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「帰る場所」

少しずつ物語が進んでいく中で、キャラクターたちの関係も変わっていくのを書くのがとても楽しいです。


特にヴァルドは、最初の頃と比べるとかなり表情が増えてきた気がします。

普段は無表情なのに、フィラの前だけ少し子どもらしくなるのが個人的にもお気に入りです。


今回も楽しんで読んでいただけたら嬉しいです。

いつも本当にありがとうございます!

皇都での生誕祭を終え、ようやく大公家へ戻る日が来た。


豪奢な皇城の廊下を歩きながら、フィラはぱっと顔を上げる。


「帰ったら本当の誕生日会だね!」


その声は弾んでいて、聞いているだけでこちらまで明るくなる。


隣を歩くヴァルドは、一瞬だけ目を見開いた。


誕生日。


そんなものを、自分のために祝ってもらえる日が来るなんて。


胸の奥が熱くなる。


泣きそうになるのを必死に堪えながら、頬をわずかに染める。


「……うん」


小さく、けれど確かに。


「……楽しみ」


その言葉に、フィラはぱっと花が咲くように笑った。


「ほんと?よかった!」


嬉しそうに笑って、当たり前のようにその手を握る。


ヴァルドはその温かさを、離したくないと思った。


少し前を歩くオズワルドは、そのやり取りを横目で見ながらも、今回は何も言わなかった。


ただ静かに歩く。


フィラが嬉しそうなら、それでいい。


「行くぞ」


短く告げる。


三人は転移門へ向かった。


そこには皇帝が待っていた。


玉座の間ではない。


それでも、その場の空気は重い。


皇帝は穏やかな笑みを浮かべている。


「もう帰るのか。寂しくなるな」


誰もその言葉を本気にはしない。


ヴァルドは静かに前へ出た。


そして、深く頭を下げる。


「……行ってきます」


その一言に、皇帝の目がわずかに細くなる。


“帰る”のは大公家。


ここではない。


それでも皇子としての礼は失わない。


その絶妙な距離感に、皇帝はふっと笑った。


「……ああ」


優しい父のような声音。


だがその奥にあるものを、ヴァルドは知っている。


昨夜、密かに命じられた。


大公家の様子を報告しろ。


オズワルドの動きを見張れ。


フィラのことも。


特に――聖女の可能性があるなら、必ず。


ヴァルドはわずかに拳を握る。


だが顔には出さない。


それは昨夜、すでにオズワルドと決めたことだった。


従うふりをする。


皇帝を欺く。


利用されるのではなく、こちらが利用する。


そのための「行ってきます」だ。


皇帝は満足そうに頷いた。


「それと」


視線が横に流れる。


一人の男が前に出た。


黒髪をきっちりと後ろに流し、隙のない立ち姿。


年は二十代半ばほど。


冷静で理知的な印象を与える青年だった。


「アーバインだ」


皇帝が告げる。


「ヴァルドの補佐役として、大公家へ同行させる」


フィラが目を丸くする。


ヴァルドの目もわずかに細くなった。


オズワルドだけは表情を変えない。


当然だ。


監視役。


皇帝がそれを送らないはずがない。


アーバインはまっすぐオズワルドを見て、一礼する。


「よろしくお願いいたします、大公閣下」


ヴァルドには礼をしない。


この時点で彼にとってヴァルドは、まだ皇帝の駒にすぎなかった。


警戒すべきはただ一人。


英雄オズワルド。


オズワルドは静かに頷いた。


「歓迎しよう」


声音は穏やかだった。


だが笑ってはいない。


アーバインは一瞬だけ、その圧に息を詰めた。


それでも顔には出さない。


優秀だ。


皇帝は満足そうに笑った。


「では、頼んだぞ」


誰に向けた言葉なのか。


それはきっと、全員に。


オズワルドは転移門へ向かう。


フィラがその手を握り、ヴァルドがその隣に立つ。


そしてアーバインもまた、一歩後ろから続いた。


光が視界を包む。


次の瞬間――


そこは大公領だった。


澄んだ空気。


広がる森。


冷たいのに、どこか優しい風。


フィラが嬉しそうに声を上げる。


「帰ってきた!」


その言葉に、ヴァルドの胸が静かに震える。


帰ってきた。


その響きが、あまりにも温かい。


ここが。


ここが、自分の帰る場所なのだと。


まだ言葉にはできないけれど。


確かにそう思えた。


その時。


フィラがくるりと振り返る。


「アーバイン!」


突然名前を呼ばれ、アーバインはわずかに目を瞬かせた。


「今からヴァルドの誕生日会するの。一緒に行こう!」


無邪気な笑顔。


警戒も打算もない。


ただ当然のように巻き込んでくる。


アーバインは一瞬、言葉を失った。


誕生日会。


皇族なのに?


こんなにも普通に?


その隣でヴァルドは小さく眉を寄せた。


(……こんな奴、誘わなくていいのに)


相手は皇帝の手の者だ。


信用などできるはずがない。


できればフィラには近づけたくない。


だが口には出さない。


代わりに、甘えるようにフィラの腕にしがみつく。


「……フィラ」


少しだけ拗ねたような声。


「早く行こう」


その態度に、アーバインは思わず目を見開いた。


宴の場では冷たく静かだった皇子が、まるで別人だ。


フィラの前では、こんな顔をするのか。


フィラは笑って頷く。


「うん!」


だが次の瞬間。


「いい加減にしろ」


低い声とともに、オズワルドがヴァルドをひっぺがした。


「わっ」


そのまま首根っこを掴まれる。


まるで猫の子のようだった。


「フィラにくっつきすぎだ」


「……ひどい」


無表情のまま不満だけはしっかり滲ませる。


「うるさい」


オズワルドはそのままヴァルドを引きずるように歩き出す。


「行くぞ」


「父様、待ってぇ!」


フィラが楽しそうに笑いながら、その後を追いかける。


賑やかな背中。


温かな空気。


それを、アーバインはその場で静かに見つめていた。


これが、大公家。


皇帝が最も警戒し、最も欲している場所。


自分の役目は観察し、報告すること。


それだけ。


余計な感情は必要ない。


忠誠を誓うべきは皇帝。


この国の頂点に立つ者。


それが当たり前だった。


――この時までは。


大公家の門が開く。


本当の意味での新しい日々が、今始まろうとしていた。

ようやく皇都編を終えて、大公家へ戻ってきました!


やっぱりフィラたちには、あの家の空気が一番似合うなと思いながら書いていました。

ヴァルドにとっても、少しずつ「帰る場所」になってきているのが伝わっていたら嬉しいです。


そして新しく登場したアーバイン。

彼がこれからどう大公家に関わっていくのか、ヴァルドとの関係がどう変わっていくのかも楽しみにしていただけたらと思います。


次のお話も頑張って書いていきますので、よろしくお願いします!

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