「父様と呼ぶ日」
いつも読んでくださりありがとうございます。
何人もの方に読んでいただけていることが、とても励みになっています。
さて、第11話です。
今回もお楽しみいただけたら嬉しいです。
重い沈黙が、執務室を満たしていた。
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「……しかし」
その空気を破ったのは、ラースだった。
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「フィラ様が聖女であるならば――」
ゆっくりと、言葉を選ぶ。
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「捨てられていた理由が、分かりませんな」
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「……」
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「聖女は、人間にも魔族にも重要な存在」
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「権力を求める者にとっては、なおさらです」
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「……」
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「それを、よりにもよってルシャの森に捨てるなど……」
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一度、目を伏せる。
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「死なせるつもりであったとしか思えません」
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「それよなぁ……」
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ローグが、白い顎髭を撫でながら呟く。
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「普通なら、囲って利用するじゃろうに」
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「……フィラ様が“聖女であっては困る者”がいたのではありませんか」
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ラルフの言葉に、空気が張り詰める。
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(……こわい……)
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フィラは、オズワルドの腕の中で小さく震えた。
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記憶は、ほとんどない。
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誰に捨てられたのかも。
なぜなのかも。
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ただ――
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言いようのない恐怖だけが、胸の奥に広がる。
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「……」
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その小さな身体を。
オズワルドは、そっと抱き寄せた。
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大きな手が、背中を撫でる。
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何も言わない。
だが、その温もりが――
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(……だいじょうぶ……)
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そう、語りかけてくるようだった。
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「……閣下」
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ライオが、静かに口を開く。
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「どうなさるおつもりですか」
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真っ直ぐに、主を見つめる。
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「……」
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誰も、口を開かない。
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聖女。
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それは――
力であり。
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同時に、災いでもある。
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手にすれば、絶大な力を得る。
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だが同時に。
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それを狙う者たちから、執拗に狙われることになる。
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(……すてられる……?)
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フィラは、ぎゅっと目を閉じた。
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オズワルドの服に縋りつく。
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(……ここも……?)
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(……また……?)
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その時――
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「……俺の娘にする」
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ぽつりと。
静かに、だがはっきりとした声が響いた。
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「……え……」
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フィラが、顔を上げる。
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紅い瞳が、優しく細められていた。
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「幸い、同じ銀髪だ」
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淡々と続ける。
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「俺が人間の女に産ませていた娘だと言えば、信じる者も多いだろう」
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その指が、そっとフィラの頬に触れる。
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いつの間にか溢れていた涙を、優しく掬う。
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「……」
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フィラの視界が滲む。
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「……よいのか?」
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ローグが、どこか楽しげに問いかける。
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「ただでさえ、あの男に狙われておるのだぞ」
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「ああ」
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短く、答える。
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「俺の娘だろうが、聖女だろうが――」
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わずかに目を細める。
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「どうせ狙われる」
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静かな断言。
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「……ならば」
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「俺の娘として、そばに置く」
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「俺が守れば、それでいい」
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その言葉に。
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誰も、何も言えなかった。
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フィラはただ――
信じられないものを見るように、オズワルドの顔を見上げた。
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その紅い瞳は。
とても優しく、細められていた。
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「……俺の娘になるのは、嫌か?」
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静かな問い。
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「……っ」
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フィラは、ぶんぶんと首を振る。
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「や、じゃない……!」
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けれど――
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「……でも……めいわく……」
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声が震える。
涙が溢れる。
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そんなフィラを見て。
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オズワルドは、今までで一番優しく微笑んだ。
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そっと、頬に触れる。
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流れる涙を、指で拭ってやる。
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「……迷惑じゃない」
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低く、穏やかな声。
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「俺が望んでいるんだ」
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一度、言葉を区切る。
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「……お前に」
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「フィラに――娘になってほしい」
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「……っ」
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息を呑む。
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「……嫌じゃなければ」
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「呼べ」
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「……“父様”と」
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フィラの瞳から、涙が溢れ続ける。
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「……と……さま……?」
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オズワルドが、静かに頷く。
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「……とうさま……!」
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その瞬間。
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フィラは、強く抱きついた。
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「……っ……とうさま……!」
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声を上げて、泣き続ける。
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「ああ……」
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オズワルドは、その小さな身体をしっかりと抱きしめた。
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「それでいい」
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「お前は、俺の娘だ」
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「俺は、お前の父だ」
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その言葉は。
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揺るがない、確かなものだった。
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ラースも、ラルフも、ローグも。
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ツェリも――
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誰もが、静かにその光景を見守っていた。
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そして。
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ライオが、一歩前に出る。
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フィラの前で膝をつき。
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深く、頭を下げた。
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「……今までの非礼」
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「お詫び申し上げます」
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「……フィラ姫」
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その呼び名に、フィラが目を見開く。
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「本日より――」
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「大公家の姫として、お仕えいたします」
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「……っ」
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フィラは、涙でいっぱいの瞳を向ける。
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「……ライオさんは……」
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小さく、首を振る。
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「……わるくない……です」
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「……かぞくを……にんげんに……」
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声が、震える。
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「……うばわれたら……」
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「……にくいの……あたりまえ……です……」
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一度、息を吸う。
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「……だから……」
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「……ありがとうございます……」
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その言葉に。
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ライオは、目を見開いた。
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やがて――
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ゆっくりと、頭を垂れる。
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「……恐れ入りました」
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その声音には、もはや敵意はなかった。
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ただ――
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敬意だけが、あった。
第11話をお読みいただきありがとうございます。
ついにフィラにとって大きな転機となる出来事が描けました。
ここまで読んでくださった皆さまのおかげで、このシーンを書き切ることができたと思っています。
これからは新しい関係の中で、さらに物語が動いていきます。
引き続き見守っていただけたら嬉しいです。




