「見えざる攻」
いつもお読みいただきありがとうございます。
今回は舞踏会の裏で起こる“見えない攻防”のお話です。
フィラの知らないところで動く思惑や、それを阻む者たちの動きに注目していただけたら嬉しいです。
表には出ないけれど、確かに存在する緊張感を感じていただければ幸いです。
それでは、第22話をお楽しみください。
舞踏会の喧騒は、さらに熱を帯びていた。
音楽と笑い声が重なり、きらびやかな灯りが会場を照らす。
だが――
その裏で、確かに“何か”が動いていた。
◆
「姫様、少しお休みになりませんか」
ツェリの言葉に、フィラは小さく頷いた。
「はい……」
王子たちの相手を続け、疲れが見え始めていた。
ライオとツェリに伴われ、広間から少し離れた回廊へと移動する。
人通りはあるが、先ほどよりも静かだ。
「ここなら落ち着けるかと」
ツェリが微笑む。
フィラはほっと息を吐いた。
(……少し、楽……)
だが、その安堵は長くは続かなかった。
――ぞわり。
背筋を這う、冷たい感覚。
「……っ」
胸元を押さえる。
(なに……これ……)
息が浅くなる。
胸の奥に、じわりと何かが入り込んでくる。
見えないのに、確かに“触れられている”。
(……こわい)
言葉にならない不安が広がる。
「姫様?」
ツェリが不安げに顔を覗き込む。
「……だいじょうぶ、です……」
そう答えながらも、身体は微かに震えていた。
◆
その様子を、離れた場所からオズワルドは見ていた。
(……来たか)
僅かに目を細める。
フィラの周囲に生じた、微かな歪み。
常人には決して捉えられぬ異質な気配。
(分身……皇帝のものだな)
本体ではない。
だが、それでも十分に危険。
(呪いを……かけるつもりか)
胸の奥で、怒りが静かに燃え上がる。
だが、動かない。
ここで動けば――悟られる。
(……任せるぞ)
ほんの僅かに、視線を横へ流す。
◆
その瞬間。
フィラの背後――
誰にも認識されぬ位置に、“影”が形を取った。
人の形をしていながら、輪郭が揺らぐ不安定な存在。
「……大公の娘」
低く歪んだ声。
「その力……やはり特別だな」
影が手を伸ばす。
黒い靄が、フィラへと触れようとする。
◆
――だが。
「ほう……」
別の声が、割り込んだ。
影の動きが止まる。
「……何者だ」
ゆらりと揺らぎながら問いかける。
◆
その背後。
いつの間にか、そこに“いた”。
「全く……」
くつくつと笑う声。
「隠居した老人を、こき使いおって」
現れたのは、ローグだった。
白い顎髭を撫でながら、気だるげに立っている。
だがその目は、鋭く影を射抜いていた。
◆
「……貴様」
影が揺らぐ。
警戒。
明らかな動揺。
◆
「やれやれ」
肩をすくめるローグ。
「可愛い弟子に手を出そうとはのう」
ちらりと視線を向ける。
少し離れた場所で、ライオとツェリに支えられているフィラ。
まだ異変の正体も知らず、不安げにしている。
(……無事か)
ほんの僅か、表情が緩む。
(まあ、良い)
(あの程度で壊れるような子ではないがの)
◆
「さて……」
再び影へと向き直る。
その瞬間、空気が変わった。
「皇帝の分身風情が……」
静かに告げる。
「調子に乗るでない」
◆
影が揺らぐ。
次の瞬間、黒い靄がローグへと襲いかかる。
◆
「――遅いわ」
パチン、と指を鳴らす。
◆
それだけだった。
◆
影は、抵抗する間もなく――
“消えた”。
◆
音もなく。
痕跡も残さず。
存在そのものが、抹消された。
◆
「……ふん」
ローグは鼻を鳴らす。
「分身とはいえ、つまらんのう」
◆
そのまま、ゆっくりと顔を上げる。
視線の先――
オズワルド。
◆
言葉は交わさない。
だが、十分だった。
ローグは静かに一礼する。
◆
(助かった)
オズワルドも、わずかに顎を引く。
◆
「さて……」
ローグはくるりと背を向ける。
「これで一仕事終わりじゃな」
小さく呟く。
「……閣下には、あとで文句を言わんとな」
◆
そのまま、ふっと姿を消す。
まるで最初からそこにいなかったかのように。
◆
同時に。
フィラの身体から、すっと重みが抜けた。
「……あれ……?」
息が、楽になる。
先ほどまでの違和感が嘘のように消えていた。
「姫様?」
「……だいじょうぶです……もう……」
不思議そうに首を傾げる。
何が起きたのか知らぬまま。
◆
その様子を確認し。
オズワルドは、ほんの一瞬だけ視線を向ける。
◆
それだけで十分だった。
◆
ライオの表情が引き締まる。
ツェリも即座に察する。
「姫様、お部屋へ戻りましょう」
「え……?」
「お疲れでしょうから」
自然な声音。
だが、明確な命令。
「……はい」
フィラは頷く。
守られるように、二人に連れられてその場を離れていく。
◆
その背を見送った後。
オズワルドはゆっくりと顔を上げた。
視線の先――玉座。
◆
皇帝が座っている。
変わらぬ笑顔。
だがその額には、うっすらと滲む脂汗。
(……分身が消されたか)
当然だ。
繋がりはある。
消された感覚は、本体へと伝わる。
◆
オズワルドは、わずかに唇を歪めた。
◆
(次は……どう出る)
◆
華やかな舞踏会の裏で。
誰にも知られぬまま――
静かに、戦いは始まっていた。
第22話をお読みいただきありがとうございました。
今回はフィラの知らぬところで、オズワルドやローグが動く回となりました。
直接言葉を交わさずとも通じる信頼関係や、それぞれが果たす役割を感じていただけていたら嬉しいです。
そしてついに、皇帝も本格的に動き出しました。
まだ表立ってはいませんが、静かに、確実に状況は緊迫していきます。
次回も引き続き舞踏会編となりますので、ぜひ見守っていただけたら嬉しいです。




