「会談前夜」
数ヶ月をかけて建設された会談場。
ついに本格的な会談編へ入っていきます。
今回は少し穏やかに、魔族と人間の文化の違いと、フィラとヴァルドの空気感を書いてみました。
数ヶ月の時を経て。
森の中間地点に建設されていた休戦会談場は、ついに完成した。
巨大な建物だった。
中央には双方共同で建設した会談場。
そこを中心に、魔国側と王国側の宿泊区域が分かれている。
人間と魔族。
互いの技術が混ざり合ったその場所は、不思議な空気を纏っていた。
「……すごい」
会談場へ足を踏み入れたフィラは、思わず小さく声を漏らした。
高い天井。
淡く光る魔法灯。
精密に作られた魔道具。
魔族の魔法技術と、人間の繊細な加工技術が自然に融合している。
「綺麗……」
素直に感動したように辺りを見回すフィラを、ヴァルドは静かに見つめていた。
可愛い。
本当に、どうしようもなく。
目を輝かせているだけなのに、抱きしめたくなる。
だが当然そんなことは出来ない。
ヴァルドは平静を装ったまま、フィラの少し後ろを歩いた。
「中央は共同建築だから」
「共同……」
「双方の技術者がかなり揉めてだけど」
「ちょっと見たかったかも」
くすりと笑う。
その笑顔に、ヴァルドの視線が柔らかくなる。
◇
会談場を抜ける。
そこから先は、魔国側の宿泊区域だった。
白と黒を基調にした建物。
滑らかな壁面には魔法陣が刻まれ、淡い魔力光が静かに灯っている。
人間側の建築とは明らかに違う。
「人間の建物と全然違うね」
フィラは興味深そうに周囲を見回した。
「授業でも習ったと思うけど」
ヴァルドは隣を歩きながら静かに口を開く。
「人間と魔族の大きな違いは魔力量だ」
「うん」
「魔族は自分の魔力を前提に生活する。だから建築にも魔法を組み込む」
ヴァルドは壁へ視線を向けた。
「でも人間は違う」
「魔道具?」
「ああ。魔力が少ない分、道具で補う文化が発展した」
「へぇ……」
フィラは感心したように頷く。
そして。
ふと不思議そうに首を傾げた。
「……じゃあ、私は?」
短い言葉。
だがヴァルドには、それだけで十分だった。
フィラが何を言いたいのか理解する。
フィラは昔から、自分が人間であることを外で口にしない。
オズワルドたちから、幼い頃より何度も言い聞かされてきたからだ。
だから。
“私は人間なのに”
その続きは口にしない。
ヴァルドは静かに周囲へ視線を向けた。
ここで話す内容ではない。
「……部屋で話そうか」
「うん」
◇
フィラへ用意された部屋は、柔らかな白を基調にした落ち着いた空間だった。
ヴァルドは扉を閉めると、周囲の気配を探る。
誰もいない。
それを確認してから、小さく息を吐いた。
「ヴァルド?」
「……フィラはたぶん聖女だから」
静かな声。
だがフィラはきょとんと首を傾げた。
「聖女?」
自分が特別だと思ったことなど、一度もない。
だからヴァルドの言葉の意味が、いまいちわからなかった。
その仕草が、ひどく可愛い。
ヴァルドは一瞬、本気で抱きしめたくなった。
腕の中へ閉じ込めてしまいたいと思うほどに。
だがどうにか理性で押し留める。
「聖力のことは、まだ誰もよくわかっていない」
ヴァルドは静かに続けた。
「でも……俺は、そうなんじゃないかと思ってる」
「?」
「フィラは人間なのに、魔力不足で困ったことがないだろう」
「うん」
「ずっと見てきたけど、フィラの聖力は普段魔力へと変換されているんじゃないかな?」
恐らく。
聖力が魔力を補っている。
ヴァルドはそう考えていた。
「そうなのかな……」
フィラは素直に頷く。
だがやはり、どこか他人事のようだった。
自分が特別だとは、本当に思っていないのだ。
ヴァルドは小さく苦笑した。
可愛い。
本当に。
何故こんなにも無防備なのか。
「ヴァルド?」
不思議そうに顔を覗き込まれる。
距離が近い。
さらに額へひやりとした手が触れた。
「顔赤い」
「……っ」
ヴァルドの思考が止まる。
「熱ある?」
子供の頃から変わらない。
フィラは心配するとすぐ触れる。
それだけ。
ただそれだけなのに。
ヴァルドには破壊力が高すぎた。
「……ないよ」
低い声が少し掠れる。
フィラは不思議そうに首を傾げたままだった。
そんなフィラを見つめながら、ヴァルドは静かに息を吐く。
本当なら。
今すぐ抱きしめたい。
好きだと告げたい。
誰にも渡したくない。
だが。
無理強いだけはしたくなかった。
フィラが笑っていてくれること。
好きなものに囲まれて幸せでいてくれること。
その隣へ、自分がいられたら。
それがヴァルドにとって、一番の願いだった。
フィラは本当に無自覚です。
ヴァルドはかなり頑張って耐えています。
あと今回、ヴァルドは説明しながら内心かなり「可愛い……」と思っています。
でも本人は必死に隠しています。




