「華やかな檻」
いつも読んでいただきありがとうございます。
いよいよ舞台は魔族の皇宮へ。
華やかな舞踏会の裏で、それぞれの思惑が静かに動き出します。
父と娘としての距離を保てない中で、それでも互いを想う二人の姿にも注目していただけたら嬉しいです。
それでは、第21話をお楽しみください。
◆第21話◆
「オズワルド大公閣下、そのご息女フィラ様。ご入場!」
門番の張り上げた声が、皇宮の大広間に高らかに響き渡った。
重厚な扉がゆっくりと開かれる。
その先に広がっていたのは――眩い光と、絢爛たる世界。
天井からは無数の魔導灯が吊るされ、まるで星空のように輝き、磨き上げられた大理石の床にはその光が映り込んでいた。色とりどりのドレス、礼装に身を包んだ貴族たち。笑い声、囁き声、香水の甘い香り。
だが――
そのすべてが、一瞬で静まり返る。
視線が、集まる。
ただ一人の男と、その隣に立つ小さな少女へ。
黒き外套を纏い、堂々と歩み出すオズワルド。
その後ろにはラースとラルフ。
そして一歩遅れて歩くフィラの背後には、ライオとツェリが控える。
フィラはほんの少しだけ胸を高鳴らせながらも、教えられた通りに背筋を伸ばした。
(……すごい……)
視線の重さに、足が震えそうになる。
それでも止まらない。
前を歩く父の背があるから。
(大丈夫……)
そう言い聞かせ、一歩ずつ進む。
やがて二人は、広間の最奥――玉座の前へと辿り着いた。
魔族の頂点に立つ存在。
皇帝。
その視線が、ゆっくりとフィラへと落ちる。
(……この人が)
父を苦しめてきた男。
胸の奥がきゅっと締めつけられる。
だがフィラは顔を上げ、静かに礼を取った。
オズワルドが片膝をつく。
「お招きにあずかり、光栄に存じます」
フィラもそれに倣う。
「……フィラと申します。本日はお招きいただき、ありがとうございます」
幼いながらも、よく通る声。
皇帝の口元がわずかに歪む。
「ほう……」
その目は明らかに、値踏みをしていた。
「その歳で魔法を扱うと聞くが?」
空気がぴんと張り詰める。
フィラは一瞬だけ息を呑み――すぐに首を傾げた。
「……まだ、よくわかりません」
困ったように微笑む。
「父さまやローグ様に教えていただいている途中で……」
子供らしい、不確かな答え。
「では、先の戦の力は?」
さらに踏み込まれる。
(……こわい)
けれど。
(大丈夫)
フィラは小さく俯いた。
「……わかりません」
「父さまがご無事でいてほしくて……気がついたら……」
震えるような声。
だがそれは、計算された“幼さ”。
しばしの沈黙の後、皇帝は頷いた。
「なるほど。父思いの娘だ」
その瞬間――
「……恐れ多いことです」
オズワルドが静かに口を挟む。
「この娘は未熟。使い物になるかどうかもわかりません」
突き放すような言葉。
胸が、ちくりと痛む。
(……父さま)
わかっている。
これが、自分を守るための言葉だということも。
それでも――少しだけ、寂しい。
◆
「――そうだな」
皇帝が、ふと思いついたように呟いた。
「いずれ、この娘も嫁ぐ身であろう?」
ざわり、と空気が揺れる。
「我が皇子たちも、まだ未婚の者が多い。将来的に縁を結ぶというのも、一興ではないか」
一瞬の静寂。
フィラには、その言葉の重さがすべては理解できない。
けれど――ただならぬ話であることだけはわかる。
思わず父を見る。
オズワルドは、微動だにしていなかった。
だが。
(……怒ってる)
はっきりと感じ取れた。
静かに、しかし確かに燃える怒り。
「……恐れながら」
低く、抑えた声。
「この娘は確かに私の娘ではありますが――半分は愚かな人間です」
空気が凍りつく。
「皇室の血を人間で汚すおつもりか?」
あまりにも大胆な拒絶。
だがそれは“理”に基づいた言葉。
皇帝はしばしオズワルドを見つめ――ふっと笑った。
「相変わらずだな……だが、興味深い娘だ」
その視線が、フィラに絡みつく。
◆
やがて舞踏会が開始された。
音楽が鳴り響き、再び人々が動き出す。
オズワルドとフィラは玉座の前を離れた。
その途中――
ほんの一瞬。
誰にも見えぬように、オズワルドの手がフィラの背を撫でる。
優しく、確かに。
それだけで、胸の奥が温かくなる。
(……だいじょうぶ)
でも――
(まだ、ここは敵地)
フィラは小さく息を整えた。
◆
案の定。
舞踏会が始まるとすぐに、王子たちが寄ってきた。
第四王子、第五王子、第六王子。
整った顔立ち、洗練された所作。
だがその瞳の奥にあるものを、フィラは見逃さない。
(……侮蔑)
「見事な受け答えでしたね」
「幼いながらも聡明でいらっしゃる」
褒めながら、値踏みする視線。
(命令されているから……)
そして。
(半分、人間だから)
それでもフィラは笑顔を崩さない。
「ありがとうございます。まだ未熟で……」
子供らしく、柔らかく返す。
だが王子の一人が距離を詰めた、その時。
「姫様、お疲れではございませんか」
ライオが一歩前に出る。
静かな圧。
「長旅の後でございます」
ツェリも自然にフィラの手を取る。
「こちらへどうぞ」
守るように、導く。
「失礼いたします」
フィラは丁寧に礼をしてその場を離れた。
◆
少し離れた場所で、小さく息を吐く。
胸の奥に残る、微かな痛み。
(……わかってた)
それでも。
やっぱり少しだけ、悲しい。
「……でも、大丈夫です」
小さく微笑む。
「父さまが守ってくださいますから」
◆
一方――
オズワルドは離れた場所から、その様子を見つめていた。
(……鬱陶しい)
群がる視線。
値踏みする目。
本来ならば、すべて排除してやりたい。
だが、それはできない。
ここは敵地。
「――愛らしい娘だな」
背後から声。
「まさかお前が人間との間に子を作っていたとは」
「……愛することはできずとも、私も男です」
淡々と返す。
「欲は発散させねばなりません」
空気が冷える。
「捕えた女を慰み者にし、森へ捨てました」
感情のない言葉。
「私は人を愛せません」
――お前のせいで。
棘を含ませる。
「後継者としては幸でした」
そして。
「あの娘は英雄の後継者のみが受け継ぐ力を覚醒させましたので」
皇帝の目が光る。
「ますます手放し難いな」
その言葉に、静かに燃える殺意。
(……渡すものか)
◆
華やかな音楽。
笑い声。
輝く光。
その裏で――
フィラは耐え、オズワルドは守り、
皇帝は静かに牙を研ぐ。
◆
舞踏会は、まだ始まったばかりだった。
第21話をお読みいただきありがとうございました。
今回は、華やかな舞踏会の裏で、フィラとオズワルドがそれぞれ“仮面”を被りながら互いを守ろうとする姿を書きました。
本当は抱きしめたいのに距離を取り、優しい言葉をかけたいのに冷たく振る舞う――そんな不器用で必死な親子の在り方を感じていただけていたら嬉しいです。
守るためにつく嘘や演技が、二人にとってどれほど苦しいものなのか。
それでもなお、相手を想って選び続ける強さを、この先も描いていけたらと思っています。
次回も引き続き、皇宮での緊張感ある展開が続きます。
どうぞ見守っていただけたら嬉しいです。




