『次代へ』
いつも読んでいただきありがとうございます。
実は最初から「第一部」「第二部」としっかり決めて書いていたわけではないのですが、何となく自分の中では今回と次のお話で第二部の終わりという感覚で書いています。
ここまで長く続いた皇帝との戦いも一区切り。
そして、それぞれが未来を選び始める回になりました。
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。
皇帝が消えた謁見の間には、重苦しい静寂だけが残っていた。
崩れた床。
砕け散った玉座。
漂っていた禍々しい魔力も、少しずつ薄れていく。
その中で。
「シルヴィア!」
オズワルドが駆け出した。
倒れ伏すシルヴィアの元へ膝をつき、その身体を抱き起こす。
「っ……」
その身体は冷たい。
呼吸は浅く、弱々しい。
意識もない。
まるで今にも消えてしまいそうだった。
オズワルドの表情が僅かに歪む。
「父さま……!」
フィラも慌てて駆け寄ろうとする。
だが。
その腕をヴァルドが掴んだ。
「待って」
「ヴァルド……?」
金の瞳が真っ直ぐフィラを見る。
「今のフィラ、かなり無理してる」
黒龍の呪いを浄化した直後だ。
皇帝との戦いでも、フィラは絶えず力を使い続けていた。
「これ以上は危険だ」
焦りを押し殺した声。
フィラはそんなヴァルドを見つめ。
ふわりと微笑んだ。
「……もう大丈夫」
「フィラ」
「ちゃんと使い方……わかったから」
その言葉に、ヴァルドが目を見開く。
フィラは静かに続けた。
「もう、みんなを悲しませたりなんかしない」
優しい声だった。
けれど、その瞳には確かな強さが宿っている。
ヴァルドはしばらく黙り込み。
やがて小さく息を吐いた。
「……絶対、無理しないで」
「うん」
フィラが頷く。
そして。
シルヴィアの前へ膝をついた。
そっと両手を重ねる。
銀色の光が溢れ出した。
暖かい光。
優しく包み込むような聖なる力。
光はシルヴィアを覆い、その傷を少しずつ癒していく。
黒く蝕まれていた傷跡が消えていく。
苦しげだった呼吸も穏やかになっていった。
やがて。
シルヴィアの指先が微かに動いた。
「……っ」
長い睫毛が震える。
ゆっくりと瞳が開かれた。
紫の瞳。
ぼんやりとした視線が、まず最初に映したのは。
自分を抱き締めているオズワルドだった。
「……オズ……」
掠れた声。
その声に、オズワルドの表情が僅かに緩む。
シルヴィアはゆっくり瞬きをして。
途切れ途切れに問う。
「……皇帝は……?」
オズワルドは静かに答えた。
「終わった」
短い言葉。
「奴は闇に呑まれて消えた」
その言葉を聞いた瞬間。
シルヴィアの瞳から、ぽろりと涙が零れ落ちた。
「……そう……」
長い長い悪夢だった。
奪われ。
縛られ。
耐え続けた日々。
その終わりを、ようやく実感したように。
シルヴィアは力が抜けたようにオズワルドへ身を預ける。
オズワルドは何も言わず、その身体を支えた。
ただ静かに。
失わないように抱き締める。
少し離れた場所で、その光景を見守っていたフィラがふらりと身体を揺らした。
「フィラ!」
即座にヴァルドが支える。
「でも、ちゃんとできたよ」
嬉しそうに笑うフィラに、ヴァルドは小さく目を細めた。
「……うん」
低い声。
「やっぱりフィラはすごい」
その時だった。
「な、何ということだ……!」
第一皇子の震える声が響く。
「大公が黒龍となって皇宮を破壊したのよ!?」
「ヴァルドが皇帝を弑したのではないのか!?」
側妃達や貴族達がざわめき始める。
皇帝を失った恐怖。
そして、自分達の立場を守ろうとする焦り。
その空気を。
「黙りなさい」
静かな一声が切り裂いた。
一瞬で場が凍りつく。
オズワルドに支えられながら立ち上がったシルヴィアが、冷え切った紫の瞳で皇子達を見渡した。
「オズワルドを黒龍へ変えたのは皇帝です」
張り詰めた声。
「禁忌へ堕ちた皇帝が、呪いによって彼を暴走させた」
誰も反論できない。
「皇都へ魔獣を呼び寄せ、民を危険へ晒したのも皇帝」
シルヴィアは静かに続ける。
「その中で民を守ったのは誰です?」
空気が重くなる。
「命を懸けて戦ったのは、大公家とヴァルドです」
誰も口を開けない。
「少なくとも、安全な場所で震えていただけの者達に意見する権利はありません」
鋭い言葉が場を貫いた。
皇子たちも。
側妃達も。
誰一人言い返せない。
シルヴィアは静かに息を吐き。
真っ直ぐ前を見据える。
「これより私は皇后として、この国の復興を指揮します」
その声には揺るぎない覚悟があった。
そして。
シルヴィアはヴァルドへ視線を向ける。
「ヴァルド」
「……はい」
「お前はこれより皇太子となり、この国を支えなさい」
場がざわめく。
ヴァルドは目を見開いたまま動けなかった。
皇太子。
その言葉の重みが、ゆっくりと胸へ沈んでいく。
それはつまり。
この国の未来を背負うということ。
皇宮に留まり。
今までとは全く違う立場になるということだった。
「……」
言葉が出ない。
頭では理解している。
今回の一件で嫌というほど思い知った。
ろくでもない者が権力を持つ意味。
止める者すらなく。
ただ周囲が苦しんでいく。
けれど。
それを選べば、今までのようにはいかない。
ヴァルドは無意識に拳を握り締めた。
「ヴァルド?」
返事のないヴァルドに、フィラが不安そうな視線を向ける。
シルヴィアも急かすことはしなかった。
ただ静かに待っている。
長い沈黙の末。
ヴァルドはゆっくりと視線を伏せた。
「……少し、考えさせてください」
低い声。
その返答に、シルヴィアは静かに頷く。
「ええ」
それ以上は何も言わなかった。
その場は、そのまま解散となった。
⸻
夜。
静まり返った皇宮の一室に、ヴァルドは呼び出されていた。
部屋の中にはシルヴィアだけがいる。
窓から差し込む月明かりが、アイスブルーの髪を淡く照らしていた。
「座りなさい」
静かな声。
ヴァルドは無言で従う。
しばし沈黙が落ちた後。
シルヴィアがゆっくり口を開いた。
「……あなたが迷う理由はわかっています」
ヴァルドの肩が僅かに揺れる。
「フィラの側にいたいのでしょう」
否定できなかった。
「ですが、聖女であるフィラにはこれからも危険が伴います」
静かな声。
「今回のようなことは、きっとまた起きる」
ヴァルドは唇を噛み締める。
フィラが苦しむ姿。
倒れる姿。
泣きそうになりながら笑う姿。
全てが脳裏に焼き付いていた。
「あなたが本当にあの子を守りたいのなら」
シルヴィアは真っ直ぐヴァルドを見る。
「誰よりも守れる力を手にしなさい」
その言葉は静かだった。
だが重かった。
シルヴィア自身。
力があっても守れなかったものがある。
奪われたものがある。
だからこそ、その言葉には痛いほどの現実が滲んでいた。
ヴァルドは俯いたまま、小さく拳を握る。
⸻
その部屋を出た直後だった。
「随分と情けない顔をしているな」
低い声が響く。
振り返れば、壁にもたれるように立つオズワルドの姿があった。
「……師匠」
オズワルドはゆっくりとヴァルドへ近づく。
「お前も理解しているはずだ」
その声は静かだった。
金の瞳が真っ直ぐヴァルドを見る。
「お前はもう、大公家の庇護下にいるだけの子供ではいられない」
ヴァルドは黙ったまま視線を伏せる。
オズワルドは小さく息を吐いた。
「……やっとだ」
「お前自身に、確固たる立場を持てる時が来た」
低い声。
「皇太子という立場は、この国で誰にも軽んじられない力になる」
ヴァルドの瞳が僅かに揺れる。
オズワルドはそんな弟子を見下ろしながら続けた。
「フィラは聖女だ」
「これから先、周囲は必ずあいつを利用しようとする」
その声には現実を知る者の重みがあった。
「その時」
オズワルドは少しだけ目を細める。
「何の後ろ盾も持たん男に、フィラは渡せない」
「――っ」
ヴァルドが目を見開く。
オズワルドは淡々とした顔のまま言った。
「守りたいなら、並び立て」
「誰も文句を言えない場所まで上がれ」
それは厳しい言葉だった。
だが同時に。
ヴァルドを認めているからこそ口にできる言葉でもあった。
長い沈黙。
やがて。
ヴァルドはゆっくり顔を上げた。
金の瞳には、もう迷いは残っていない。
「……師匠」
オズワルドを見る。
そして。
「俺、皇太子になります」
静かな声。
だが、その言葉は確かな決意を宿していた。
オズワルドは僅かに目を細める。
ヴァルドは続けた。
「フィラを守れる力を手に入れる」
「誰にも文句を言わせないくらい強くなる」
それは野心ではない。
ただ一人を守りたいという願いだった。
オズワルドは小さく息を吐き。
「……なら、やり遂げろ」
短く告げる。
ヴァルドは静かに頷いた。
その夜。
一人の少年が。
大切なものを守るため、未来を選んだ。
第二部終盤ということで、今回は「戦いの後」と「次の時代への始まり」を意識して書きました。
皇帝との決着だけではなく、シルヴィアやヴァルド、それぞれが立場や覚悟を決めていく回でもあります。
特にヴァルドは、ただ強くなるだけではなく「守るために何を選ぶのか」を考える立場になってきました。
そして次回はいよいよ第二部ラスト予定です。
フィラとヴァルドのやり取りもしっかり書きたいと思っていますので、最後まで見届けていただけたら嬉しいです。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。




