表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
61/89

「届かなかった傷」

【前書き】


少し体調を崩してしまいました……。

身体というより精神的な疲れかな?と思い、リフレッシュのために1日お仕事をお休みしました。


無理をすると後からどっと来ますね……。

皆さまも、どうかご無理はなさらずお過ごしください。

 フィラは静かに眠っていた。


 前世を話したことで張り詰めていた糸が、ようやく切れたのだろう。


 美優の存在。


 美桜だった頃の記憶。


 全部知られてしまった。


 それでも。


 ヴァルドもオズワルドも変わらなかった。


 怖がりもせず。


 拒絶もせず。


 いつものようにフィラへ触れてくれた。


 だから安心したのだ。


 ようやく力を抜いて眠れるくらいには。


「……フィラ」


 ヴァルドがそっと銀色の髪を撫でる。


 その声は優しかった。


 腕の中のフィラは、先程まで震えていたのが嘘のように穏やかな顔をしている。


 時折、不安そうに眉が寄るたび、ヴァルドの胸は痛んだ。


 部屋には柔らかな灯りだけが落ちている。


 向かいでは、オズワルドが静かに紅茶を口にしていた。


 沈黙。


 けれど不思議と苦しくはない。


 二人とも、同じことを考えていた。


「……ようやくわかりましたね」


 先に口を開いたのはヴァルドだった。


 オズワルドが静かに視線を向ける。


「フィラはちゃんと受け取っていた」


 オズワルドの言葉に、ヴァルドも頷く。


 フィラは素直ないい子だ。


 だから向けられた優しさを、ちゃんと抱えていた。


 オズワルドの言葉も。


 ヴァルドの想いも。


 大公家の人々の愛情も。


 フィラは全部、大切そうに受け止めていたのだ。


 笑うようにもなった。


 甘えることも覚え始めた。


 頼ることも、少しずつ出来るようになっていた。


 だから二人とも思っていた。


 傷は少しずつ癒えているのだと。


 けれど。


「……根っこだけは、変わらなかった」


 ヴァルドが苦しそうに呟く。


 愛されることへの怯え。


 捨てられることへの恐怖。


 役に立たなければという強迫。


 そこだけは、どうしても消えなかった。


「“フィラ”には届いていたんだ」


 ヴァルドは眠るフィラを見下ろす。


「でも、“美桜”には届かなかった」


 前世から深く根を張った傷。


 オズワルドが出会うより前から、ずっと存在していた痛み。


 だからフィラは、愛されてもなお怖がっていたのだ。


 オズワルドは静かに目を伏せる。


「……よく壊れなかったものだ」


 低い声だった。


 怒りにも似た苦さが滲む。


 拾ったばかりの頃のフィラを思い出す。


 痩せた身体。


 警戒した瞳。


 怯えながら、それでも役に立とうとしていた幼い子供。


 当時は、拾われる前の環境が原因だと思っていた。


 だが違った。


 もっと前からだった。


 前世から。


「気づいてやれませんでした」


 ヴァルドが悔しそうに眉を寄せる。


 するとオズワルドは小さく首を振った。


「無理だ」


「ですが」


「前世など想像出来るものではない」


 それはそうだった。


 ヴァルドも口を閉ざすしかない。


 しばらくして。


 オズワルドが静かに口を開いた。


「だが、妙だな」


「……ええ」


 ヴァルドも同じことを感じていた。


 聖女は本来、一時代に一人。


 そして二人は知っている。


 本物が誰なのかを。


 だからこそ、“異世界から召喚された聖女”という存在そのものに最初から違和感があった。


 それだけではない。


 その女は、フィラの前世――美桜の妹だった。


 しかも、フィラへ深い傷を残した相手。


 偶然にしては、あまりにも出来すぎている。


 ぞくり、と。


 背筋を冷たいものが撫でた。


 その時。


 ふとオズワルドの脳裏に、あの時の光景が蘇る。


 消滅寸前だった皇帝。


 狂気に染まりながら、それでも最後には確かに“何か”へ縋っていた。


『何故だ!?』


 怨嗟に満ちた叫び。


『余こそが至高の存在になれるはずだった!!』


 まるで。


 誰かにそう約束されていたかのような言葉。


『そう言ったではないか!! 答えろ!!』


 皇帝は確かに、“何か”へ向かって叫んでいた。


 だが返事はなかった。


 次の瞬間。


 皇帝の表情が恐怖に歪む。


『待て!!』


『余を置いていくな!!』


 あれは断末魔ではない。


 見捨てられた者の叫びだった。


「師匠?」


 ヴァルドが訝しげに声をかける。


 オズワルドはゆっくり目を閉じた。


「……いや」


 だが胸に残る違和感は消えない。


 まるで。


 何か、自分達の知らないものが見え隠れしているような。


 そんな不気味さがあった。


 けれど今は。


「向こうはまだ気づいていない」


 オズワルドは静かに現実へ思考を戻す。


「フィラが美桜だということに」


「なら、こちらから知られる必要はありませんね」


 ヴァルドの声は冷静だった。


「あの女には近づけません」


 そこには明確な拒絶があった。


 オズワルドも否定しない。


 やっと愛されることを受け入れ始めたフィラを、再び壊しかねない存在。


 それが今の美優だった。


「しばらくはこちらに置く」


「はい」


「フィラを優先する」


 当然のように交わされる言葉。


 その時。


 眠っていたフィラが小さく身動ぎした。


 無意識にヴァルドの服をきゅっと掴む。


 一瞬、ヴァルドの表情が柔らかく緩んだ。


 オズワルドはその様子を静かに見つめる。


 昔なら。


 フィラが不安定な時、ヴァルドを部屋へ残しはしなかった。


 けれど今は違う。


 フィラにはヴァルドが必要だ。


 そしてヴァルドもまた、フィラを必要としている。


「……全く」


 呆れたように呟きながらも、その声音は穏やかだった。


 ヴァルドはフィラを抱き寄せたまま、小さく笑う。


「安心して眠ってる」


 その声には、安堵が滲んでいた。


 前世を知られても。


 美桜だったことを話しても。


 フィラはちゃんとここにいる。


 その温もりを確かめるように、ヴァルドはそっとフィラの髪へ口付けた。


 腕の中で。


 フィラはようやく、本当に安心したように眠っていた。

【後書き】


今回は、フィラの“根っこ”に触れる回になりました。


今までたくさん愛されてきたフィラ。

でも、その優しさはずっと“フィラ”へ向けられたもので、“美桜”には届いていなかったのだと思います。


だからこそ今回、ヴァルドとオズワルドの言葉が初めて“美桜”へ届きました。


そして同時に、聖女と呼ばれる美優の存在に、少しずつ不穏な気配も見え始めています。


まだ誰も正体には辿り着いていません。

けれど確かに、“何か”が動き始めています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ