金の影に
「よぉ、兄ちゃんたち! 金儲けのためにソトーキ鉱山へ行くのは、やめときな!」
チグラスらが鉱山について話し合っていたとき、酒瓶を片手に近づいてきたのは、ヒゲもじゃの中年男だった。
——なんだかアルセンをおっさんにしたみたいだな。そういやダエンと二人、どうしているだろ——
アルセンに似た男を見たティルダスは、胸の奥が急に懐かしさで溢れそうになる。
「それは、なぜです?」
チグラスが鋭く切り返す。
「だいたい金の採掘なんてのは、昔から戦争捕虜や奴隷、罪人の仕事だったんだ。ところがここ何年か戦争がなくなって捕虜もいねえ。だから貧乏人までがやるようになったってわけさ。あそこは苛酷なんてもんじゃない。ありゃあ地獄だ!」
男はそう言うと、ぐいっと酒をあおった。
「なぜそれを知っているのです?」
チグラスがさらに追及する。
男はティルダスの隣に腰を下ろし、肩をゆすりながら語りだした。
「なに、俺様は貧乏ってほどじゃねえが、金持ちってわけでもない。ちょいと小銭稼ぎに、採掘場に行ったのさ」
その言葉に、ティルダスが目を丸くする。
「え?貧乏じゃないのに金持ちでもないって、どういう意味なのさ?」
冷遇されていたとはいえ、城で育ち金に不自由したことのないティルダス。
思わず口をついて出たその言葉に、チグラスはヒヤリとした。
——この世間知らずっぷりで、身分が高いとバレなければいいが——
だが男は気にも留めず、採掘場の惨状をまくしたてた。
「現場にはよ、必ず監督がいてな!労働者にムチを打ちながら無理やり働かせるんだ!」
「えっ、働いてもらうのに、なんでムチなんて打つのさ!?」
ティルダスはまるで理解できない。
「さあな。自分らがエラいと勘違いして、何してもいいと思ってるんだろ。ウサ晴らしだよ」
「なんだよ、それ!ひでーじゃないか!!」
怒りに顔を赤くしたティルダスに、男はさらに語る。
「オレらはまだマシさ。罪人や奴隷なんざ鎖につながれて逃げられねえ。罪人ったって、貧しさに負けて盗みを働いたような奴ばかりだ」
「なんだよ、それ……」
ティルダスの顔色がみるみる青ざめていく。
「殺人を犯した者はいないのか?」
チグラスが問いかけた。
大罪人がいない理由は察していたが、ティルダスのため、あえて知らぬふりをして確認する。
「殺人みてえな大悪党は、この国じゃ即死刑だ」
——やはりな——
「そこは仕事が早くていいね」
ティルダスの言葉に、チグラスは内心焦る。
——いや、駄目だろ。冤罪の可能性もあるし、裁判はきちんとせねば——
そう口を開きかけたとき、
「それはダメでしょう!何もしてないのに罪をなすりつけられて犯人に仕立てられることだってある。裁判は必要よ!」
マナフィがすかさず口を挟んだ。
「えええっ!罪をなすりつけられるなんて、あるんだ!」
ティルダスはショックを受ける。
——この国を変えていこうという気持ちになってくれれば——
チグラスはティルダスを横目でうかがった。
「ねえ、おじさんはそんな鉱山から、どうやって逃げてきたの?監督がムチを振るうような場所なら、簡単には抜け出せないよね?」
「坊や、いいところに気づいたな!」
男はティルダスの頭をワシャワシャとかき回した。
思わずチグラスは「不敬だ!」と怒鳴りかけたが、身分を隠しているため必死にこらえる。
「罪人や奴隷じゃない採掘者には、本来は謝礼金がたんまり出る。だが、あまりに苛酷で耐えられなくなった者は、その謝礼金を監督にすべて渡せば解放されるって仕組みだ」
ティルダスは椅子を蹴るように立ち上がった。
「なんだよ、それ!ひでーや!!」
「監督のヤローめ、それを親切のつもりでやってるらしいぜ。もっとも俺様は若くねえから“役立たず”と思われて、すぐ解放されたにすぎねえ。若ぇ奴や元気なのは、なんだかんだ理由つけて働かされ続けるのさ」
男は言い終えると、酒を一気に飲み干した。
「なんてひどいんだ!」
ティルダスはテーブルをドンと叩く。
怒りで頬が真っ赤だ。
「だから言ったろ、金の採掘なんざやるもんじゃないってな」
そう締めくくると、男は大きなあくびをして、そのまま眠り込んでしまった。
「あーあ、寝ちゃった」
マナフィが小声でつぶやく。
——こうも都合よく採掘場の悲惨さを語る男が現れるとは。やはりマナフィの仕業か——
チグラスが見やると、マナフィはそっぽを向いて口笛を吹いた。
——やはりな…——
「なあ……俺、こういうの見過ごしたくない」
ティルダスが突然チグラスに耳打ちした。
「なんですと!?」
「俺たちで、なんとかできないかな」
ティルダスの一言に、チグラスは言葉を失う。
——これは厄介なことになった、どうしたものか…——
このときチグラスはまだ知らなかった。
これがティルダスに王位継承の意思を芽生えさせる、最初の一歩になることを――。




