第32話 倒さなければならない相手
書斎。
本が、積まれている。
開かれた頁。
文字が、並ぶ。
ミヅキは、視線を落とす。
指が、止まる。
――大神官。
言葉が、よぎる。
「……我が一族が」
一拍。
「千年かけた魔力だ」
記憶が、繋がる。
月の王国。
その時代から。
この地に移っても、
魔力は、集められていた。
絶えず。
途切れず。
頁を、めくる。
この国の成り立ち。
王家だけではない。
もう一つの流れ。
大神官の一族。
表には出ない。
だが――
千年、続いている。
静かに、息を吐く。
アンタレス。
堕英雄。
そして――レグルス。
偶然ではない。
辿り着いていた。
あるいは――最初から。
ミヅキは、本を閉じる。
音が、静かに響く。
「……王家の中で」
言葉が、落ちる。
私たちが、
残してこなかったもの。
あの一族は、
それを、積み上げてきた。
残されているはずだ。
あの一族の中に。
立ち上がる。
迷いは、ない。
「……あの一族を、当たる」
――ノックの音。
「……はい」
扉が、開く。
聖職者が、入る。
「現在、不在となっている大神官の後任を選定します」
一拍。
「神議の間に、お集まりください」
「……わかりました」
聖職者は、頭を下げる。
そのまま、出ていく。
扉が、閉まる。
ミヅキは、静かに息を吐く。
そのまま、歩き出す。
書斎を出る。
廊下。
足音が、続く。
――大神官の後任。
自然な流れ。
だが――
違う。
わずかに、視線が落ちる。
この国は、
いつから、こうなった。
国王は、
彼らの言葉を、拒まない。
決定は、常にあちら側にある。
私たちは――
形だけだ。
歩みは、止まらない。
石の床。
音が、響く。
――千年。
魔力を、集めていた。
あの一族。
わずかに、目を細める。
やはり――
その頃から。
草原。
陽が、傾いている。
風が、草を揺らす。
影が、走る。
低く、速い。
魔獣。
レグルスは、動かない。
剣を抜く。
魔力を、流す。
刃が、わずかに光を帯びる。
一歩。
踏み込む。
振る。
横に。
一閃。
空気が、裂ける。
次の瞬間。
魔獣は、崩れている。
倒れる音だけが、遅れて響く。
静かになる。
草が、揺れる。
リオラが、近づく。
「……魔獣も、なんか増えてきてるね」
「……ああ」
レグルスは、剣を収める。
――やはり、エクリシウスの影響か。
わずかに、視線を上げる。
遠く。
地面が、途切れている。
石が、並ぶ。
崩れた区画。
壁の名残だけが、残っている。
かつての、人の場所。
「……集落の跡か」
リオラが、目を細める。
「暗くなってきてるし」
「今日は、あそこで野宿しましょうか」
レグルスは、頷く。
草を分ける。
二人は、歩く。
光が、落ちていく。
空が、沈む。
やがて、火が灯る。
小さな焚き火。
揺れる光。
二人の影が、伸びる。
リオラは、腰を下ろす。
息をつく。
「やっぱり、馬ってありがたいわね」
「歩きだと、なかなか着かないわ」
火を、見つめる。
少しだけ、間。
「ねえ……」
一拍。
「神……エクリシウスって、いったい何なの?」
火が、揺れる。
「聖職者たち、再臨って言ってたけど……」
レグルスは、視線を落とす。
「……俺にも、わからない」
一拍。
「ただ――」
火の奥。
暗がりを見る。
「倒さなければならない相手だ」




