「森の中間地点」
休戦会談へ向けて、森の中での拠点建設回です。
戦場とは違う静かな空気ですが、互いへの警戒心はまだ強いまま。
そんな中で、やっとサイラスが“戦場ではないフィラ”を見ることになります。
休戦会談のための拠点建設は、森の中間地点で進められていた。
当然ながら空気は最悪である。
魔族と人間。
長年争ってきた相手同士だ。
互いに露骨な敵意こそ抑えているものの、警戒心は隠していない。
森を切り開き、仮設の建物を建設する技術者たちの周囲には、双方の騎士たちが一定距離を保ちながら立っていた。
「柱はもう少し右です」
「そこ、固定を急げ」
指示が飛ぶ。
人間側も魔族側も、妙な挑発は避けていた。
会談前に揉め事を起こすわけにはいかない。
その様子を、少し離れた場所からフィラは見つめていた。
「危なくないですか?」
不安そうな声。
技術者たちは慣れない森の中で作業している。
フィラはどうしても気になってしまうのだ。
「問題ありません」
ライオが静かに答えた。
「周囲の警戒は徹底しています」
その口調は落ち着いた軍人そのものだった。
「ですがフィラ様こそ、あまり前へ出ないでください」
「……はい」
素直に頷く。
その横には当然のようにヴァルドがいた。
黒を基調とした軍服姿。
周囲へ鋭い視線を向けながらも、意識の大半はフィラへ向いている。
少しでも足場が悪ければ手を添え。
枝が低ければ庇い。
技術者が近づきすぎれば自然に前へ出る。
かなり過保護だった。
もっとも。
大公軍側はもう慣れている。
誰も何も言わない。
「ありがとうございます」
フィラが小さく笑う。
その柔らかな笑顔へ、ヴァルドの表情も僅かに緩んだ。
◇
一方。
少し離れた人間側。
サイラスは建設状況を確認しながら、自然と視線を魔族側へ向けていた。
そして。
(……いた)
白銀の髪。
すぐにわかった。
戦場で見た少女。
泥だらけになりながら、それでも誰かを助け続けていた少女。
今日は戦場ではない。
陽の光を受けた銀髪は驚くほど綺麗だった。
整った横顔。
細い体。
だがどこか危うい。
そして何より。
「大丈夫ですか?」
ふわりと届いた声に、サイラスは思わず目を瞬かせた。
柔らかい。
優しい声だった。
技術者へ向ける言葉一つすら穏やかで、気遣いが滲んでいる。
(……声、可愛いな)
自然とそんな感想が浮かぶ。
さらに。
「ありがとうございます」
小さく笑った。
その瞬間、サイラスの思考が一瞬止まる。
(……可愛い)
戦場で見た時とは全く違う。
強くて必死だった少女が、今は柔らかく微笑んでいる。
なのに。
やはり目が離せなかった。
気づけば、また見ている。
すると。
不意にヴァルドがフィラの前へ立った。
偶然――には見えない。
さらに場所が変わる。
フィラが移動する。
また視界が遮られる。
(……わざとか)
サイラスは思わず小さく笑った。
どうやら魔国の皇太子は、随分あの少女を大事に囲っているらしい。
当の本人はまるで気づいていないようだが。
再び視線が合う。
いや。
正確には、フィラがこちらを見た。
淡い紫の瞳。
だがすぐ不思議そうに首を傾げる。
知らない相手。
ただ時々目が合う人間。
フィラにとってサイラスはその程度だった。
一方サイラスは、妙に鼓動が落ち着かなかった。
◇
「ヴァルド?」
また位置が変わったことで、フィラが不思議そうに見上げる。
「どうしたんですか?」
「……いや」
ヴァルドは平然とした顔で周囲を見る。
「こちらの方が安全だ」
「そうなんですね」
フィラはあっさり納得した。
その様子に、少し離れた場所で見ていたライオが静かに目を逸らす。
(殿下……)
わかりやすすぎる。
だがフィラが全く気づいていないため、成立してしまっていた。
ツェリもまた、内心で小さくため息を吐く。
ヴァルドは完全に“見せたくない”のだ。
人間側の視線から。
特に、先程から妙にフィラを見ているあの男から。
ヴァルド自身、フィラへは何も言わない。
余計な不安を与えたくない。
ただ自分で遮る。
それだけだった。
一方サイラスは、完全に理解していた。
(……警戒されてるな)
だが不思議と嫌ではない。
むしろ。
それほど大事にされていることへ、少し安心している自分がいた。
そしてまた。
気づけば視線は白銀の少女へ向いている。
名前も知らない。
話したこともない。
それなのに。
サイラスの頭の中は、もうかなり彼女でいっぱいだった。
今回はかなり静かな回でした。
でも個人的には、サイラスが初めてフィラの声を聞いて、笑顔を見る場面を書くのが楽しかったです。
そしてヴァルドは相変わらずわかりやすかったですね。
本人はさりげなく隠しているつもりです。




