「休戦」
今回は戦いの後のお話です。
突然の撤退。
そして休戦と国交樹立の申し出。
戦場の空気が一気に変わり始めます。
戦場へ、不自然な静寂が訪れていた。
先程まで激しくぶつかり合っていた人間軍が、まるで潮が引くように撤退を始めたのだ。
「……何だ?」
ライオが眉を顰める。
周囲の騎士たちも困惑していた。
追撃命令はまだ出ていない。
ヴァルドも黒馬の上から静かに人間軍を見据えていた。
「殿下、追いますか」
帝国軍将校の問いへ、ヴァルドは僅かに目を細める。
「……いや」
短い返答。
「不用意に森の奥へ踏み込むな」
敵が急に引き始めた。
それが何より不自然だった。
一方、オズワルドも険しい顔で戦場を見渡している。
「罠の可能性は?」
その問いへ、ラルフが静かに答えた。
「高いかと」
冷静な声。
「こちらが優勢でしたが、人間側に急いで撤退する理由がありません」
さらにアーバインも続ける。
「統率も妙に取れていましたね」
視線は既に撤退していく軍勢へ向いていた。
「混乱による退却ではなく、意図的に戦線を切ったように見えます」
ライオが嫌そうに顔を歪める。
「うわぁ……絶対なんかあるじゃないですか」
その横で、フィラは小さく息を吐いた。
戦いが止まったこと自体は嬉しい。
負傷者もこれ以上増えない。
それでも。
胸の奥が妙にざわついていた。
何かがおかしい。
そんな感覚が消えない。
「フィラ?」
ヴァルドが視線を向ける。
フィラは慌てて首を振った。
「……大丈夫」
本当は少しだけ不安だった。
だが今は、まだ言葉に出来ない。
◇
一方。
王国軍後方。
安全な陣地では、監視魔道具へ映る撤退の様子を見ながら、男たちが興奮した様子で口々に話していた。
「流石です聖女様!」
「なんとお優しい……!」
「戦いを止めようとなさるなんて……!」
美優は満足げに微笑む。
「だってぇ、争いって悲しいじゃないですかぁ」
可愛らしく首を傾げると、周囲の男たちは一斉に頬を緩めた。
「聖女様……!」
その中には王太子の姿もある。
完全に感動した顔だった。
「美優……君はなんて慈悲深いんだ……」
美優は内心で呆れながらも、表面上は嬉しそうに笑う。
「だから、一旦撤退して魔国とお話しするべきだと思うの」
「素晴らしい!」
王太子は即答だった。
「すぐ父上へ進言しよう!」
周囲の男たちも次々と賛同する。
誰一人、反対しない。
まるでそれが当然であるかのように。
その様子を、サイラスは少し離れた場所から眺めていた。
(……また何か企んでるな)
そんな感想しか出てこない。
急な休戦提案。
しかもタイミングが不自然すぎる。
美優が何を考えているのか、まだ掴めない。
だが。
少なくとも純粋に平和を願っているわけではないだろう。
それだけはわかる。
それでもサイラスは止めなかった。
休戦は願ってもないことだ。
民の負担が減る。
それに。
(会談になれば……)
脳裏へ浮かぶのは、白銀の少女。
泥だらけになりながら、それでも誰かを助けようとしていた姿。
敵兵へすら手を差し伸べていた少女。
何故あそこまで出来るのか。
まだ理解は出来ない。
だが。
不思議と、あの少女が頭から離れなかった。
◇
その日の夕刻。
魔国側陣地。
大公家の天幕へ、一人の騎士が慌ただしく駆け込んできた。
「報告!」
その場にいた全員の視線が向く。
騎士は緊張した様子で片膝をついた。
「人間側より使者が到着しました!」
空気が張り詰める。
ヴァルドが静かに口を開いた。
「内容は」
騎士は僅かに息を呑む。
「……休戦協定の申し入れ」
そこで一度言葉を切った。
「及び、国交樹立申請書です」
沈黙が落ちる。
「はぁ!?」
最初に声を上げたのはライオだった。
ラルフが険しい顔で目を細める。
「急すぎますね」
「ええ」
アーバインも静かに頷いた。
「戦場で突然撤退したかと思えば、次は国交樹立ですか」
オズワルドは腕を組み、低く呟く。
「……何を企んでいる」
その声には警戒しかなかった。
ヴァルドは静かに書状を受け取る。
休戦。
そして国交樹立。
あまりにも突然の申し出に、その場の誰もが警戒を隠せなかった。
騒がしい中。
フィラは不安そうに書状を見つめていた。
今回は王国側と魔国側の温度差がかなり大きい回でした。
王国側は美優の言葉へ感動していますが、魔国側は当然かなり警戒しています。
特にラルフとアーバインは、最初から「何かおかしい」と冷静に見ています。
オズワルドも完全に不信感しかありません。
そんな中、サイラスだけは少し特殊です。
美優が何か企んでいること自体は察しています。
ですが、まだ何を狙っているのかまでは読めていません。
そして本人も気づかない内に、頭の中はかなりフィラでいっぱいになっています。
一方フィラは、まだ何が不安なのかわからないまま、嫌な予感だけを感じ始めています。




