「森の異変」
穏やかだった時間も終わり、少しずつ不穏な空気が広がり始めます。
今回は軍議回です。
それぞれの立場や役割も意識しながら書いてみました。
「――では、軍議を始める」
低く響いたオズワルドの声に、執務室の空気が張り詰めた。
大きな机の上には森一帯の地図。
各地へ印が置かれ、侵攻経路が赤く記されている。
ここはヴェルレイン大公領。
この場を取り仕切るのは、この地の主であるオズワルドだった。
「現在確認されている敵軍は森中域を進軍中」
ラルフが資料を捲る。
「予測より二日早い速度です」
帝国軍将校たちの顔が険しくなった。
アーバインが静かに問いかける。
「補給線は」
「大きな乱れは確認されておりません」
その返答に、アーバインの眉がわずかに寄る。
「……妙ですね」
静かな声だったが、その場にいた誰もが同じ違和感を抱いていた。
ヴァルドが腕を組む。
「前回の侵攻からまだ数年しか経っていない」
金の瞳が地図へ落ちる。
「普通なら、ここまで早く再侵攻の準備は整わないはずだ」
ラルフも頷いた。
「過去の侵攻はどれも十数年単位で準備されています」
「兵、物資、魔法使い、森の調査……短期間で整えられるものではありません」
フィラもあの侵攻を思い出していた。
人間側も決して軽い被害では済まなかった。
立て直しだけでも長い年月が必要だったはず。
それなのに。
また来る。
しかも以前より大規模に。
「……前から思ってたんですけど」
ぽつりとライオが口を開いた。
皆の視線が集まる。
本人は気にした様子もなく地図を見ていた。
「なんで人間って、あんな簡単に森へ入れるんです?」
静まり返る。
ライオは続けた。
「俺らだって森で討伐する時、毎回命懸けでしょう」
「魔物も瘴気もあるし、下手すりゃ森そのものに殺される」
それは長年オズワルドと共に森で戦ってきた男だからこその言葉だった。
「普通、大軍なんかもっと潰されません?」
誰もすぐ返せなかった。
ラルフが静かに地図へ目を落とす。
「……確かに、魔物被害の報告が少なすぎます」
アーバインも続けた。
「補給線も異様に安定しています」
「本来なら中域到達前に相当数が消耗しているはずです」
オズワルドの目が細まる。
「あの森は人間も魔族も選ばん」
低い声。
「侵入するもの全てを拒む場所だ」
フィラの背筋が微かに震えた。
ヴァルドが静かに呟く。
「……それなのに、今回は敵軍を通している」
空気が重くなる。
「まるで森そのものに意思があるようだ」
ぞわり、とフィラの胸がざわついた。
嫌な感覚。
胸の奥が落ち着かない。
まるで森の奥から何かがこちらを見ているような。
「フィラ?」
ヴァルドの声に、フィラははっとする。
気づけば胸元を押さえていた。
「……あ」
皆の視線が集まる。
フィラは慌てて首を振った。
「ご、ごめんなさい……」
でも。
嫌な感じがする。
森の奥に何かいる。
そんな感覚が消えない。
オズワルドが静かにフィラを見る。
「無理はするな」
「大丈夫です」
フィラは小さく笑った。
「ちゃんと聞いています」
その様子をヴァルドがじっと見つめていた。
だが追及はしない。
代わりにアーバインが静かに口を開く。
「ですが、森に意思など……」
そこで言葉が止まった。
一瞬だけ、皆の脳裏に同じ存在が過る。
邪神。
だが。
あり得ない。
邪神は封印された。
神々と英雄、そして聖女によって。
オズワルドも低く断言する。
「邪神は封印された」
その声は揺るがない。
「今更干渉できるはずがない」
誰も反論しなかった。
それは、この世界の常識だったから。
だからこそ不気味だった。
説明がつかない。
重い沈黙の後、オズワルドが地図を閉じる。
「理由はどうあれ、敵は来る」
空気が引き締まった。
「ラルフ」
「はい」
「領内防衛の指揮を任せる」
「承知しました」
「ライオは帝国軍との連携確認」
「了解です!」
「ラース」
「はい」
「屋敷と避難民の統制を任せる」
「かしこまりました」
ラースは一礼する。
彼は執事だ。
だからこそ、大公家を守る役目を担う。
そして。
オズワルドの視線がフィラへ向いた。
「フィラ」
低い声。
「お前は領地へ残れ」
即座に返る。
「嫌です」
室内が静まり返った。
ヴァルドが眉を寄せる。
「フィラ」
「私も行きます」
真っ直ぐな瞳。
フィラは引かなかった。
「結界維持なら私も必要です」
「光魔法も使えます」
オズワルドの声が厳しくなる。
「だからこそ置いていく」
本音だった。
今回の森は嫌な気配がする。
連れて行きたくない。
ヴァルドも珍しく同意する。
「今回は嫌な感じがする」
「俺も師匠と同意見だ」
けれどフィラは二人を見返した。
「怖いです」
正直な言葉。
「でも」
ぎゅっと拳を握る。
「大切な人たちが戦うのに、私だけ安全な場所にはいられません」
沈黙。
オズワルドとヴァルドは視線を交わした。
フィラがこう言い出した時、折れないことを二人とも知っている。
やがてオズワルドが深く息を吐いた。
「……頑固な娘だ」
許可だった。
フィラの顔が少し明るくなる。
だが次の瞬間。
「その代わり護衛を増やす」
低い声が落ちる。
「ツェリ」
「はい」
静かに一礼したツェリへ、オズワルドが告げる。
「フィラを頼む」
「お任せください」
柔らかな笑み。
だが侍女服の下には、ローグ仕込みの暗器が幾つも隠されている。
帝国軍将校たちは知らない。
この穏やかな侍女が、暗殺術を叩き込まれていることを。
ライオが苦笑した。
「ツェリさんいるなら安心っすね」
アーバインも静かに頷く。
「ローグ殿の弟子ですからね」
将校たちがざわついた。
当のツェリは、にこりと微笑むだけだった。
「私はただの侍女ですよ?」
ヴァルドがフィラへ近づく。
2人の男が真剣な顔で口を揃える。
「一人で動くな」
「必ず護衛と一緒にいろ」
「彼らから離れるな」
フィラは少し困ったように笑った。
「子ども扱いしすぎです」
「当然だ」
オズワルドとヴァルドの声が重なった。
その瞬間、室内に少しだけ笑いが漏れる。
だがすぐ、再び戦の空気が戻った。
フィラはそっと窓の外を見る。
遠く広がる森。
深い闇。
その奥から。
まるで何かがこちらを見て笑っているような気がして、フィラは無意識に身を震わせた。
今回は「森の異常」に皆が少しずつ気付き始める回でした。
頭脳派が多い中で、ライオの「そもそもなんで人間はあんな簡単に森へ入れるのか」という疑問が個人的に気に入っています。
ずっと森で戦ってきたからこその違和感です。
そしてツェリ。
穏やかな侍女ですが、実はかなり物騒です。
フィラ付きの侍女兼護衛なので、侍女服の下には色々仕込んでいます。
あと、オズワルドとヴァルドの過保護さが今回も炸裂していました。




