セワナ湖畔の宿屋の娘
心の準備もままならぬまま、はしゃいだティルダス王子が一歩、魔法陣に踏み込んだ。
そのせいで急遽転移が発動し、二人は激しい回転とともに目的地へと飛ばされた。
案の定、慣れない王子は魔導酔いを起こし、
地に倒れ込む。
「王子殿! 大丈夫ですか!?」
チグラスは抱き起こしたが、
「ん……気持ち悪……」
ティルダスはうつろな目をしながら答えると、そのまま力なく意識を手放した。
——やはりな……。
チグラスは王子を抱きかかえ、宿を目指す。
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「お待ちしておりました! ギルス・ギルス殿から伺っておりま〜す!」
明るい声とともに宿から現れたのは、赤い長い巻き毛とヘーゼルの瞳を持つ美しい少女だった。
「そなたが……マナフィ殿か?」
移転魔導を決意する前、師ギルス・ギルスの魔導鳥——フクロウが文を運んできていた。
そこには“セワナ湖畔に信頼できる者マナフィがいる。頼るように”と記されていた。
「はじめまして! あたしはこの宿の娘、マナフィよ。よろしくね!」
年の頃は18ほど。
宿屋の娘にしては眩しいほどの美しさに、チグラスは違和感を覚える。
——まさか、本物はすでに消されているのではあるまいな……?——
疑念がよぎるが、それを察したかのようにマナフィは笑った。
「あはは!やっぱ警戒しますよね?きっとギルス殿、あたしのこと詳しく伝えてないんでしょう?」
彼女は指を鳴らし、魔導鳥を呼び出した。
現れたのは——コウノトリだった。
「あたしも魔導は使えるんです!残念ながらチグラスさんのように、火鳥は出せないけどね!」
「……いや、お見事だ」
チグラスはついに警戒を解く。
この国で魔導鳥を扱えるほどの魔導を教えられるのは、師ギルス・ギルスをおいて他にいなかったから…。
「ま、立ち話もなんですし。お部屋へご案内しますね」
マナフィは重い木の扉を開けた。
中は酒場だった。真昼間から男たちがジョッキを掲げ、陽気に騒いでいる。
「おぅ!お客さんかね?」
カウンターで酒を注いでいた白髪の男が声をかけてくる。
「父さん、そうだよ!2名様!一人は眠ってるけどね」
——父親?あまり似ていないな……——
「背の高い兄ちゃんに、眠ってる坊やは弟かな? らっしゃい!ウチのワインは絶品だよ!」
男は気さくに笑いかけてきた。
——変装魔導をかけておいて正解だった。一応は兄弟に見えるらしい。…だが、もしかするとこの主人とマナフィは本当の親子ではないのかもしれんな——
そう考えるうちに、部屋へと案内された。
ベッドが2つあるだけの簡素な部屋だ。
「……っと、部外者が入ってこないように、魔導をかけておくね」
マナフィは片手をひらりとかざし、結界を張った。
「そなたは……無詠唱で魔導を!?」
無詠唱は高度な技。
しかも彼女の年齢では、常識外れの域だ。
「ちなみに師匠はギルス・ギルスじゃないよ! …アハハ!チグラス殿、あたしのこと気になって仕方ないでしょ? 王子殿が目覚める前に、色々話そっか!」
彼女はベッド脇の木椅子に腰かけ、にっこり笑った。
「きっとわかってると思うけど……あたし、本当は宿屋の娘なんかじゃないんだ〜!」
カラカラと笑うその顔に、チグラスは既視感を覚える。
——誰かに似ている……誰だ……?——
思い出せない。
「今っ!あたしのこと、誰かに似てるって思ったでしょう?」
考えを見透かされ、チグラスは息を呑んだ。
「さてと……何から話そうかな〜!」
長い一日が始まった気がした。




