表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
49/89

「遠くても」

今回から少しだけ、世界観まわりの名称が増えています。


今後の展開に向けてのさわり程度ですが、楽しんでいただけたら嬉しいです。

 ノクスヴァルト帝国の空は、穏やかだった。


 皇帝が姿を消してから数ヶ月。


 長く国を覆っていた重苦しい空気は少しずつ薄れ、人々はようやく前を向き始めている。


 止まっていた物流は再開され、閉ざされていた店にも灯りが戻った。


 街を歩く人々の表情も、以前より明るい。


 窓辺からその景色を見下ろしながら、フィラ・ヴェルレインは小さく微笑んだ。


「……よかった」


 本当に。


 失われたものは大きい。


 それでも人々は、少しずつ“日常”を取り戻そうとしていた。


「フィラ様、お手紙が届いております」


 穏やかな声に、フィラは振り返る。


 そこには銀の盆を持ったツェリが立っていた。


 差し出された封筒を見た瞬間、フィラの顔がぱっと明るくなる。


 帝国の紋章。


 そして見慣れた筆跡。


「ヴァルドから……!」


「ふふ。嬉しそうですね」


「だ、だって……」


 少し照れながら封筒を受け取るフィラに、ツェリは優しく目を細めた。


「ごゆっくりどうぞ」


 一礼して部屋を下がっていく。


 フィラは大切そうに封筒を抱え、そのままソファへ腰掛けた。


 丁寧に封を切る。


 整った文字を見た瞬間、自然と頬が緩んだ。



『フィラへ。


 元気にしてる?


 こちらは相変わらず忙しい。


 帝都はだいぶ落ち着いてきたけど、今度は地方の反乱平定で慌ただしい。


 師匠も各地を飛び回ってる』



 フィラは少し眉を下げる。


 オズワルドは今、反乱を起こした旧皇帝派貴族たちの制圧に力を貸していた。


 まだ各地には混乱が残っている。


 それでも以前より希望はあった。



『この前、久しぶりに市場を歩いた。


 前より人の顔が明るい。


 子どもたちが普通に笑ってるのを見て、少し安心した』



 フィラはそっと目を細める。


 ヴァルドもきっと、この国の変化を嬉しく思っている。



『ただ、そのあと皇宮に戻ったらアーバインに書類を山ほど渡された。


 さすがに逃げたくなった』



「ふふっ……」


 思わず吹き出した。


 真顔で書類を積み上げるアーバインと、嫌そうな顔をするヴァルドが簡単に想像できる。



『早く全部片付けて、少しでもいいから君のところに帰りたい』



 その一文を見た瞬間。


 フィラの呼吸が止まった。


「……っ」


 一気に頬が熱くなる。


 胸の奥がきゅうっと締めつけられた。


 嬉しい。


 すごく嬉しい。


 思わず手紙を抱きしめてしまう。


「……会いたい……」


 ぽつりと零れた本音に、自分でまた赤くなる。


 けれど、その顔は幸せそうだった。


 少ししてから、フィラは机へ向かった。


 新しい便箋を広げ、万年筆を手に取る。



『ヴァルドへ。


 お手紙ありがとうございます。


 帝都の様子を聞けて安心しました。


 市場に人が戻ってきたんですね。


 子どもたちが笑えるようになったのも、本当に良かったです』



 さらさらと文字を書きながら、フィラは窓の外を見る。


 こちらでも復興は進んでいた。


 森に近い村では、畑仕事を再開できるようになった人も増えている。



『こちらも少しずつ落ち着いてきています。


 ローグ様の治療院は毎日忙しそうです。


 怪我をした方や体調を崩された方もまだ多いみたいで、最近は寝不足だってツェリが心配していました』



 フィラは少し困ったように笑う。


 ローグは人のためとなると無理をしがちなのだ。



『ラルフ様は子どもたちへ勉強を教えてくださっています。


 読み書きができるようになった子が増えて、皆さんすごく嬉しそうでした』



 最近では庭に机を並べ、小さな勉強会まで開いている。


 厳しいようでいて、ラルフは意外と面倒見が良かった。



『ライオ様はまだお父様について各地を回っているそうです。


 ちゃんと休めているといいのですが……』



 少し心配そうに文字を書く。


 オズワルドもライオも、きっと無茶をしている。



『今度お父様に会ったら、なるべくちゃんと帰って休んでくださいって伝えておいてください』



 それから、ふと思い出したように小さく笑う。



『シルヴィア様から皇族としてのお勉強は順調ですか?


 皇妃様の言うこと、ちゃんと聞いてくださいね』



 そこまで書いて、フィラはくすりと笑った。


 最近のシルヴィアは本当に楽しそうなのだ。


 ヴァルドへ歴史や礼儀作法を教えている時など、どこか生き生きして見える。


 そして。


 ふとペン先が止まる。


 会いたい。


 自分も同じだった。


 でもヴァルドは忙しい。


 帝国を支えている。


 困らせたくない。


 負担になりたくない。


 それでも。


 ぽつりと本音を書いてしまう。



『……会えないのは少し寂しいです』



「……っ!」


 書いた瞬間、フィラは真っ赤になった。


「は、恥ずかしい……」


 慌てて線を引いて消す。


 けれど完全には隠れない。


 うっすら読めてしまう。


「だ、大丈夫かな……」


 不安になりながらも、フィラはそっと手紙を封じた。



 数日後。


 皇宮の執務室。


 山積みの書類へ視線を落としていたヴァルドは、届けられた封筒を見るなり表情を和らげた。


「……フィラからか」


 すぐに封を切り、静かに読み始める。


 復興の進む村。


 ローグの治療院の様子。


 ラルフの勉強会。


 ライオを心配する言葉。


 どれもフィラらしく優しくて、自然と口元が緩んでいく。


 さらに。



『皇妃様の言うこと、ちゃんと聞いてくださいね』



「……子ども扱いしてるだろ」


 苦笑が漏れる。


 だが嫌ではない。


 むしろ温かかった。


 そして。


 ある一文で、手が止まる。



『……会えないのは少し寂しいです』



 消されている。


 だが読める。


 ヴァルドはしばらく黙ったまま、その文字を見つめていた。


 やがて。


 ふっと笑う。


 本当に嬉しそうに。


「……可愛い」


「何がです?」


 無機質な声に、ヴァルドはびくりと肩を揺らした。


 いつの間にか、アーバインが追加の書類を抱えて立っている。


「……ノックしろ」


「しました」


「聞こえなかった」


「でしょうね」


 淡々と言いながら、机へ大量の書類を積み上げる。


 ヴァルドは露骨に顔をしかめた。


「増えてるんだが」


「地方の報告書です。師匠殿からも届いております」


 反乱平定の進捗報告。


 まだ帝国全土が完全に落ち着いたわけではない。


 けれど。


 窓の外には、穏やかな日常を取り戻し始めた人々の姿がある。


 守りたい未来が、確かにそこにあった。


 ヴァルドはフィラからの手紙を大切そうに胸元へしまう。


 そして静かに目を細めた。


「……頑張るか」


 少しでも早く。


 あの少女の元へ帰るために。

ここまでふわっとしていた魔国側の名称を、今回から少しずつ出し始めました。


ノクスヴァルト帝国やヴェルレイン大公家など、「そういえば名前を決めていなかった…!」となって慌てて整えています。


ただ、今後は人間側の王国との関わりや外交、立場の違いなどもより描いていく予定なので、「どこの誰なのか」がわかる方が物語として動かしやすいかなと思い、少しずつ追加しています。


まだ未登場の名称もありますが、必要になったタイミングで自然に出していけたらと思っています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ