「知らなかった重さ」
いつも読んでいただきありがとうございます。
最近は相談を聞いてくれる友人と物語について話しながら書くことが増えたのですが。
「このキャラならどう動くだろう」
「この場面はこうした方が自然かな」
そんな話をしながら考えていると、自分一人では思いつかなかった展開や気づきがあって、とても楽しく執筆できています。
物語を書くのは元々好きですが、誰かと作品について語り合えるのは幸せなことだなと改めて感じています。
今回も楽しんでいただけたら嬉しいです。
美優は小さく俯いた。
「ごめんなさい……」
震える声に、人間側の視線がまた美優へ集まる。
「私、ずっと大公女様に避けられていたので……普通のお言葉も、冷たく受け取ってしまったのかもしれません」
涙を堪えるような顔。
それだけで、周囲の空気はまた揺れた。
「聖女様……」
「お辛かったのでしょう」
美優は顔を上げる。
そして心配そうにフィラを見た。
「それに……大公女様はずっとお顔の色も悪いですし」
優しい声だった。
「結界師として参加されているのに、そんなにお辛いのでしたら……一度祖国へ戻られて、ゆっくりお休みになった方がいいのではないでしょうか」
フィラの肩が揺れる。
言葉は優しい。
けれど意味は違う。
ここから出て行け。
そう言われているようだった。
美優は胸の奥でほくそ笑む。
これなら責められない。
心配しているだけ。
邪魔な大公女を、自然にこの場から追い出せる。
「確かに……」
人間側の結界師が口を開いた。
「結界維持は体調管理も重要です。お辛いのであれば無理はなさらぬ方が」
魔族側の結界師も頷く。
「我々も結界を担っていますが、そこまで体調を崩すことはありません」
「失礼ながら、大公女様はまだお若い。経験不足ということもあるのでは」
悪意はない。
彼らはただ、自分達の常識で語っているだけだ。
自分達はきちんと役目を果たしても倒れない。
ならば、フィラが倒れるのは能力か経験が足りないからではないか。
そう考えているだけだった。
「大公閣下や皇太子殿下が大切にされているのは理解できます」
「ですが、結界師としての適性は別問題かと」
ヴァルドの手に力がこもる。
オズワルドの紅い瞳が冷たく細められた。
フィラは何も言えない。
言えなかった。
自分が結界をどれだけ支えているか。
それは言ってはいけないことだから。
美優は俯いたまま、唇の端を僅かに上げた。
勝った。
そう思った。
その時。
「なるほど」
オズワルドが鼻で笑った。
低い声に、会場が静まり返る。
「では、フィラの力がなくとも、ここの結界は維持できると言うんだな?」
両陣営の結界師達が顔を上げる。
「もちろんです」
「当然でしょう」
「我々も専門の結界師です。大公女様一人が外れたところで――」
「そうか」
オズワルドはあっさり頷いた。
そしてフィラへ視線を向ける。
「フィラ」
「……はい」
「結界を解け」
フィラが目を見開いた。
「お、お父様……でも」
「解け」
淡々とした声。
けれどフィラは戸惑う。
今、自分が手を離せば。
「うん」
隣でヴァルドが静かに言った。
「解いていいよ」
「ヴァルド……」
「責任は俺達が取る」
フィラは困ったように結界師達を見た。
その態度が、彼らの誇りを刺激した。
「構いません!」
「解いていただいて結構!」
「我々だけで維持してみせます!」
フィラは小さく息を呑む。
それでも、ゆっくりと目を伏せた。
「……わかりました」
そして。
結界から、自分の魔力を離した。
最初は何も起きなかった。
結界師達がほっと息を吐く。
「ほら、問題ない」
「やはり大げさだったのでは」
美優も胸の内で安堵する。
だが数分後。
「……む?」
一人の結界師が眉を寄せた。
次に、別の結界師の顔色が変わる。
「何だ……この負荷は」
「おい、魔力消費が急に……!」
ざわり、と会場が揺れた。
次の瞬間。
「ぐっ……!」
一人が膝をついた。
続いて、また一人。
人間側も。
魔族側も。
結界師達が次々に顔を青くして倒れ始める。
「馬鹿な……!」
「こんな量、支えきれるはずが……!」
「結界が、歪む!」
会場が騒然となる。
フィラは真っ青になった。
「お父様!」
慌てて立ち上がる。
「もういい」
オズワルドが言うより早く、フィラは結界へ手を伸ばしていた。
膨大な負荷が小さな身体へ流れ込む。
肩が震える。
唇が白くなる。
それでも。
結界は、すぐに安定した。
倒れた結界師達は肩で息をしていた。
誰も立ち上がれない。
誰も言葉を発せない。
オズワルドがゆっくりと立つ。
「わかったか」
静かな声だった。
だが、会場全体が凍りつく。
「俺の娘は、今までお前達以上の負担を背負っていた」
結界師達の顔が強張る。
「それでも一度も弱音を吐かなかった」
オズワルドの紅い瞳が細められる。
「役目を放り出さなかった」
低い声。
「それを能力不足と言ったのか」
誰も反論できなかった。
事実だったからだ。
年配の人間側結界師が、震える手をつきながら頭を下げた。
「……申し訳、ありませんでした」
続いて魔族側の結界師も頭を垂れる。
「我々は何も知らなかった」
「大公女様……どうか非礼をお許しください」
フィラは慌てた。
「そ、そんな! 私の方こそ、ごめんなさい!」
その反応に、結界師達はさらに言葉を失う。
これほどの負担を背負っていた少女が。
責められた後でなお、自分達へ謝っている。
ヴァルドは静かにフィラの肩を支えた。
「謝らなくていい」
「でも……」
「フィラは何も悪くない」
その声は優しかった。
だが美優へ向けられた瞳は冷たい。
美優は爪を噛みそうになり、慌てて手を握り込んだ。
違う。
こんなはずじゃなかった。
追い出すはずだった。
邪魔な女を、ここから消せるはずだった。
なのに。
今、会場の視線はフィラへ向いている。
同情ではない。
疑いでもない。
驚き。
敬意。
そして、後悔。
美優の胸の奥が、どす黒く濁った。
どうして。
どうしてあの子ばかり。
その時、オズワルドが静かに言った。
「フィラの力について、これ以上聞くな」
会場が息を呑む。
「必要なことは今見せた。それ以上は不要だ」
誰も逆らえなかった。
フィラはまだ震えている。
けれど。
その背は、もう以前のように小さくは見えなかった。
今回はようやくフィラの頑張りが少しだけ報われた回になりました。
今までフィラは表に出ることもできず、誤解されても反論できず、それでも結界を支え続けていました。
もちろん結界師達に悪意はありません。
彼らは彼らなりの経験と常識から判断していました。
だからこそ、今回の出来事は彼らにとっても衝撃だったのだと思います。
そして個人的に書いていて楽しかったのは、やはりオズワルドです。
普段は不器用で言葉も少ない父親ですが、娘のことになると容赦がありません。
「わかったか」
の一言に、今までフィラを見てきた父親としての怒りや誇りを込めたつもりです。
一方でフィラは相変わらずでした。
責められた相手にまで謝ろうとする辺り、とてもフィラらしいなと思います。
そして美優。
今回ばかりは思い通りにいかず、かなり悔しかったはずです。
ですが、あの子は簡単に諦める性格ではありません。
きっとまた次の手を考えることでしょう。
少しずつ変わり始めた空気が、この先どんな波紋を広げていくのか。
引き続き見守っていただけたら嬉しいです。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。




