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「従う者の仮面」

いつも読んでいただきありがとうございます。


物語を1話として形にする難しさを感じつつも、読んでくださる方がいるからこそ、悩みながらも楽しく書かせてもらっています。


少しでも物語を楽しんでいただけたら嬉しいです。

夜の皇城は、静まり返っていた。


だがその静けさは、安らぎではない。

何かを潜ませ、誰かを試す――そんな重さを孕んでいる。


「……ヴァルド様。陛下がお呼びです」


控えめなノックと共に告げられた言葉に、ヴァルドは目を上げた。


(来た)


予想していた。


むしろ、ここからが本番だと理解している。


「わかった」


短く答え、立ち上がる。


部屋を出る直前。


「ヴァルド」


呼び止める声。


振り返ると、フィラが立っていた。


少しだけ、不安そうな顔。


「……すぐ戻るよ」


そう言って微笑む。


フィラは一瞬迷い、それでも頷いた。


「……うん。待ってる」


その言葉が、胸に残る。


(帰る場所がある)


それだけで、足は迷わない。


――


案内された先は、玉座の間。


昼間とは違い、広い空間には皇帝ただ一人。


「来たか」


低く、愉しげな声。


ヴァルドは一定の距離で止まり、深く頭を垂れた。


「お呼びと伺い、参上いたしました」


「堅いな」


くつり、と笑う。


「もっと肩の力を抜け」


だが、その視線は鋭く、すべてを見透かすようだった。


「さて……」


皇帝はゆっくりと身を乗り出す。


「大公家はどうだ」


何気ない問い。


だが、それが“試し”であることは明白だった。


(……来ると思っていた)


脳裏に蘇るのは、出立前の会話。


――


「皇帝はお前を利用する」


オズワルドの声。


「……はい」


「だからこそ、利用されてやれ」


静かな言葉。


だが、その意味は重い。


「従うふりをしろ。ただし――」


一瞬だけ、鋭くなる視線。


「フィラを危険に晒すようなら…」


「……はい」


――


(従うふり……か)


ゆっくりと顔を上げる。


「……とても良くしていただいております」


穏やかに答える。


皇帝の目がわずかに細められる。


「ほう?」


「大公閣下も、フィラも……」


ほんのわずかに間を置く。


「優しくしてくださいます」


嘘ではない。


だからこそ、揺らがない。


「そうか」


皇帝は軽く笑った。


「居心地が良いか」


「……はい」


短く答え――


そのまま続ける。


「すべて、陛下のご配慮のおかげと存じます」


頭を垂れる。


完璧な従順。


だが。


(心までは渡さない)


静かに、内側で線を引く。


沈黙が落ちる。


皇帝はしばらくヴァルドを見つめ――


やがて、笑った。


「面白い」


低く、愉しげに。


「随分と“できるようになった”な」


試されている。


見られている。


だが、揺れない。


「お前は皇子だ」


皇帝の声が低くなる。


「本来いるべき場所はどこだ?」


核心。


帰属を問う問い。


だがヴァルドは、迷わない。


「……ここです」


即答。


「陛下の御前こそ、僕の居場所」


言葉だけを差し出す。


心は、別の場所に置いたまま。


皇帝はしばらく見つめ――


満足そうに頷いた。


「よい」


そして。


「ならば、役目を与えよう」


空気が変わる。


「大公家に戻れ」


当然のように言う。


「見て、聞いて、報告せよ」


やはり、そう来た。


だが。


(想定内だ)


「お前にしかできぬことだ。そうすれば、いずれあの娘をお前にやろう」


甘い言葉。


選ばれた者への言葉。


「……承知いたしました」


迷いなく答える。


一切の躊躇なく。


その姿に、皇帝は満足げに笑う。


「良い子だ」


その声音に、冷たいものが混じる。


だがヴァルドは、何も感じていないかのように振る舞う。


「下がれ」


「はい」


一礼し、背を向ける。


一歩、一歩、扉へ向かう。


その背に突き刺さる視線。


それでも振り返らない。


扉を抜けた瞬間――


小さく息を吐いた。


(……始まった)


これは終わりではない。


始まりだ。


(フィラ)


あの笑顔が、脳裏に浮かぶ。


(守る)


そのためなら、どんな役でも演じる。


拳を、静かに握る。


――


玉座の間。


「従順、か」


皇帝が呟く。


だがその目は、笑っていない。


「……それとも」


わずかに細められる。


「“従うふり”か」


くつり、と笑う。


すべて見抜いているわけではない。


だが、違和感は感じている。


「まあいい」


どちらでも構わない。


「駒は、使えるうちは使えばよい」


そして、もう一つ。


「フィラか……」


その名を転がす。


「ただの全属性持ちか、それとも――」


言葉を途中で切る。


まだ確信はない。


だが。


「面白い」


低い笑いが、静かな玉座の間に響いた。

お読みいただきありがとうございます。


今回はヴァルドと皇帝の対面を中心に、「従うふり」という立ち位置を描いた回になりました。


表面上は従順でありながら、その内側ではしっかりと自分の意志を持って動いているヴァルド。オズワルドとの事前のやり取りや、フィラの存在がその支えになっているのが伝わっていれば嬉しいです。


また、皇帝側も完全に油断しているわけではなく、どこか違和感を感じ取っている描写を入れることで、今後の緊張感に繋がるようにしています。


次回はフィラと皇妃の対面。静かな会話の中で、それぞれの立場や過去が少しずつ見えてくる回になります。


引き続き見守っていただけたら嬉しいです!

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