第125話 陽は再び
エクリシウスの身体が揺らぐ。
全身を覆う黒い影。
人の形を保ってはいる。
だが。
先ほどまでとは明らかに違っていた。
「集めた魔力が……」
苛立った声。
揺らぐ影を見下ろす。
そして。
小さく笑った。
「だが、構わん」
静かな声。
「世界はまだ残っている」
その瞳が細まる。
「また集めればいい」
その時だった。
エクリシウスは、
背後に気配を感じた。
ゆっくりと振り返る。
そこには。
レグルスが立っていた。
胸を貫かれたまま。
血を流しながら。
それでも。
立っていた。
エクリシウスの瞳が細まる。
「レグルス……」
静かな声。
「もう終わりなんだよ」
次の瞬間。
エクリシウスの腕が変形する。
黒い影が収束し。
再び鋭い槍を形作った。
迷いはない。
ゆっくりと。
レグルスの前まで歩み寄る。
レグルスは動かない。
立ってはいる。
だが。
その瞳は虚ろだった。
まるで。
意識だけが途切れているかのように。
「死ね!!」
轟音。
黒い槍が突き出される。
再び。
レグルスの胸を貫いた。
鮮血が舞う。
エクリシウスは、
槍を突き刺したまま笑みを浮かべる。
「これで私は」
わずかな間。
「千年の呪縛から」
影が揺らぐ。
「逃れることができる」
そう呟くと。
空いている手を、
レグルスへかざした。
わずかに残っていた魔力。
それが細い糸のように。
ゆっくりとエクリシウスへ吸い上げられていく。
その瞬間だった。
レグルスの瞳が見開かれた。
エクリシウスの表情が凍りつく。
「まだ……」
信じられないものを見るように。
レグルスを見つめる。
「生きているのか……」
レグルスは、
消え入りそうな声で口を開いた。
「俺と……」
掠れた声。
「お前は……似ている」
エクリシウスの眉が僅かに動く。
レグルスは続けた。
「ミヅキは……」
苦しげに息を吐く。
「そう言っていた」
わずかな沈黙。
「今なら……」
小さく笑う。
「分かる」
エクリシウスは戸惑いを隠せない。
「お前は何を言っている」
静かな怒り。
「お前は……」
レグルスを睨みつける。
「いったい何なんだ」
レグルスは何も答えない。
ただ。
折れた剣を握る。
わずかに残る魔力を流し込む。
淡い銀色の光。
そして。
その切っ先を。
自らの胸へ突き立てた。
鮮血が溢れる。
エクリシウスの瞳が揺れた。
「自ら……」
信じられないものを見るように。
「目的は何だ……」
レグルスは、
静かに顔を上げる。
「このまま……」
掠れた声。
「俺を呑み込め」
その言葉と同時に。
レグルスの身体が光へ変わり始める。
淡い銀色の粒子。
全身が崩れ。
光となって溶けていく。
そして。
その全てが。
エクリシウスの影へ流れ込んでいった。
エクリシウスは後ずさる。
「何なんだ……」
動揺を隠せない。
一瞬の静寂。
その直後だった。
エクリシウスの身体が大きく揺らぐ。
「これは……」
影が軋む。
「身体が……」
苦悶の声。
「熱い……!」
全身を押さえる。
呼吸が乱れる。
悲鳴が響く。
「熱い……!」
「身体が……!」
「やめろ……!」
「苦しい……!」
その時だった。
エクリシウスの瞳が大きく見開かれる。
「思い出したぞ……」
震える声。
「アウレリアの……」
わずかな沈黙。
「あの赤子……」
レグルスを見つめる。
「レグルスだったのか……!」
影がさらに揺らぐ。
「駄目だ……」
苦悶の声。
「吐き出せない……!」
全身を覆う影が崩れ始める。
人の形を保てない。
「こんなところで……」
影が砕ける。
「終わってたまるか!!」
叫びが響く。
だが。
その言葉とは裏腹に。
光と影は混ざり合い。
境界を失っていく。
「この悪魔め……!」
最後の抵抗。
「やめろ……」
声が掠れる。
「いや……だ……」
その声も次第に途切れていく。
混ざり合った光と影は。
やがて。
一つの光球となり。
少しずつ硬化を始めていた。
リオラとミヅキは。
ようやく城の外へ飛び出した。
荒れ果てた聖地。
崩れた城跡。
二人は荒い息を整える。
その時だった。
リオラが空を見上げる。
「ミヅキ!」
驚いた声。
「あれ!!」
指差す先。
一つの巨大な光球が浮かんでいた。
淡い銀色の光。
その奥では。
黒い影が激しく蠢いている。
ミヅキは目を細めた。
――あれは……。
その魔力を感じ取る。
銀色の光。
黒い影。
混ざり合う二つの魔力。
――レグルスと……。
――エクリシウス……。
その時だった。
空が静かに明るくなる。
二人は同時に空を見上げた。
太陽を覆っていた黒い影が。
少しずつ晴れていく。
久しく失われていた陽の光が。
再び。
静かに世界へ降り注ぎ始めていた。




