血煙る採掘場
『王子殿、起きてください。そろそろ夜明けです』
明け方、マナフィの小さな声が耳に届く。
「う……ん……ムニャムニャ……」
ティルダスは寝ぼけ眼をこすりながら、ゆっくりと身を起こした。
「おっはよー!マナフィ」
まだ完全に目覚めていないせいか、つい大きな声を出してしまう。
『しぃっ! お静かに』
マナフィが人差し指を口元に当てた。
ティルダスは慌てて口を閉じ、周囲の労働者たちを見回す。
——よかった、誰も起きてこない——
『ねぇ、姿が見えなくなる魔導があるなら、声が届かなくなるやつもあるんじゃないの?』
気になっていた疑問を、ティルダスは小声でぶつける。
『ありますが……一度に複数の魔導を使うと、体力を消耗してしまうのですよ』
二人がひそひそと話していた、そのとき——
「起きろ、怠け者ども!」
どこからともなく、がっしりとした体躯の男が現れた。
怒鳴ると同時に、手にした円形の金属板を打ち鳴らす。
鋭い金属音が鉱区に響き渡った。
グワーン、グワーン、キーン!
耳をつんざく音に、労働者たちは目を瞬かせながら起き上がる。
『なんだい、あれ?』
驚いたティルダスが、マナフィに問う。
『さあな。あんな鳴り物は見たことがない……鳴らしているのは現場監督のフェージンだ。ファシム大臣と懇意らしいよ』
『ふうん……』
労働者たちは用を足す暇も、朝食を取る時間も与えられぬまま、鎖につながれ洞窟の奥へと押し込まれていく。
『うわ、トイレも朝ごはんもなし?』
ティルダスは息を呑んだ。
『そんなものです』
『ひどいな……』
フェージンは革のムチをふるい、動きの鈍い者を容赦なく打った。
肩から血が飛び散る者もいる。ティルダスは思わず目を背けた。
『マナフィ……俺たちも中を見てみたい。何が起きてるのか、この目で』
『いいでしょう。ただし、絶対に声は出さないこと。坑内では小声でも響きます』
マナフィは即座にうなずき、二人は姿を消したまま洞窟へ入った。
中は暗く湿り、松明を持つ監視役の男が立っていた。
ぐずぐずする労働者を、後ろから蹴り飛ばして進ませている。
坑道の奥では、男たちが腰を曲げ岩を砕いていた。
フェージンのムチの音が、闇に鋭く響く。
——ひどすぎる……——
ティルダスは唇を噛む。
そのとき、ひとりの男が疲れ果てて崩れ落ちた。
「さっさと立ち上がれ、この怠け者が!」
ピシッ。
ムチが容赦なく打ちつけられ、粗末な衣服が裂ける。
露わになった背に、真っ赤なミミズ腫れが走った。
ティルダスの目に涙がにじむ。
「まだ起き上がらんのか!この腐れ奴隷め!」
フェージンはさらにムチを振り、ついには蹴りを入れ始めた。
「やめろっ!死んじまうじゃないか!」
思わずティルダスが叫ぶ。
「誰だッ!」
フェージンが血走った目であたりを見回した。
「しまった!」
マナフィも声を上げてしまう。
「二人いるな!?姿を現せ!」
その言葉と同時に、ティルダスとマナフィの姿がスーッと露わになった。
「うわっ、どういうことだよ!」
隠れて採掘現場を見学していた二人だったが、ティルダスの叫びが命取りとなった。
この危機をどう切り抜けるか——
マナフィは瞬時に策を巡らせた。




