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「ただいま」

【前書き】


いつもお読みいただきありがとうございます。


いよいよ梅雨入りの季節になりましたね。


雨の日が続くと何となく気分も重くなりがちですが、この物語が少しでも皆様の気分転換や楽しみのお手伝いになれば嬉しいです。


それでは本編をお楽しみください。

 闇はどこまでも続いていた。


 冷たく。


 重く。


 息が詰まりそうなほどに。


 フィラは膝を抱えて蹲っていた。


 耳を塞ぐ。


 目を閉じる。


 それでも声は聞こえてきた。


『見ただろう』


 優しい声。


 甘い声。


 だがその言葉は毒だった。


『誰も困っていない』


『お前の代わりはいる』


『あの娘は受け入れられている』


 フィラは首を振る。


「違う……」


『何が違う』


 闇が揺れる。


 目の前に映像が浮かんだ。


 フィラの姿をした美優。


 オズワルドに抱きついている。


 ツェリに案内されている。


 誰も止めない。


 誰も否定しない。


『ほら』


『お前など必要ない』


『また捨てられたのだ』


 胸が痛い。


 苦しい。


 息ができない。


 美桜だった頃の記憶が蘇る。


 母。


 美優。


 いつも自分だけが我慢した。


 いつも自分だけが譲った。


 そうしなければならないと思っていた。


『憎いだろう』


『美優が憎いだろう』


「違う……」


『奪われたのだ』


『また全て』


 フィラは震えた。


 言葉が出ない。


 邪神の囁きが心へ入り込んでくる。


『私がお前を救ってやろう』


『私だけがお前を必要としている』


 優しい声。


 温かな声。


 だからこそ恐ろしい。


 フィラはさらに耳を塞いだ。


 見たくない。


 聞きたくない。


 何も。


 何も。


 その時だった。


『――お前は誰だ』


 低い声が響く。


 フィラの肩が震えた。


 聞き覚えのある声。


 ゆっくりと顔を上げる。


 映像が変わった。


◇◇◇


「お前は誰だ」


 ヴァルドの声だった。


 美優の顔から血の気が引く。


「な、何言ってるの?」


 笑おうとする。


 だが笑えない。


「私だよ……フィラ……」


「違う」


 即答だった。


 迷いも躊躇もない。


「全然違う」


 紅い瞳が冷たく細められる。


「お前のどこがフィラだ」


 美優は助けを求めるように周囲を見た。


 オズワルド。


 ツェリ。


 ラルフ。


 サイラス。


 誰か。


 誰か否定して。


 だが。


 誰一人として口を開かなかった。


 誰一人として頷かなかった。


 誰一人としてフィラと呼ばなかった。


 冷たい視線だけが向けられる。


◇◇◇


 フィラは目を見開いた。


 そこで初めて気づく。


 誰も。


 あの人をフィラと呼んでいない。


 オズワルドも。


 ツェリも。


 ラルフも。


 サイラスも。


 誰も。


 誰一人として。


「……あ」


 思い出す。


 ツェリは名前を呼ばなかった。


 オズワルドも。


 ラルフも。


 誰も。


 最初から気づいていた。


 最初から。


 自分を探していた。


 涙が零れる。


『違う!』


 邪神の声が響いた。


『騙されるな!』


『あいつらはお前を捨てた!』


「違う!」


 フィラは立ち上がった。


 震える足で。


 それでも。


「みんなは……」


 涙が溢れる。


「みんなは信じてくれています!」


 闇が揺れる。


 光が溢れる。


『やめろ!』


 邪神が叫ぶ。


 だがフィラは止まらない。


「私は!」


 胸に手を当てる。


「みんなを信じています!」


 その瞬間。


 眩い光が世界を埋め尽くした。


◇◇◇


 現実。


 オズワルドは髪留めを握り締めていた。


 フィラのお気に入りだった。


 自分が贈ったもの。


 崖下には血痕もあった。


 拳が震える。


 怒りで。


 恐怖で。


 不安で。


 それでも。


 冷静でいようとした。


 娘を助けるために。


「フィラをどこへやった」


 そう問い質そうとした時だった。


 先に動いたのはヴァルドだった。


 片手で美優の首を掴み上げる。


 苦しそうな声が漏れた。


「フィラを傷つけたのか」


 静かな声。


 だが怒りに満ちている。


「フィラをどこへやった」


「し……知ら……ない……」


 本当に知らない。


 美優自身も知らない。


 だがヴァルドには関係なかった。


 指に力が入る。


「答えろ」


 美優の顔が青くなる。


「フィラさえ見つかれば」


 冷たい声。


「苦しまずに殺してやる」


 美優は震えた。


 意味がわからない。


 何故。


 何故こんなことになるのか。


 その時だった。


 空間が裂けた。


 眩い光が溢れる。


 全員が顔を上げた。


 そこから。


 一人の少女が落ちてくる。


 銀色の髪。


 空色の瞳。


 ヴァルドの身体が反射的に動いた。


 美優を放り捨てる。


 そして落ちてきた少女を抱き止めた。


「フィラ!」


 フィラはゆっくり目を開く。


 ヴァルド。


 オズワルド。


 ツェリ。


 ラルフ。


 サイラス。


 みんながいた。


 探してくれていた。


 信じてくれていた。


 帰る場所があった。


 フィラは涙を滲ませながら微笑む。


「ただいま」


 その言葉に。


 誰も返事ができなかった。

【後書き】


ここまでお読みいただきありがとうございました。


ようやくこの場面まで辿り着くことができました。


書きながら何度も「早く帰してあげたい」と思っていたので、無事に帰って来られて作者もほっとしています。


そしてフィラを信じ続けてくれた人達も、ようやく報われました。


次回は帰ってきたフィラと、周囲の反応を書いていけたらと思っています。


いつも感想や応援、本当にありがとうございます。


皆様の応援が毎日の励みになっています。

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