検問
——想定以上に早い……侮れぬな。変装はしているが、念のため——
チグラスは両手を組み、呪文を唱えた。
「チストルヤの精霊よ。我らの姿を変じ、隠したまえ」
「わっ、チグラス、なにすんの!?」
次の瞬間、一同の姿は労働者へと変わった。
衣服だけでなく、顔立ちまでも別人のように歪められる。
「わっ、なんなの、これ!?」
ダエンが目を白黒させる。
「念のためだ。この術は一時間も持たぬ。アルセン、問われたらアラガーター山へ出稼ぎと答えよ」
目的地をバラスではなくアラガーター山とした方が安全だと、チグラスは判断した。
「おう、よくわかんねぇが任せとけ!」
アルセンはそう答え、馬を再び走らせた。
やがて一行は、見張りの前で止められる。
「待て。どこへ行く」
見張りは四人。
簡素な鉄兜に槍と盾を構えている。
「へぇ、アラガーター山へ出稼ぎでさぁ」
アルセンは慣れた口調で答えた。
「……中を見せろ」
チグラスは息を詰める。
——変装は問題ない。だが……ネリッサ殿の遺体は——
呪文で隠してはいるが、不安がよぎる。
「なんだ、ガキもいるのか」
男がティルダスとダエンを睨む。
「へへっ、俺たち山行くんだもんねー」
不用意な一言に、チグラスは内心で舌打ちした。
——できれば黙っていてほしかったが——
「……家族か?」
「まぁ、そんなとこでさぁ」
短いやり取りののち、
「よし、行け」
こうして一行は検問を抜けた。
「はぁ……やれやれ、ヒヤッとしたぜ」
アルセンが安堵の息を漏らす。
魔導によって灰色に変じていた髪は、次第に元の色へ戻り始めていた。
「うわ、俺の髪ガサガサじゃん……」
ティルダスが顔をしかめる。
「ほんとだー、汚っ!」
「お前も同じだったろ!」
二人は言い合いながらも、どこか楽しげだ。
「じきに元に戻ります」
チグラスが言うと、ほどなくして髪は本来の色を取り戻した。
「それにしてもさ、ガキの労働者って言われたけど……本当にいるのか?」
ティルダスの問いに、チグラスは一瞬言葉を選び、
「……おります。王子やダエン殿と同じか、それより幼い者も」
「そうか……」
王子は小さく呟き、黙り込んだ。
その表情からは、先ほどまでの明るさが消えている。
——知ってしまったか——
だが、それでいい。
いずれ王となるなら、目を逸らせぬ現実だ。
「それにしたってさ! 僕が女の子の格好する必要なかったじゃないか!」
ダエンが不満を爆発させる。
「もう脱いでいいよね!?」
言うが早いか、服を脱ぎ始めた。
「そーれ、コチョコチョ!」
ティルダスがダエンをくすぐる。
「きゃー! やめろよー!」
馬車の中は再び騒がしくなる。
——まだ子どもだな——
チグラスは苦笑した。
だが同時に、確かに見た。
あの、憂いを帯びた眼差しを。
——王となる資質は、あるかもしれぬ——
ならば、自分が導くまで。
チグラスは静かに決意を新たにした。




