『待ってるから』
いつも読んでいただきありがとうございます。
気づけば第二部も終盤になりました。
しっかり決めていたわけではありませんが、自分の中での第二部完結という感覚で書いています。
戦いが終わり、それぞれが未来を選び始めた回になりました。
特に今回は、フィラとヴァルドの関係を書きたくて書いたお話です。
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。
皇都の復興は、少しずつ進み始めていた。
崩壊した皇宮の修復。
魔獣被害を受けた区域の再建。
混乱した貴族達の統制。
その全てを中心となって動かしているのは、皇后となったシルヴィアだった。
そして。
その隣には、常にヴァルドがいる。
皇太子候補として。
未来の皇帝として。
シルヴィアから政治や統治を学びながら、昼夜問わず働いていた。
当然、以前のように自由な時間はない。
大公家へ戻ることも、フィラと過ごす時間も減っていった。
それでもフィラは文句を言わなかった。
「ヴァルド、ちゃんと食べてる?」
久しぶりに顔を合わせた時も、最初に出たのはそんな言葉だった。
「……食べてる」
「嘘。食べてないし、ちゃんと寝てない」
「寝てる」
「目の下うっすら隈あるよ?」
「……フィラ、観察しすぎ」
そんな会話をしながら、フィラは少しだけ笑う。
その笑顔を見る度に。
ヴァルドは胸の奥が苦しくなった。
まだ。
ちゃんと伝えられていない。
自分が大公家へ戻らず、このまま皇宮へ残ることを。
皇太子となり、いずれ皇帝になる道を選んだことを。
フィラに言わなければならない。
そう思うのに、言葉が出なかった。
⸻
その夜。
復興もある程度落ち着き、大公家が領地へ戻る日が決まった。
フィラ達が皇宮へ滞在する最後の夜。
ヴァルドはフィラを中庭へ呼び出した。
夜空には星が広がっている。
崩壊した皇宮も、少しずつ修復が進み、庭園には春の花が咲き始めていた。
柔らかな夜風が花を揺らす。
「綺麗……」
フィラが空を見上げ、小さく呟く。
ヴァルドはそんな横顔を見つめた。
言わなければ。
そう思う。
なのに。
喉が詰まったように声が出ない。
沈黙が落ちる。
フィラはそんなヴァルドを見上げ。
少しだけ困ったように笑った。
「……ヴァルド」
「ん」
「皇太子になるんでしょ?」
ヴァルドの目が見開かれる。
「なんで……」
「わかるよ」
フィラは優しく笑った。
「ヴァルド、ずっと悩んでたから」
責める声ではない。
ただ、全部知っているような穏やかな声だった。
ヴァルドはゆっくり視線を伏せる。
「……ごめん」
思わず零れた言葉。
何に対しての謝罪なのか、自分でもわからない。
フィラは少しだけ首を傾げた。
「どうして謝るの?」
「だって……」
言葉が続かない。
フィラはそんなヴァルドを見つめ。
ふわりと微笑んだ。
「頑張ってね」
優しい声。
「私はいつでもヴァルドの味方だから」
ヴァルドの瞳が揺れる。
フィラは続けた。
「たまには帰ってきてね」
少しだけ寂しそうに笑う。
「待ってるから」
その言葉が胸に刺さった。
ヴァルドはゆっくり目を閉じる。
離れたくない。
ずっと側にいたい。
そんな感情が溢れそうになる。
けれど。
フィラは泣かなかった。
寂しいと縋ることもしない。
ただ、自分の選んだ未来を応援してくれる。
だからこそ。
守りたいと思った。
誰よりも。
何よりも。
「……うん」
低い声が零れる。
「帰る」
フィラが嬉しそうに笑った。
その笑顔を見た瞬間。
ヴァルドは改めて決意する。
この笑顔を守れる存在になると。
夜風が静かに吹き抜ける。
星空の下。
二人はしばらく並んで立ち尽くしていた。
まるで。
離れてしまう時間を惜しむように。
⸻
翌朝。
大公家の馬車が皇宮を出る。
見送りに来ているのはヴァルドとシルヴィア。
そしてヴァルドの少し後ろには、側近となったアーバインが控えていた。
「ヴァルドー!」
フィラは窓から身を乗り出すようにして大きく手を振る。
ヴァルドも小さく手を上げた。
その金の瞳は真っ直ぐフィラだけを見ている。
やがて馬車がゆっくり動き出す。
皇宮が遠ざかっていく。
フィラは窓の外を見つめたまま、小さく息を吐いた。
その横で。
オズワルドが静かにフィラの頭を撫でる。
「そんな顔をするな」
低い声。
フィラは少しだけ眉を下げた。
「……してた?」
「ああ」
オズワルドは苦笑する。
「今にも泣きそうだ」
「っ、泣いてないもん……」
そう言いながらも声は少しだけ掠れていた。
オズワルドは何も言わず、もう一度優しく頭を撫でる。
大きく温かな手。
フィラはそのぬくもりに少しだけ安心したように目を細めた。
窓の外では。
皇宮の前に立つヴァルドの姿がまだ小さく見えている。
フィラはその姿を最後まで見つめ続けていた。
⸻
皇宮前。
馬車が見えなくなっても。
ヴァルドはその場から動かなかった。
アーバインが静かに声を掛ける。
「……よろしいのですか?」
ヴァルドは小さく目を伏せた。
「よくはない」
低い声。
「でも、これでいい」
守るために。
隣に立つために。
そのために選んだ道だ。
ヴァルドはゆっくり空を見上げる。
その金の瞳には、静かな決意が宿っていた。
⸻
――その頃。
遥か遠く。
闇の奥底で。
『……戻ってきていたとは』
低く、不気味な声が響く。
『今度こそ』
どろりとした悪意が揺らめいた。
『消し去ってやる』
それはまだ誰にも知られていない“何か”。
だが確かに。
新たな災厄は静かに目を覚まし始めていた。
これにて第二部完結です。
ここまで読んでくださった皆さま、本当にありがとうございます。
皇帝との戦いから始まり、シルヴィアやヴァルドの決意、そしてフィラとの別れまで、かなり長い流れになりましたが、自分でもとても思い入れの強い章になりました。
特に最後のフィラは、「寂しい」よりも先にヴァルドを応援したかったのだと思います。
そしてヴァルドもまた、フィラを守れる存在になるために、自分の道を選びました。
ここから先は、人間の国や新しい登場人物達も増え、物語の世界がさらに広がっていく予定です。
第三部も楽しんでいただけたら嬉しいです。
改めて、ここまで本当にありがとうございました。




