亡国の姫君
その頃、王宮では若き王ウォルガス一世が、夕暮れになると窓辺に立ち、遠くの空を見つめては長いため息をつくのが日課となっていた。
黄金色に染まる西空を背にしたその横顔は、亡き父王が寵愛したエレーニ妃を思わせるほど美しく、しかしその瞳には若き王には似つかわしくない深い憂いが宿っていた。
「ウォルガス様……」
鈴を転がすような可憐な声に、ウォルガスは静かに振り返る。
そこには、一人の可憐な少女が立っていた。
雪のように白い肌。
腰まで流れる艶やかな黒髪。
涙をたたえたように揺れる、すみれ色の瞳。
金細工のヘアバンドと腕輪が夕日にきらめき、その気品は彼女が高貴な血を引く姫君であることを物語っていた。
「また……弟君のことをお考えなのですか?」
少女の名はリュシマ。
北方のオドリュス王国の末姫である。
祖国では長姉フィリッパ王妃が夫を殺して王権を奪い、王位継承権を持つ者たちは次々と粛清された。
唯一生き延びたリュシマもまた命を狙われ、
この国へ亡命してきたのである。
今なお彼女の瞳には、故国で失ったすべてを忘れられぬ悲しみの色が残っていた。
「君の姉上のような恐ろしい人とは違う。俺は弟を大切にしてきたつもりだった……」
ウォルガスは苦々しく呟いた。
異母弟ティルダスは五歳年下で、幼い頃から北の離宮で育てられていた。
共に過ごす時間は決して多くなかったが、祭礼の折には抱き上げ、贈り物を欠かしたことはない。
本来なら、正妃の子であるティルダスこそ王位を継ぐべきだったのかもしれない。
だが、その弟が王位奪還を企てているという噂だけは、どうしても信じることができなかった。
「ウォルガス様……どうかご自分を責めないでください。このリュシマが、いつまでもお側におります」
優しく囁きながら、リュシマはそっとウォルガスの胸に身を寄せる。
ウォルガスはその華奢な肩を抱き寄せ、白い額へ静かに口づけを落とした。
「君を妃に迎えたい。たとえ亡命の身であろうとも、君は正統なる姫君だ。必ず皆を納得させてみせる」
「まあ……ウォルガス様……」
頬を桜色に染め、リュシマは嬉しそうにその名を繰り返した。
夕暮れの柔らかな光の中、二人の影は静かに寄り添い、一つに重なっていく。
……しかし。
その甘く穏やかなひとときを、扉の陰からじっと見つめる者がいた。
灰色の髪を無造作に束ね、黒い瞳を蛇のように光らせた男——フリストン。
大臣ファシムの腹心であり、毒薬の扱いに長けた冷酷な密偵である。
——これは由々しき事態だ……すぐに大臣へお伝えせねば——
唇の端をわずかにつり上げると、フリストンは足音一つ立てることなく身を翻した。
そして王宮の闇へ溶け込むように、その姿を消した。




