盗賊現る
市場のある目的地ティグラノケルタは、この国でも屈指の大都市だった。
マキミアン家が治める領土カリスからは距離があり、辿り着くまでには一月半もかかる。
一行は荷馬車に羊と牧羊犬、そして旅の食料を積み込み、ゆっくりとカリスを発った。
「なあ、僕たち……邪魔じゃない?」
ダエンが道中ふと気になっていたことを口にすると、ヘンリクは笑みを浮かべて首を振った。
「とんでもない。元軍人で槍の名手のアルセン坊ちゃんがいるだけで心強い。それにダエン殿も羊や犬の世話、随分うまくなりやした。」
「え、アルセンがいると何で心強いの?」
ダエンは不安そうにヘンリクを見る。
「ティグラノケルタへの道は長く危険でしてね、狼が出たり山賊が現れたりと…」
言い終える前に、ダエンの声が裏返った。
「ええっ!?狼に山賊!?怖いよ!」
横でアルセンがぶつぶつと文句を漏らす。
「だからイヤな予感がしたんだよ。カリスの市場じゃなくてティグラノケルタだなんて、距離が長すぎる。そんな道中をタダで同行させるなんて、上手すぎる話だろ。しかもオレの得意な槍は置いてきちまったし……」
ヘンリクは豪快に笑い飛ばした。
「はっはっは!我々も用心棒を幾人か同行しておりますがね。坊ちゃんは剣を持ってるでしょう?それさえありゃ、鬼に金棒ですよ!」
「ちぇっ、調子いいな」
とアルセンが舌打ちすると、ヘンリクは声を落とした。
「だが油断は禁物でさ。数年前までこの国を支配してた義賊がいたんですがね――そいつは金持ちから奪った財を貧民に配る仁義のある奴でした。だが最近現れる賊は違う。物を奪うだけじゃねぇ、殺し・女の辱め・人売りまでやる始末だ」
「そんな……!」
ダエンの顔が強張る。
「義賊はどうしちゃったのさ」
「頭領が死んだか引退したか……詳しいことは分からねぇが――」
ヘンリクが言い終えた瞬間、馬車がガタンと大きく跳ねて急停止した。
「なんだ、急に止まって!」
前方では、金属がぶつかる甲高い音が鳴り響く。
アルセンは即座に腰の剣を抜き、馬車から飛び降りた。
「曲者か!」
黒い覆面の男が斬りかかってきたが、アルセンは余裕の姿勢で受け流し、返す刃で倒していく。
「盗賊の話をした途端これとは……運がいいのか悪いのか」
ぼやきつつも、彼は次々襲い来る賊を切り伏せる。ヘンリクも剣を手に戦線へ加わった。
一方、ダエンは――。
——丸腰だし、戦ったところで足手まといだ。だったら僕にできることは……あ、あれなら!——
ひらめいたように手を打ち、馬車からひょいと降りると、敵の馬車へ素早く回り込んだ。
幸いまだ気づかれていない。
御者台には監視役の男がいる。
ダエンは一旦脇道へ入り、地面から棒切れを拾ってローブの内に隠した。
「こんにちは」
にこやかに声をかけると、男はギロリと睨みつける。
「なんだぁ、おまえ」
「僕、今襲われてる商団の一員なんですけど、扱いがひどいんでね。そっちの仲間に入れてもらいたいな〜って!」
あまりに突飛な提案に、男は呆れ顔だ。
「はぁ?何言ってんだ坊主。母ちゃんの乳でも飲んで寝てろ」
その一言で、ダエンの眉がぴくりと動いた。
——母上を亡くした僕に、その口の利き方はないだろ。よし、やるぞ!——
「いやいや僕、すばしっこいですよ?きっと役に立ちますって」
作り笑いを浮かべつつ御者の背後に回り、隙を狙って棒切れを全力で振り下ろした。
鈍い音と共に男が悲鳴を上げる。
「いってえ!何しやがる!」
——やっべぇ、気絶しない!まずい!——
それでもダエンは無理やり笑ってみせた。
「ほら、すばしっこいでしょ?」
「クソガキ!ワシを殺そうとしたな!」
男が太い腕で掴みかかってくる——
——うわっ、どうする!?——
ダエンは反射的に身を引いた。
男の手が、怒りの熱を帯びて迫る…。




