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「進軍」

今回は出陣回です。


いつものドレス姿ではなく、戦地へ向かう装いのフィラを書いてみました。

普段とは違う雰囲気を少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。

 出陣の朝。


 ヴェルレイン大公家の屋敷は、まだ陽も昇りきらぬ内から慌ただしく動いていた。


 騎士たちが馬を整え、物資を運び、帝国軍と大公領騎士団が次々と準備を進めていく。


 そんな中、屋敷の扉が静かに開いた。


 現れたフィラへ、その場にいた帝国軍騎士たちが思わず息を呑む。


 いつもの柔らかなドレスではない。


 白を基調とした細身の装束。


 身体へ沿う上衣には銀糸の刺繍が施され、派手ではないが高貴さがある。


 下は動きやすい細身のズボン。


 長い銀髪は高く結い上げられ、露わになった首筋が白い。


 そして何より、何も羽織っていないその姿は、普段ドレスに隠れている身体の線をはっきりと浮かび上がらせていた。


 女性らしい柔らかな曲線。


 細い腰。


 引き締まった脚。


 出るところはしっかりと出て、引っ込むところは美しく引き締まっている。


 凛とした戦装束でありながら、その美しさは隠しようがなかった。


「……っ」


「お美しい……」


 帝国軍騎士たちが思わず見惚れる。


 一方。


 大公軍側はすっと視線を逸らした。


 慣れている。


 フィラが美しいことなど当然知っている。


 だが。


 見惚れた瞬間、あの2人の空気が変わることも知っていた。


 特に下心が混じれば、本気で命が危ない。


 ライオが小さく肩を震わせる。


(あー……帝国軍の奴ら知らないのか)


 そんな中、ツェリが穏やかに微笑んだ。


「とてもお似合いです」


「少し落ち着かないね……」


 フィラが苦笑する。


 するとライオも素直に頷いた。


「いやでも本当に格好いいですよ」


「ありがとう」


「まあツェリがいるなら安心ですね」


 ライオが肩を竦める。


「敵よりツェリの方が怖いんで」


 にこり、とツェリが微笑んだ。


「ライオ様?」


「すみませんでした」


 即答だった。


 フィラが思わず吹き出す。


 その時。


 ヴァルドが無言で黒馬から降りた。


 帝国軍騎士たちの視線へ気づいていたのだろう。


 そのまま真っ直ぐフィラの元へ歩み寄る。


「ヴァルド?」


 フィラが首を傾げた瞬間、ふわり、と黒い外套が肩へ掛けられた。


 白銀の身体の線が隠れる。


 ヴァルドは平然とした顔だった。


「冷える」


 短い声。


 絶対に違う。


 ライオが吹き出しそうになり、アーバインが小さくため息を吐く。


 フィラはきょとんとしていたが、やがて小さく笑った。


「ありがとう」


 その笑顔に、ヴァルドの表情が柔らかくなる。


 そして自然に手を差し出しかけた。


「フィ――」


 自分の馬へ乗せるつもりだった。


 だが。


「フィラ」


 一歩早く、低い声が響く。


 振り向けば、黒馬の横に立つオズワルド。


「こっちへ来い」


 当然のように告げる。


 ヴァルドの手がぴたりと止まった。


 フィラは目を瞬かせる。


「え、でも私、自分で乗れます」


「知っている」


 即答。


「今回は駄目だ」


 有無を言わせない声だった。


 そのまま軽々とフィラを抱き上げる。


「きゃっ……!」


 オズワルドはそのまま自分の前へフィラを座らせた。


 騎士たちは「やはり」という顔をしている。


 ライオは完全に肩を震わせていた。


 一方。


 ヴァルドは少しだけ、むすっとしたように顔を背け自分の黒馬に跨る。


 フィラは不思議そうにその横顔を見る。


「……?」


 そして馬上から首を傾げた。


「ヴァルド?」


 名前を呼ばれた瞬間。


 ヴァルドの表情がふっと柔らかくなった。


「……何?」


 声音まで優しい。


 フィラはぱちぱち瞬きをした。


(気のせいだったのかな……?)


 一方。


 知っている者たちは必死に笑いを堪えていた。


 ライオは肩が震えている。


 ツェリも口元を隠している。


 アーバインは静かに目を逸らした。


 逆に帝国軍将校たちは驚愕していた。


 あの冷徹な皇太子が。


 あんな甘い顔で笑うとは。


 オズワルドは片手で額を押さえた。


「……はぁ」


 深いため息。


 弟子はわかりやすすぎるが。


 娘は鈍感すぎる。


 政務などに関しても、もう自慢の娘だ。


 だが恋愛方面だけは壊滅的だった。


 最近は、流石にヴァルドが少し不憫に思えてきている。


 あれだけあからさまに好意を向けているというのに、フィラは「優しい」「可愛い」で終わってしまうのだ。


(……哀れな)


 とはいえ、まだ可愛い娘を嫁にやる気はない。


 複雑な父心である。


 オズワルドはその感情ごと振り払うように手綱を握った。


「行くぞ」


 次の瞬間、黒馬が地を蹴る。


 風がフィラの銀髪を揺らした。


 ヴァルドもすぐ後へ続く。


「全軍、進め」


 低い声が響く。


 帝国軍。


 大公領騎士団。


 大勢の馬蹄が一斉に鳴り響いた。


 和やかな空気は消え、再び戦へ向かう軍勢の空気へ変わっていく。

今回は珍しくフィラの戦装束回でした。


大公軍側は見慣れているので比較的平然としていますが、帝国軍側はかなり衝撃だったと思います。

ただし、見惚れるとヴァルドとオズワルドの空気が変わります。


特にヴァルドはわかりやすすぎますね。

フィラに名前を呼ばれただけで機嫌が直ります。


そしてフィラは安定の鈍感です。


戦や政務では優秀なのに、恋愛方面だけ壊滅している娘と弟子に、オズワルドも大変そうです。

最近は少しヴァルドを不憫に思い始めています。

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