「仕組まれた生誕祭」
いつも読んでいただき、本当にありがとうございます!
なかなか決まった時間での投稿ができず申し訳ありませんが、それでもこうして読みに来てくださる皆さまに、とても感謝しています。
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。
執務室に呼ばれた時点で、どこか嫌な予感はしていた。
書類へ目を落としていたオズワルドが、やがて顔を上げる。
「皇都で、生誕祭が開かれる」
その一言に、フィラは首を傾げた。
生誕祭――華やかで、祝福に満ちた響き。
だが、続いた言葉で空気が変わる。
「……お前のためのものだ、ヴァルド」
ヴァルドの表情が固まった。
「……どうして、今さら」
低く抑えた声。
生まれてから一度も開かれたことのないものが、なぜ“今”なのか。
オズワルドは視線を外さず、淡々と告げる。
「名目は“皇子の生誕を祝うため”だが――実態は違う」
一拍置き、言葉を選ばずに続けた。
「お前を大公家に預けたという体裁のまま、こちらへ手の者を潜り込ませるつもりだった。だがそれは、これまでの間にすべて処理した」
ラースとライオの働きが脳裏をよぎる。
「うまくいかないと見るや、再び場を皇都に移した。お前を呼び出し――」
わずかに目を細める。
「お前自身を“皇帝の手駒”に仕立てるか、あるいは今度こそ確実に、手の者を紛れ込ませるか……そのどちらかだろう」
飾りのない断言だった。
ヴァルドは拳を握りしめる。
「……祝われたことなんて、一度もない」
ぽつりと零れた言葉は、静かで、重い。
フィラの胸がきゅっと痛む。
そのとき――
半年前の記憶が、ふいに蘇った。
煌びやかな舞踏会。
人々の笑顔の奥に潜む冷たさ。
皇帝の、底の見えない瞳。
父にかけられた呪い。
自分へと伸びてきた手。
(……怖い)
背筋が冷える。
あの場所に、もう一度行く。
本当は、行きたくない。
それでも――
フィラは顔を上げた。
「……行こう」
静かで、はっきりとした声。
ヴァルドが驚いたように振り向く。
「でも……」
「大丈夫」
フィラはふわりと笑った。
「一応はヴァルドのための生誕祭でしょ?」
その言葉に、ヴァルドの表情が揺れる。
フィラは続けた。
「それで帰ってきたらね、本当のお誕生日のお祝いしよう」
「……ほんとうの?」
「うん」
優しく頷く。
「誕生日ってね、“生まれてきてくれてありがとう”って言う日なの」
ゆっくりと言葉を重ねる。
「それとね、“今日まで生きてこれておめでとう”ってする日」
まっすぐにヴァルドを見つめる。
「だから、大公家でちゃんとやろうね」
その言葉は、あまりにもまっすぐで――優しかった。
ヴァルドの視界が滲む。
「……っ」
気づけば、涙がこぼれていた。
慌てて拭おうとしても、止まらない。
「……そんなの、誰も…」
かすれた声。
祝われたことも、望まれたこともなかった。
生きていていいと、言われたこともなかった。
だからこそ、その言葉は胸の奥に深く突き刺さる。
フィラは少し困ったように笑って、
「じゃあ、はじめてだね」
そう言って、そっとヴァルドの手を握った。
「みんなで一緒にやろう」
その様子を、少し離れた場所からオズワルドは見ていた。
胸の奥に、わずかな棘が刺さる。
(……このガキ)
苦々しく、ほんの一瞬だけ思う。
自分を救ったあの無垢な優しさが、今だけはヴァルドへと向けられている。
だがすぐに、息を吐いた。
(……これがフィラだから、仕方がない)
あの子は、そういう子だ。
誰かを救うために、迷いなく手を伸ばす。
その純粋さと優しさを、誇りに思う。
オズワルドは歩み寄り、ヴァルドの頭を軽く叩いた。
「たった半年、大公家にいただけで……どれほど変わったか」
低く、しかしはっきりとした声。
「お前を虐げ、馬鹿にしてきた皇帝と皇子皇女共に――見せつけてやれ」
その言葉に、ヴァルドが顔を上げる。
涙の残る瞳に、わずかな光が宿る。
「……はい」
短い返事だったが、そこには確かな意思があった。
オズワルドは踵を返す。
「出発の準備を整えろ」
低い声が響く。
その命に、屋敷が動き出す。
使用人たちが慌ただしく行き交い、護衛の数も増えていく。
普段とは違う、張り詰めた空気。
ラースたちが静かに頷き、ライオやローグへと指示を飛ばす。
「二人から目を離すな」
短い言葉に、重い意味が込められていた。
やがて準備が整い、屋敷の前に馬車が用意される。
フィラは一瞬だけ足を止めた。
ヴァルドもまた、わずかに視線を落とす。
嫌な記憶がよぎる場所。
けれど――
フィラは手を差し出す。
「行こう」
ヴァルドがその手を握り返す。
「……うん」
今は、一人じゃない。
オズワルドが先に馬車へ乗り込み、振り返る。
「来なさい」
その声に導かれるように、二人も乗り込んだ。
扉が閉まる。
馬車がゆっくりと動き出す。
窓の外、見慣れた景色が遠ざかっていく。
やがて――
遠くに、皇都の姿が見えてきた。
高くそびえる城壁。
煌びやかな塔。
美しく整えられた街並み。
誰もが憧れるはずの場所。
けれど。
それは祝福のための場所ではなかった。
試されるための場所だった。
それぞれの想いを胸に――
三人を乗せた馬車は、静かにその門へと向かっていった。
お読みいただきありがとうございます。
今回は、生誕祭へ向かうまでの準備と、それぞれの想いを描いた回になりました。
ヴァルドにとっての誕生日、フィラの言葉の意味など、今後にも繋がる大切な部分を入れています。
三人それぞれの立場や考えが少しずつ見えてきたのではないでしょうか。
次回は再び皇都、生誕祭本番へ。
華やかな舞台の裏で、それぞれの思惑が交錯していきます。
引き続き見守っていただけたら嬉しいです。




