「愛されるということ」
やっと明日から私はGWです。
少しゆっくりできそうでほっとしています。
皆さまも良いお休みをお過ごしください。
その日の朝は、少しだけ慌ただしかった。
「姫様、本日は治療院へ入られるのでしょう? でしたら尚更、朝食はきちんと」
ツェリの声はいつもより厳しい。
「うん、分かってる」
そう答えながら、フィラはパンに手を伸ばす。
だがその手元を、じっと見ている視線があった。
「……なあに?」
「見てる」
向かいのヴァルドが短く言う。
「今日は全部食べるって言ったから」
「食べるよ」
「昨日も同じこと言ってた」
「……」
言い返せない。
思わず視線を逸らすと、小さく笑われた。
悔しくて、フィラは少しだけ頬を膨らませる。
けれど結局、スープまでしっかり飲み干した。
それを見て、オズワルドが満足そうに頷く。
「よし」
ぽん、と頭に手が乗る。
「ちゃんと食べたな」
「父様、もう子供じゃないよ」
「まだ子供だ」
即答だった。
隣でヴァルドまで当たり前のように頷く。
「ヴァルドまで」
「うん」
「僕も一緒だから」
「そうだね」
嬉しそうに笑ってしまう。
こんなやり取りが、好きだった。
当たり前のように見送られる朝が。
「いってきます」
「気をつけてくださいね」
ツェリの声に背を押され、フィラは部屋を出る。
ライオが無言で後ろについた。
振り返ると、ヴァルドが少しだけ不満そうな顔をしている。
「今日は一緒じゃない」
「ヴァルドは授業でしょ」
「……早く終わらせる」
その言い方があまりにも真っ直ぐで、思わず笑った。
「うん、待ってる」
その一言で、ヴァルドの表情がわずかに緩む。
それを見て、フィラは満足して歩き出した。
⸻
その少し後。
ヴァルドはアーバインと並んで城を出ていた。
無言。
いつものことだ。
前を歩くヴァルドの背を見ながら、アーバインは思う。
(相変わらず、隙がない)
子供らしさは、ほとんどない。
だがそれは欠落ではなく、削ぎ落とされた結果だと分かる。
必要のないものを持たないだけ。
そういう在り方だ。
その時だった。
空気が変わる。
ヴァルドが止まった。
「出て来い」
短い一言。
同時に、影が落ちる。
囲まれていた。
(刺客……!)
数が多い。
だがヴァルドは一歩も引かない。
剣を抜く動作に、一切の迷いがない。
次の瞬間には、斬っていた。
一人。
また一人。
速い。
鋭い。
だが数が多い。
死角からの一撃が掠める。
肩に血が滲む。
それでも止まらない。
視線は常に前。
敵だけを見ている。
アーバインは動けなかった。
護られる立場ではない。
だが、戦う力もない。
その時。
一人の刺客がこちらへ向いた。
(来る)
避けきれない。
分かっている。
ヴァルドは振り返らない。
(当然だ)
自分は敵側の人間。
庇う理由などない。
それでいい。
それが正しい。
刃が迫る。
衝撃。
視界が揺れる。
膝が崩れる。
血の匂い。
遠のく意識の中で。
最後に見えたのは——
振り返ったヴァルドの目だった。
⸻
戦いは、長くは続かなかった。
オズワルドと大公軍が到着したからだ。
圧倒的だった。
刺客は抵抗する間もなく制圧されていく。
オズワルドは一歩踏み込んだだけで空気を変えた。
倒れたアーバイン。
血に濡れたヴァルド。
状況を一瞬で把握する。
「……ちっ」
低く落ちた声。
それだけで、場が凍る。
「連れて戻る。急げ」
誰も逆らわない。
⸻
知らせを聞いたフィラは、走った。
ただ、走った。
息が上がるのも構わず。
扉を開ける。
血の匂い。
「ヴァルド!」
真っ先に駆け寄る。
傷だらけの身体。
それでも立っている。
「大丈夫……!?」
「平気」
短い返答。
信じられなくて、すぐに手をかざす。
光が滲み、傷が閉じていく。
「無茶しないで……」
小さく震える声。
だがその手が止まる。
視線が、奥へ向く。
ベッド。
横たわるアーバイン。
呼吸が浅い。
今にも消えそうだった。
「……」
何も考えられなかった。
ただ。
嫌だ。
その一言だけだった。
身体が動く。
「フィラ、待て!」
止める声。
届かない。
手を取る。
冷たい。
「いや……」
光が溢れる。
制御も、加減もない。
ただ、助けたいという衝動だけ。
眩い光が部屋を満たす。
そして。
フィラの身体が、崩れ落ちた。
⸻
それからの時間は、重かった。
フィラは目を覚まさない。
熱が下がらない。
ツェリは泣きながら世話をする。
「お嬢様……お願いですから……」
何度も名前を呼ぶ。
ローグは無言で治癒を続ける。
ラルフは薬を作り続ける。
ライオは薬草を探しに森へ。
領民は祈る。
「姫様を……どうか……」
誰もが願っていた。
⸻
ヴァルドはずっと側にいた。
その中で、違和感が膨らむ。
(師匠が来ない)
あり得ない。
あの人が。
こんな時に。
立ち上がり向かう。
扉を叩く。
「師匠!」
返事はない。
もう一度。
今度は強く叩く。
扉が開いて現れたのはラース。
「なぜですか?」
抑えきれない声。
「どうして側にいない!」
ラースは静かに言った。
「行けないのです」
そして語られる。
呪い。
最も愛する者を、自らの手で殺してしまう呪い。
だから近づけない。
だから、来られない。
「……」
言葉が出ない。
「大公様が最も愛しておられるのは、フィラ様です」
その一言が、重く落ちる。
胸が締め付けられる。
そして同時に。
怒りが湧く。
この呪いを与えた存在へ。
⸻
十日目。
フィラは目を覚ました。
泣く声。
怒る声。
抱きしめられる。
全部が一気に押し寄せる。
「……ごめんね」
自然と出た言葉。
また困らせた。
また悲しませた。
また怒らせた。
そう思った。
その時。
扉が開く。
「フィラ!」
オズワルドが駆け込んできた。
強く抱きしめられる。
震えている。
「何故あんな無茶をした!」
「ごめんなさい。でも……」
言葉を絞り出す。
「側にいる人に死んでほしくなかったの」
沈黙。
そして。
「二度とするな!」
強い声。
「お前に何かあれば、それ以上の痛みを皆が背負う!」
息が止まる。
「お前は誰よりも、俺たちに愛されている!」
その言葉が。
初めて、深く刺さった。
理解した。
本当の意味で。
自分がどれだけ大切にされているのか。
「……ごめんなさい」
涙が溢れる。
「ごめんなさい……父様……」
何度も繰り返す。
しがみつく。
子供みたいに泣く。
オズワルドは強く抱きしめる。
「……もういい」
低く、優しい声。
「もういい……」
フィラは声を上げて泣いた。
今度は。
ちゃんと。
愛されていると知りながら。
38話、読んでいただきありがとうございます。
今回はフィラにとって大きな転機の回になりました。
頭では分かっていた“愛されている”という事実を、ようやく心で理解するところまで辿り着けたかなと思います。
そして、オズワルドの呪い。
近づきたいのに近づけない、守りたいのに触れられない。
そんな中での再会と叱責は、父としての本音そのものです。
ヴァルドにとっても、師匠やフィラの存在の重さを改めて突きつけられる回になりました。ここからの彼の変化も少しずつ描いていけたらと思います。
次回は少し落ち着いた回か、それとも余韻を引きずる回か……悩み中ですが、引き続き楽しんでいただけたら嬉しいです。




