第19話 残された記録、残らない記憶
ミヅキの案内で、
三人は廊下を進んでいた。
先を歩くミヅキ。
その後ろに、
レグルス。
少し遅れて、
リオラがついてくる。
外へと続く回廊。
石の床。
開けた空。
遠くに、
もう一つの建物が見える。
「あれが図書館です」
ミヅキが言う。
「この一帯は、
聖地として扱われています」
視線を向ける。
「その一部が、
図書館として使われているんです」
レグルスの足が、
わずかに止まる。
石の床。
続く通路。
同じ構造。
同じ距離感。
――ここは。
かすかな違和感。
重なる景色。
記憶が、
引き寄せられる。
石の通路。
暗い。
揺れる光。
「先生!」
レグルスの声。
下から――
何かが迫る。
魔獣。
数が、多い。
先生が、
一歩前に出る。
手にした杖を、
軽く前に出す。
細い杖。
飾り気はない。
だが――
先端が、
わずかに光る。
手をかざす。
結界。
空間が歪む。
押し止める。
「ここは、私が引き受ける」
振り返らない。
「お前たちは行け」
一拍。
「魔王を倒すんだ」
先生の声。
レグルスは動かない。
「行くぞ!」
皇子の声。
短く。
強い。
一瞬。
先生と視線が合う。
言葉はない。
だが――
十分だった。
レグルスは、
前を向く。
そして走り出した。
足音が、
石に戻る。
廊下。
朝の光。
レグルスは、
何も言わなかった。
ただ、
前へと進んでいた。
図書館に入る。
空気が変わる。
静かだ。
棚が並ぶ。
本の匂いが、
わずかに漂っている。
「……久しぶりに入った」
リオラが、
小さく言う。
「やっぱり、
ちょっと緊張するのよね」
肩をすくめる。
声は控えめだ。
だが――
いつもの調子は、
変わらない。
「こっちは、
貸し出し用の書物です」
ミヅキが言う。
本棚の間を進む。
足音だけが、
わずかに響く。
奥へ。
さらに奥へ。
やがて――
一つの部屋に入る。
「この部屋に、
古い記録が収蔵されています」
ミヅキが一冊、
本を取り出す。
丁寧に扱う。
「アンタレスの封印について」
一拍。
「背景が書かれていると
解釈されているものです」
レグルスが、
視線を向ける。
「……見てもいいか」
「構いませんが」
そのまま差し出す。
「読めないと思いますよ」
レグルスは、
受け取る。
ページを開く。
文字。
整っている。
――読める。
目が動く。
「……危険な存在」
短い一文。
「次代の魔王となる可能性」
ページが進む。
「王家の血を引く者」
「大賢者を守らなかった」
一拍。
「重罪」
レグルスの指が、
止まる。
それ以上は、
読まなかった。
静かに、
本を閉じる。
「こちらは……」
少し古い書物。
「大賢者に関係する資料ではないかと、
言われています」
指でなぞる。
「ただ」
「ほとんど解読されていません」
一拍。
「文字の崩れが激しくて」
「記録として扱うには、
難しいんです」
崩れた文字。
だが――
レグルスには読めた。
乱れた筆跡。
走り書き。
「……くだらない会議が続いている」
短い一文。
「この国は、どうしようもない」
途切れた文字。
「賢者の長は、
私を快く思っていない」
「いずれ、
追い出すつもりだろう」
ページをめくる。
さらに崩れた文字。
だが――
読める。
「異端者と噂される青年」
「レグルスという名」
指が止まる。
「今まで感じたことのない魔力」
「だが――」
わずかに、
息が止まる。
「誰よりも、あたたかい」
そこで、
読むのをやめた。
「……読めるんですか」
ミヅキが言う。
レグルスは、
少しだけ視線を落とした。
「細かいところまでは、わからないが」
「で?」
リオラが言う。
「なにが書いてあったの?」
レグルスは言葉を選ぶ。
「大賢者の、
どうでもいいことが書いてある」
ページを閉じる。
それ以上は、
何も言わなかった。
ミヅキの目が、
わずかに細くなる。
だが――
それ以上は、
何も言わなかった。
ページは、
もう開かれなかった。




