「それぞれの帰路」
いつもお読みいただきありがとうございます。
少しずつ暑い日が増えてきましたね。
私は暑いのがあまり得意ではないので、すでに夏本番が少し怖くなっています(笑)
皆様も水分補給や休息をしっかり取って、体調にはお気を付けくださいね。
それでは第79話です。
魔獣達が消え去った後。
会談場には奇妙な静寂が広がっていた。
先程まで死と隣り合わせだったとは思えないほどだ。
巨大な結界は今も会談場を覆っている。
結界石を失ったはずなのに。
まるで何事もなかったかのように。
その光景を見上げながら、人々は未だ信じられずにいた。
だが。
その中心にいる本人はそんなことを気にしていなかった。
「こちらのお怪我も診せてください」
フィラは負傷した兵士へ治癒魔法を施していた。
「ありがとうございます……聖女様」
「え?」
フィラがきょとんとする。
だが相手は真剣だった。
「本当にありがとうございました」
深々と頭を下げられ、フィラは困ったように微笑む。
「いえ……当然のことをしただけですので」
その姿を見ていた周囲の者達の表情が変わる。
聖女。
唯一無二の存在。
そのはずなのに。
彼女は驕ることもなく。
誇ることもなく。
ただ人を助けている。
だからこそ。
誰もが理解し始めていた。
オズワルド達が大切にしていたのは聖女だからではない。
フィラだからなのだと。
「フィラ様!!」
その時だった。
聞き慣れた悲鳴にも似た声が響く。
フィラの肩がびくりと震えた。
振り返れば。
そこには鬼の形相をしたツェリがいた。
「ツェリ……」
「ツェリ、ではございません!」
即座に怒鳴られる。
フィラがしゅんとした。
「何故部屋から出て来られたのですか!」
「それは……」
「怪我もされていたのですよ!」
「はい……」
「衰弱もされていたのですよ!」
「はい……」
フィラはどんどん小さくなる。
そこへ。
「全くだ」
低い声がした。
オズワルドだった。
「部屋から出るなと言ったはずだ」
「ごめんなさい……」
「ごめんなさいで済む問題ではない」
容赦がない。
さらに。
「馬鹿…」
ヴァルドまで来た。
フィラは完全に縮こまる。
「皆がどれだけ心配したと思っていらっしゃるのですか?」
ラルフも腕を組んでいる。
「申し訳ありません……」
神々しい聖女はどこへ行ったのか。
先程まで奇跡を起こしていた少女は今や完全に説教を受ける子供だった。
「皆様、その辺りで」
アーバインが苦笑する。
だが止める気はあまりないらしい。
少し離れた場所でその光景を見ていたサイラスも思わず笑ってしまった。
先程まで神話の一場面のようだった。
誰もが跪きそうになった。
それなのに。
今は大人達に囲まれて叱られている。
不思議とその方がフィラらしかった。
そしてサイラスは理解する。
聖女だから大切にされているのではない。
フィラだから大切にされているのだと。
◇◇◇
一方。
王太子は兵士達へ命令を出していた。
「ミユを探せ」
戦闘が終わった今。
ようやく気になっていたことへ動ける。
「会談場内を全て捜索しろ」
「はっ!」
兵士達が散っていく。
だが。
結果は変わらなかった。
「見つからない?」
王太子が眉をひそめる。
「申し訳ございません」
「建物内も周辺も確認しましたが姿はありません」
報告を聞いた王太子は考え込む。
会談場にはいない。
ならば。
先程の混乱の中で先に帰ったのではないか。
あれだけの騒ぎだったのだ。
恐怖を感じても不思議ではない。
「王都へ戻った可能性が高いか……」
小さく呟く。
その言葉を聞いていたサイラスは何も言わなかった。
ただ静かに目を伏せる。
今は議論している場合ではない。
◇◇◇
その後。
王国側と帝国側で話し合いが行われた。
結界石は破壊された。
会談場も大きな被害を受けている。
負傷者も少なくない。
この状況で会談を続けることは不可能だった。
「一度中断するべきでしょう」
王太子が口を開く。
オズワルドも頷いた。
「異論はない」
双方の意見は一致する。
こうして。
会談は一時中断となった。
王国側は王都へ。
帝国側は帝国へ。
それぞれ帰還することになる。
◇◇◇
「では私は先に戻る。後を頼むぞ」
王太子が言う。
その表情には焦りがあった。
王都へ戻ればミユがいるかもしれない。
その思いが見えている。
「お気を付けください」
サイラスは一礼した。
王太子は頷く。
そして足早に去っていった。
その背中を見送りながらサイラスは小さく息を吐く。
幼い頃から知っている友だった。
真面目で。
誠実で。
王太子としての責任も理解していたはずだ。
それなのに。
今は一人の女性ばかりを追いかけている。
サイラスは何とも言えない気持ちになった。
◇◇◇
帰還準備が進む中。
フィラがふと顔を上げる。
「あの…美優は?」
その言葉に空気が止まった。
誰もすぐには答えられない。
「まだ見つかっていない」
オズワルドが静かに言う。
フィラの顔が曇った。
「そう……ですか」
心配そうに俯く。
そんなフィラを見ながら。
ヴァルド達は誰も言葉を発しなかった。
◇◇◇
その頃。
光の届かない闇の中。
美優は膝を抱えて座り込んでいた。
悔しい。
許せない。
胸の中を埋め尽くすのはそんな感情ばかりだった。
すると。
優しい声が響く。
『可哀想に』
甘く。
優しく。
心へ染み込むような声。
『全て奪われたな』
美優の肩が震える。
『本来ならばお前のものだった』
その言葉に。
美優はゆっくり顔を上げた。
『憎いだろう?』
闇が囁く。
美優は拳を握り締めた。
「……許さない」
その瞳には憎悪だけが宿っていた。
「お姉ちゃんなんて……大嫌い」
闇は満足そうに笑った。
第79話をお読みいただきありがとうございました。
前回はフィラが聖女として認識される大きな回でしたが、今回はその後のお話でした。
個人的には、神々しい姿を見せた直後にも関わらず、ツェリやヴァルド達にしっかり叱られているフィラを書くのがとても楽しかったです(笑)
フィラ本人は「皆を助けなきゃ」と思って行動しているのですが、周囲からすると心配で仕方ないんですよね。
そして少しずつ、それぞれの考え方や立場の違いも見え始めました。
特にサイラスは、これまで見えていなかったものが見え始めている人物の一人かもしれません。
一方で、美優の方も少しずつ動き始めています。
これから物語がどう転がっていくのか、楽しんでいただけたら嬉しいです。
ブックマークや評価、感想をくださる皆様、本当にありがとうございます。
なんとブックマークが10件になりました!
とても嬉しく、更新の励みになっています。
これからもフィラ達を見守っていただけると幸いです。
それではまた次回お会いしましょう。




