「父の覚悟」
GW初日はガッツリ朝寝坊してしまいました。
せっかくのお休みなので、このまま思いっきり続きを書いていきたいと思います。
「フィラ!」
手を伸ばす。
だが——一歩、届かない。
フィラの身体から、強烈な光が溢れた。
視界が白に塗り潰される。
その中心で、フィラはただ一点、アーバインへと手を向けていた。
止める声も、周囲の気配も、何も届いていない。
「……っ」
光が収まった、その瞬間。
フィラの身体が崩れ落ちる。
「フィラ!」
今度こそ、間に合った。
床に倒れる寸前で掬い上げる。
軽い。
嫌なほどに。
腕の中で力なく揺れる身体を、強く抱きしめる。
「フィラ! フィラ!」
呼びかける。
だが、反応はない。
瞼は閉じられたまま、呼吸だけがかろうじて続いている。
「……くそ」
歯を食いしばる。
「ローグ! 治癒を——」
叫びかけた、その時だった。
——ぞわり。
胸の奥を、掴まれる。
嫌な感覚。
背筋を這い上がる、冷たい何か。
「……っ」
理解する。
まずい。
フィラの力で抑え込まれていた“それ”が、戻る。
いや——溢れる。
このままでは。
腕の中の存在を、壊す。
反射的に顔を上げる。
「ラース」
呼ぶと同時に、老執事はすぐ側にいた。
状況を見て、すべてを悟る。
オズワルドは、短く告げた。
「後を頼む」
それだけ言って、フィラを託す。
躊躇はない。
なければならない。
踵を返し、その場を離れる。
振り返らない。
振り返れば、戻ってしまう。
自室へ。
扉を閉める。
鍵をかける。
外界を断つ。
その直後だった。
心臓を、握り潰されるような痛み。
「……っ、ぐ……!」
膝をつきかける。
壁に手をつき、どうにか立つ。
来た。
呪いが、牙を剥く。
⸻
殺せ。
愛するのだろう?
ならば永遠に自分のものにしろ。
⸻
「……黙れ」
歯の隙間から吐き捨てる。
だが声は止まらない。
何度も、何度も、頭の奥に響く。
愛しているからこそ、壊せと。
終わらせろと。
爪を立てる。
自らの腕を引っ掻く。
血が滲む。
痛みで意識を繋ぎ止める。
「……俺は……」
呼吸が乱れる。
視界が揺れる。
それでも、扉には近づかない。
決して。
あの部屋へは行かない。
行けば終わる。
分かっているから。
どれほどの時間が経ったのか。
分からない。
その時。
外から声が響いた。
「師匠!」
ヴァルドの声。
「どうしてフィラの側にいないんですか! フィラが苦しんでるのに!」
ドンドン、と扉を叩く音。
胸が軋む。
分かっている。
あの子がどれほど苦しんでいるか。
側にいたい。
看病して、苦しみを取り除いてやりたい。
だが——
今、行けば。
殺す。
かつて父がそうしたように。
最も愛する者を、その手で。
脳裏に浮かぶ。
血に濡れた部屋。
倒れた母。
そして。
自分に手を伸ばそうとした父の姿。
「……っ」
理解してしまう。
あの時の父を。
あれは絶望ではない。
その先にあったものを知ってしまった。
その時。
外で別の声。
ラースだ。
「フィラ様を想えば想うほど、閣下はフィラ様の側にいられないのです」
静かな声で、ヴァルドに語る。
呪いのことを。
皇帝にかけられたそれを。
そして。
先代の最期を。
妻を手にかけ。
さらに我が子に手を伸ばし。
それを拒否して、自ら命を断ったことを。
「今、閣下は——もっとも大切なフィラ様を守るために戦っておられるのです」
その言葉が、胸に落ちる。
外の騒ぎが、やがて消えていく。
静寂。
再び、呪いと二人きり。
どれほど耐えただろうか。
時間の感覚は、とうに失われていた。
その時。
不意に。
痛みが、消えた。
声も、消える。
「……?」
息を整えながら、顔を上げる。
あり得ないほどの静寂。
まるで、最初から何もなかったかのように。
直後。
扉の向こうから声。
「……フィラ様が」
ラース。
それだけで、理解する。
目覚めた。
フィラが。
次の瞬間には、もう動いていた。
扉を開け、廊下を駆ける。
迷いはない。
ただ一直線に。
扉を開ける。
そこに——
ベッドの上で、目を覚ましたフィラがいた。
「フィラ!」
駆け寄り、強く抱きしめる。
温もり。
生きている。
それだけで、胸が締め付けられる。
「なんて馬鹿なことをした!」
抑えきれず、声が荒くなる。
「聖女の力は軽々しく使うなと、あれほど言っただろう!」
腕の中のフィラは、小さく震える。
「……ごめんなさい」
ただ、それだけを繰り返す。
分かっている。
この子の過去を。
全てではない。
だが。
どれだけ言っても、自分が愛されていると理解しないことを。
自分を大事にしないことを。
「……どうしてだ」
絞り出すような声。
「側にいる人を、誰も失いたくなかったの……」
ぽつりと零れた言葉。
胸が締め付けられる。
本当に優しい。
自分以外には。
だからこそ。
「——お前に何かあれば!」
思わず、強く言い切る。
「お前が受けたよりも、もっと強い痛みを——お前を愛する俺たちは味わうのだぞ!」
その言葉は。
初めて。
深く届いたのだろう。
フィラの顔が歪む。
今までにないほど。
そして——
泣き崩れた。
「ごめんなさい……っ、ごめんなさい……!」
何度も、何度も。
繰り返す。
しがみつくように。
子供のように。
「……もういい」
抱きしめる。
「もういいんだ……」
ただ、優しく。
伝わればいい。
それだけでいい。
やがて。
泣き疲れたフィラは、そのまま眠りに落ちた。
静かな寝息。
それを確認して、オズワルドは視線を上げる。
ラース、ツェリ、ラルフ、ローグ。
皆が理解し、静かに頭を下げる。
そして部屋を出ていく。
最後に残ったヴァルド。
不安そうに見つめている。
当然だ。
呪いのことを知ったのだから。
オズワルドは、ゆっくりと頷く。
——問題ない。
その意志を込めて。
ヴァルドは小さく息を吐く。
「……また明日ね」
フィラにそう言い残し、部屋を後にした。
扉が閉まる。
二人きり。
オズワルドはそのままベッドに腰を下ろし、フィラを抱き寄せる。
シーツをかける。
指先で、そっと涙の跡を拭う。
「……」
静かな寝顔。
守るべき存在。
かつて父は。
自分を守るために、死を選んだ。
だが。
「……俺は違う」
小さく呟く。
この子を守るために。
自分は死ねない。
この呪いを、終わらせなければならない。
「……必ず解く」
そして。
もう一つ。
脳裏に浮かぶ、少年の姿。
「……ヴァルド」
あいつなら。
この子を守る者として。
多少は信頼できる。
——候補に入れてやってもいい。
だが。
腕の中の小さな身体を見下ろす。
「……まだ早い」
簡単に手放す気などない。
オズワルドは静かにフィラを抱きしめる。
温もりを確かめるように。
そしてそのまま、目を閉じた。
決意を胸に。
守るために。
生きると決めて。
39話、読んでいただきありがとうございます。
今回はオズワルド視点で、呪いと真正面から向き合う回でした。
フィラを想うほど側にいられないという矛盾、その中で守るために離れるという選択をする姿を書いています。
そしてもう一つの軸は「父」です。
かつて理解できなかった父の最期、その本当の意味に辿り着きながらも同じ結末は選ばないと決める——その覚悟が今回の核でした。
フィラにとっては“愛されていることを知る回”が38話でしたが、
今回は“それでも守り続ける側の覚悟”の回になっています。
次はヴァルド視点か、少し時間を進めるか悩みつつですが、ここからまた関係性が少しずつ変わっていく予定です。
引き続き読んでいただけたら嬉しいです。




