなんて、到底許せませんわっ!」
その声には、かつて長姉フィリッパに権力のために排斥されかけた記憶がダブっていた。
「ここは寝室ね……」
リュシマは静かに寝台に近づいた。
「やはり、思った通りだわ!」
寝床の裂け目から掴み取ったのは、黒々とした毛髪だった。
「ティルダス王子は黒髪に青い瞳だと聞いているわ。肖像画もそう描かれていたもの」
一本の毛を人差し指と親指で挟み、目の前に掲げてほくそ笑む。
「これで、探し当てられる――」
*********
その頃、リュシマの文を手にしたファシムは、魔導士ロムダスタを呼び寄せていた。
「この文を都合よく改ざんせよ。内容は――そうだな……『ウォルガス様、いつまでも妃にして下さらないので、私を匿ってくれる国へ旅立ちます。探さないでください』、大体そんな調子にしておけ」
命を受けたロムダスタは、跪いて答えた。
「御意」
そして、思案の表情とともに、どこか残忍な笑みが浮かんだ。
——ファシム殿の言ったとおりだけでは、王は諦めきれまい……ここはもう少し工夫せねば…——
ロムダスタは瞬時に魔導で文の内容を書き換えた。
「ロムダスタ、先程から城内が騒がしいようだが、一体何事だ?」
振り返ったロムダスタは、一瞬息を飲む。
声の主はウォルガス王だった。
咄嗟にリュシマ姫の文を後ろに隠し、言い訳を口にする。
「いえ…オドリュスから亡命してきた姫君がいなくなったようで…」
咄嗟に嘘をつくと、
「なんだって!?」
ウォルガス王は声を荒げた。
「実は、姫の書き置きがここにございます」
ロムダスタは文を差し出す。
王はひったくるように受け取り、読み始めた。手が小刻みに震えている。
『ウォルガス様、どうか私のことはもう忘れてください。私はもはやあなたに仕えるつもりはありません。身を守るため、私を匿ってくれる国へ旅立ちます。探さないでください』
「リュシマ…!もっと私を信じてくれたなら…!」
そう言い、ウォルガス王はガックリと項垂れた。
——しめしめ、うまくいったわい——
こうして若き恋人たちは、謀略の末に引き裂かれたのだった。




