第24話 聖地へ
朝。
軽いノック。
返事を待たずに、扉が開く。
リオラだった。
「おはよー」
いつもの調子で、そのまま部屋に入る。
一拍。
「あ、忘れてた」
思い出したように言う。
「あなたも、こっちに着替えて」
手にしていた布を、軽く差し出す。
白い衣。
簡素なつくり。
装飾はない。
「お祈りの日だからさ」
軽く笑う。
「さすがにそのままは、浮くでしょ」
レグルスは何も言わない。
ただ、それを受け取る。
白い衣。
だが――
ふと、過る。
セレナリスの賢者たち。
似ている。
あの時の、装いに。
一瞬だけ、視線が止まる。
自分が、これを着るとは。
何も言わないまま、レグルスは衣を広げた。
「おっ」
「いいねー」
軽く笑う。
「ちゃんとしてるじゃん」
「さ、行こ」
部屋を出る。
廊下。
朝の光が、わずかに差し込んでいる。
並んで歩く。
足音だけが、静かに続く。
「朝一番はね」
リオラが言う。
「王族とか、聖職者が先に祈るの」
軽く振り向く。
「ミヅキも、来ると思うよ」
一拍。
「それが終わったら、一般にも開放されるからさ」
「王都の人たちも、お参りに来るの」
そのまま前を向く。
「結構、人多いよ」
歩きながら言う。
外へ出る。
回廊。
空気が変わる。
聖地へと続く道。
石の道を進む。
横目に、建物が見える。
展示の区画。
だが、足は止めない。
そのまま通り過ぎる。
外階段。
上へ。
一定の歩幅で、登っていく。
やがて――
塔の中へ入る。
中央塔。
かつて、足を踏み入れた場所。
内部は、静かに開けている。
レグルスの足が、わずかに止まる。
「……ここか」
記憶が、重なる。
広い空間。
空気が、荒れている。
床には、崩れた痕跡。
浅い呼吸。
影が走る。
小さな魔獣。
だが――
もう、数は減っている。
奥。
残っているのは、一体。
ーーフェンリル。
低く、唸る。
間合いが、近い。
影が、足元をかすめる。
小型の魔獣。
一体。
刃のように、走る。
皇子の足元を、払う。
体勢が、崩れる。
「――しまった」
次の瞬間。
来る。
重い。
空気ごと、
押し潰すように。
皇子が、
目を開ける。
前に――
人影。
団長。
フェンリルの顎が、
左肩から腹へ、深く食い込んでいる。
逃げ場はない。
骨が、軋む。
だが――
団長の腕が動く。
右手の剣。
一閃。
巨体が、弾かれる。
離れる。
その瞬間。
レグルスが踏み込む。
迷いはない。
剣が走る。
フェンリルが、崩れる。
静寂。
「……団長」
皇子の声。
「すまない……」
団長は、
わずかに視線を上げる。
「私は……」
一拍。
「アウレリアの剣です」
息が浅い。
「……殿下」
一拍。
「ご無事で……よかった」
言葉が、
途切れる。
身体が、
崩れる。
皇子が支える。
涙が、頬を伝う。
団長の顔に、落ちる。
レグルスは、見ている。
「……団長」
一拍。
「行くぞ」
短く言う。
皇子は、目を閉じる。
一瞬。
そして――
「ああ」
前を向く。
「ちょっと」
リオラが声をかける。
「ぼーっとして、どうしたの?」
「……いや」
短く答える。
多くは語らない。
背後から、
「おはようございます」
ミヅキだった。
白い衣。
リオラが振り向く。
「おっ、おはよう」
「ナイスタイミング」
少し笑う。
「やっぱりちょっと緊張しちゃうのよね」
「慣れてないところは」
一拍。
「ミヅキがいると安心安心」
ミヅキは、軽く頷く。
「行きましょう」
階段を上る。
途切れない。
そのまま、上へと続く。
やがて――
空間が開ける。
――英雄たちの間。
奥。
像があった。
神を模したもの。
その手前に、祭壇。
白い衣の者が立っている。
大神官だった。
人々は、その場に並び、頭を垂れている。
祈りは、像へ――
だが、
視線は、その前に立つ者へと向いていた。
――その脇。
三つ。
像が並んでいる。
人の形。
剣を携えた者。
杖を持つ者。
胸に、
太陽の紋を刻まれた者。
風化している。
だが――
わかる。
三英雄。
レグルスの視線が、ゆっくりと下りる。
床。
石の色が、わずかに違う。
擦れている。
削れている。
――そして、壁。
ひびが残っている。
一点ではない。
広がっている。
叩きつけた跡。
衝撃が走った痕。
視線が、そこに止まる。
足が、
止まる。
息が、
わずかに止まる。




