「再び踏み入れる場所」
お話を1話作るのって本当に大変ですね。
こんがらがった頭で、何度もああでもないこうでもないと考えながら、1話1話書いています。
それでもこうして読んでくださる方がいることが、とても励みになっています。
今回も楽しんでいただけたら嬉しいです!
重厚な扉の前で、フィラは一度だけ息を整えた。
たった半年前のことのはずなのに――
もう随分と遠い出来事のようにも、つい昨日のことのようにも感じる。
(……また、ここに来たんだ)
胸の奥が、少しだけ重くなる。
けれど、それ以上に。
隣に立つヴァルドの様子が、目に入った。
わずかに強張った表情。握られた拳。
(ヴァルド……)
フィラはそっと腕を絡める。
「……大丈夫だよ」
小さく、囁くように。
ヴァルドが一瞬だけ驚いたように目を向ける。
その奥にあった不安が、ほんの少しだけ和らいだ。
そのとき。
「胸を張れ」
低く、短い声。
オズワルドがヴァルドの背を軽く叩く。
ヴァルドは息を吸い込み、ゆっくりと背筋を伸ばした。
「……はい」
やがて、扉が開かれる。
玉座の間。
一斉に向けられる視線。
その先――玉座には皇帝。
そして、その隣には皇妃が座していた。
(……あの人…)
フィラはわずかに目を細める。
美しい。だが、冷たい。
アイスブルーの髪と瞳。
無表情な顔が、その印象をさらに強めている。
(皇妃は……子供がいないんだっけ)
流産してから子を授かれなくなった。
皇帝の子供はすべて側妃の子。
そんな話を思い出した、そのとき。
「よく来てくれた」
皇帝が口を開いた。
柔らかな声音。
「済まんなぁ、半年前に来てもらったばかりなのに」
労うような言葉。
だが――その目は、威圧的に細められている。
笑っていない。
値踏みするような視線が、ヴァルドへと向けられる。
フィラは無意識に、ヴァルドの腕に力を込めた。
(……大丈夫)
心の中で、繰り返す。
オズワルドが一歩前に出る。
「お招きに預かり、光栄にございます」
隙のない声。
皇帝はそれを面白そうに眺めた。
「堅いな。此度は祝いの席だぞ?」
軽い言葉。
だが、この場に漂うのは祝福ではない。
探り合いと緊張。
「さて……久しぶりだな、ヴァルド」
その名を呼ぶ声には、愉悦が滲んでいた。
「随分と、良い顔になった」
薄く歪んだ笑み。
その意味を、誰もが理解していた。
――
「部屋は用意してある」
謁見の後、皇帝がそう告げた。
「以前と同じように、オズワルドとフィラには同室を」
一瞬だけ、空気が揺れる。
「……そしてヴァルド。お前は元の部屋に戻るといい」
わずかな沈黙。
だが拒否は許されない。
「……承知しました」
ヴァルドは静かに頭を下げた。
――
管理官に案内され、かつての自室へ向かう。
扉が開いた瞬間、空気が淀んだ。
埃。
古びた家具。
手入れされていない室内。
明らかに、放置されている。
廊下では侍女たちが、くすくすと笑っていた。
「帰ってきたわよ」
「大公家からも捨てられたのでは?」
聞こえるように。
あえて、聞かせるように。
ヴァルドは何も言わない。
ただ室内を見渡す。
(……変わってない)
けれど。
(もう、関係ない)
ここはもう、自分の場所ではない。
自分には、帰る場所がある。
温かく迎えてくれる家が。
「……大公家がある」
小さく呟いた、そのとき。
「おいおい、相変わらずひどい部屋だな」
がちゃり、と扉が開く。
第3、第4、第5皇子。
かつて自分を虐げていた異母兄たち。
「大公家に行っても、ダメはダメか」
「少しはマシになったかと思ったがな」
嘲り。
見下す視線。
だが――
ヴァルドは、何も反応しない。
それが気に入らない。
一人が腕を振り上げる。
「無視してんじゃねぇぞ!」
振り下ろされる。
だが。
ヴァルドは、軽く身をずらす。
避ける。
流す。
そのまま体勢を崩させ――押す。
どん、と鈍い音。
皇子が転ぶ。
沈黙。
ヴァルドは、静かに見下ろす。
冷たい視線。
(……弱い)
かつて恐れていた存在が、今は小さく見える。
どうするか。
そう考えた、そのとき。
「ヴァルド!」
フィラの声。
振り向く。
そこには、少し息を切らしたフィラが立っていた。
転んでいる皇子たちを見て――
ほっとしたように息をつく。
「よかった……」
その一言で。
ヴァルドの表情が、変わる。
冷たさが消え、柔らかく緩む。
「フィラ」
まるで弟のように、甘える笑顔。
フィラはそのまま手を取る。
「このお部屋、使えないね。父さまもも良いって言ってたから、同じ部屋使おう」
迷いのない言葉。
ヴァルドは素直に頷く。
「うん」
二人はそのまま部屋を後にする。
残された皇子たちは、ただ呆然と立ち尽くしていた。
――
「ほう……」
報告を受けた皇帝は、静かに笑った。
「思った以上に、大公家に受け入れられているようだな」
愉しげな声。
目は鋭く細められている。
「ならば使える」
指を組む。
思考を巡らせる。
「間者として使うか……」
あるいは。
「あの娘と婚姻させ、大公家ごと取り込むか」
くつり、と笑う。
すべては駒。
すべては、手中に収めるために。
その思惑は、静かに、確実に動き始めていた。
お読みいただきありがとうございます。
今回は皇都に入り、いよいよそれぞれの思惑が動き出す回となりました。
ヴァルドにとっては過去と向き合う場でもあり、その中での変化や成長を少しでも感じていただけたら嬉しいです。
かつて恐れていた存在に対して、もう怯えるだけではない姿は、彼が大公家で過ごしてきた時間の積み重ねでもあります。
そしてフィラの存在が、ヴァルドにとってどれほど大きいものかも改めて描いています。
一方で、皇帝側の思惑も少しずつ動き始めました。
この先、三人にどんな形で関わってくるのか……。
次回はさらに皇都編が動いていきます。
引き続き見守っていただけたら嬉しいです!




