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「偽りの聖女」

第二部を終え、今回から第三部になります。

……と言っても、最初からきっちり章構成を決めていたわけではないのですが、自分の中ではここから少し空気が変わる感覚があります。


今回からは人間側の視点も増えていきます。

魔族側とはまた違う歪みや思惑、そしてその中で抗いながら生きる人達を書いていけたらと思っています。


少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。

 王都ルクレティア。


 夜でも眠らぬその都では、今日も貴族達の笑い声と音楽が響いていた。


 煌びやかなシャンデリア。


 甘い酒の香り。


 着飾った令嬢達。


 その中心で、公爵家嫡男サイラス・ルヴァインは、相変わらず女達に囲まれていた。


「サイラス様、今度はいつお茶会に来てくださるの?」


「この前は途中でいなくなってしまわれましたわ」


「悪いね。綺麗な子が多すぎて困ってるんだ」


 軽薄そうな笑み。


 さらりとした金髪。


 整いすぎた顔立ち。


 女好きで遊び人。


 それが社交界におけるサイラスの評価だった。


 そして本人も否定しない。


 笑って受け流す。


 そうしている方が都合が良かった。


「……最近また魔獣が増えているそうですわね」


 ふと、婦人の一人が声を潜めた。


 サイラスはグラスを揺らしながら耳を傾ける。


「北方の村が襲われたとか」


「恐ろしい……やはり魔族達の仕業なのかしら」


「数年前の大敗以来、魔族はますます増長していますもの」


 周囲の貴族達も頷く。


 サイラスは笑みを崩さない。


 だが心の中では静かにため息を吐いていた。


(……またその話か)


 魔獣は魔族が操っている。


 森から現れる災厄は全て魔族の策略。


 それが今の王国で流されている“正義”だった。


 そしてそれを流しているのは王家自身。


 サイラスは知っている。


 少なくとも、全てが真実ではないことを。


(もし本当に魔族が意図的にやってるなら、とっくに全面侵攻してるだろ)


 数年前。


 国境戦で王国軍は壊滅的敗北を喫した。


 まるで災厄のような力だったと生還者達は口を揃える。


 だがその後、魔族側は攻め込んでこなかった。


 不可解すぎる。


 なのに王家は全てを“魔族の脅威”としてまとめ上げた。


 民衆は恐怖し、貴族達はそれに乗る。


 その方が都合がいいからだ。


「おや。今日は随分難しい顔をしているな」


 低い声に振り返る。


 そこにいたのは父――ルヴァイン公爵だった。


「父上」


「また何か考え込んでいたのだろう」


「酷いなぁ。俺はただ美女達に囲まれて幸せを噛み締めていただけですよ」


 わざとらしく肩を竦める。


 父は苦笑した。


 全部見抜いている顔だった。


「陛下がお呼びだ」


「……嫌な予感しかしない」


「奇遇だな。私もだ」


 その言葉に、サイラスは僅かに目を細めた。


 ◇◇◇


 王宮の空気は重かった。


 王の間には国王と王妃、重臣達が集まっている。


 そしてその中心。


 まだ幼い第二王子が静かに母親の隣へ座っていた。


 年は十にも満たない。


 整った顔立ち。


 柔らかな微笑み。


 無垢な子供そのもの。


 だが。


 サイラスはなぜか、この王子が苦手だった。


 理由はわからない。


 ただ時折。


 ぞくりとするほど冷たい何かを感じる。


「最近の魔獣被害は皆も知っているな」


 国王が重々しく口を開く。


「加えて、魔国では政変が起きたとの報告もある」


 ざわめき。


 皇帝死亡。


 皇宮崩壊。


 大公暴走。


 情報は錯綜していた。


 だが王国側はそれを好機と見ている。


「今こそ神の加護が必要だ」


 国王はそう告げた。


「我らは聖女召喚を行う」


 静まり返る空間。


 貴族達はすぐに歓喜へ変わった。


「おお……!」


「ついに……!」


「これで魔族共に対抗できる!」


 サイラスだけが沈黙する。


(……聖女召喚、ね)


 嫌な予感がした。


 王家は何かを急ぎすぎている。


 まるで追い詰められているように。


 その時。


「きっと大丈夫ですよ」


 幼い声が響いた。


 第二王子だった。


 にこりと笑う。


「聖女様が来れば、皆救われます」


 無邪気な笑顔。


 だが。


 一瞬だけ。


 その瞳が異様に暗く見えた。


 サイラスは微かに眉を寄せる。


(……なんだ?)


 その違和感は、すぐに消えた。


 まるで気のせいだったかのように。


 ◇◇◇


 数日後。


 王城地下深く。


 巨大な魔法陣が光を放っていた。


 神官達の祈り。


 膨大な魔力。


 空気が震える。


「始めよ!」


 光が溢れた。


 眩い輝きが空間を埋め尽くす。


 そして。


 一人の少女が現れる。


 長い黒髪。


 愛らしい顔立ち。


 華奢な身体。


 少女は戸惑ったように辺りを見回した。


「……え?」


 次の瞬間。


 王子が駆け寄る。


「聖女様……!」


 歓喜。


 涙。


 神官達は跪き、王妃は胸元で手を組む。


「成功した……!」


「神は我らを見捨てていなかった!」


 少女――美優は、自分へ向けられる熱狂に目を見開く。


 そして。


 ゆっくりと笑った。


 甘く。


 可憐に。


 誰もが目を奪われる笑みだった。


 だが。


(……気持ち悪い)


 サイラスだけは、背筋に冷たいものを感じていた。


 まるで。


 何か、とてつもなく嫌なものがこの国へ入り込んできたような。


 そんな感覚だった。

ここまで読んでくださりありがとうございました!


第三部はサイラスやルヴァイン公爵家、人間の国側の事情も大きく関わってきます。

軽そうに見えて実はかなり苦労人なサイラスですが、フィラやヴァルドとはまた違った形で物語に関わっていく予定です。


そしてついに登場した“聖女”美優。

フィラとは正反対の存在として、今後かなり波乱を起こしてくれると思います。


次回からは魔族側との接触や、フィラ達との出会いへ向けて物語が動き始めますので、引き続き読んでいただけたら嬉しいです。

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