金脈の静夜
チグラスは、ひとり思い悩んでいた。
——そもそも今回の旅の目的は、路銀稼ぎの足し……そして、王子殿にとって、軽い社会見学にでもなればと思ったのだが……———
国一番とまではいかずとも、賢者に近い立場だと自負していたチグラスは、金の採掘の実態を何も知らなかった自分に恥を覚える。
まだ純粋な少年であるティルダスは、衝撃とともに怒りを感じていた。
「なんなんだよ、一体! 兄上がこんなこと知ったら、黙っちゃいないのに!」
ぷりぷりと肩を震わせるティルダスに、チグラスは淡々と答える。
「今のウォルガス王では、知る機会もないでしょう」
「なんだよ、チグラス!兄上を悪く言うなんて、不敬だぞ!」
ティルダスが怒りをぶつけると、チグラスは表情を変えずに告げた。
「悪く言ったつもりはないです……ウォルガス王は確かに優秀ですが、伯父であるファシム大臣には逆らえず、言いなりです」
そのことは占術の結果にも現れていた。
「金の採掘場の現場監督って、確かファシムの手の者だよ?」
マナフィが口を挟む。
「そりゃ都合の悪いことは、甥っ子に見せたくないんじゃないかな?」
「ファシムが俺のことを狙っていなければ、兄上に伝えられたのにな………そうだ!」
ティルダスの瞳がひらめきで輝く。
「チグラスの魔鳥で、兄上だけに分かるように文を飛ばせないか?」
「魔鳥で文を送ること自体は可能ですが、それは致しかねます」
チグラスはきっぱりと断った。
「なんでさー!」
「彼のことです。きっとファシム殿の耳に入れてしまうでしょう。それほどあの二人の信頼関係は深い。下手をすれば、ティルダス王子、あなたの御命が危うくなります」
ここまで言われては、ティルダスも引き下がるしかない。
ところが——
「そうか……でも、この悲惨な採掘場、なんとかできないの?」
ティルダスは諦めきれない様子だった。
「あまり派手に動けば足がつきます。——もし本当に変えたいのなら、ティルダス王子。あなたがこの国の王になるしかないのです」
チグラスの言葉は断固としていた。
「なんだよ!俺は王になんてなりたくないって言ってるだろ!?しつこいぞ!」
ティルダスは顔を真っ赤にして激昂する。
——やれやれ……その気になってもらうには、どうしたものか——
チグラスは胸中で嘆息した。
*********
その夜——。
なかなか寝つけなかったティルダスは、小用を足そうと外へ出た。
春先とはいえまだ肌寒く、用を足し終えた彼は思わず身震いする。
「こんばんは」
背後から声がした。振り向けば、そこにはマナフィ。
「なんだよ、俺が用を足してるときに女の格好で現れないでくれよ〜!」
情けない声をあげるティルダス。
頭では男だと分かっていても、赤毛の美しい少女の姿で現れられては落ち着かない。
「ははは、命がかかってるからねぇ。でもね……王子さん。特別に君に採掘現場を見せてあげるよ」
そう言うや、マナフィはサッと男の姿に戻り、次の瞬間には姿が消えた。
「あれっ!? マナフィがいなくなった?!」
驚くティルダスの耳に、声だけが届く。
『シー……大声を出さないで。今、姿が見えないのは僕だけじゃないから』
思わず自分の身体を見下ろす。
——ない。
そこにあるはずの自分の身体が見えず、ティルダスは息を呑んだ。
『ひゃっ……!』
小さく悲鳴を漏らすと、マナフィが手を取る。
『じゃ、これから行くよ』
次の瞬間、足元の感触が変わった。
岩だらけのゴツゴツした場所に立っている。
『ど、どこなんだよ、ここは!』
驚きの連続に、思考が追いつかない。
『言ったでしょう? 金の採掘現場だって。まずは労働者たちの様子を見てみましょう』
マナフィが指をパチンと鳴らすと、辺りがほんのりと照らされた。
そこには、地べたに寝そべる男たちが大勢いる。
——皆、驚くほどに痩せ衰え、やつれ切っている。
まだ春先の冷え込みが残るというのに、毛布もなく、寒さをしのぐため折り重なって眠る者もいた。
ティルダスは、その惨状に言葉を失った。
『夜明けまであと三時間ほどです。我々も少し眠りましょうか……』
マナフィが懐から小さな布を取り出し、広げる。
瞬く間に大きな布へと変わった。
『これで少しは暖が取れます』
ティルダスに掛けようとするが、彼は首を振った。
『俺は着込んでるから大丈夫。それより、この気の毒な労働者たちに掛けてやってくれよ』
『王子殿はお優しいですね。でも心配無用です、予備はあります。彼らにも掛けてやるつもりでした。もちろん、現場監督が来る前に撤収しなくてはなりませんが』
『そうか……良かった……』
安心したティルダスは、コトンとその場に横たわり、すぐに眠りに落ちた。
——王子ともあろう者が、こんな場所で眠ることなど本来あり得ないだろうに——
マナフィは哀れむように地面へ布を敷き、ティルダスをそっと抱き上げて寝かせる。
『おっと、こちらも忘れないようにしなくちゃ』
再び懐から小さな包みを取り出し、労働者たちにも布を掛けた。
魔導で姿を隠しつつ、防壁を築いてゆく。
——これで良し——
マナフィも静かに瞼を閉じた。




