第119話 決戦の時
朝。
太陽はなお、
黒い影に覆われていた。
本来ならば陽光が世界を照らす時間。
だが。
辺りは薄暗い。
不気味な静寂が世界を包んでいる。
レグルス。
リオラ。
ミヅキ。
三人はドラゴンの前に立っていた。
出発の時だった。
その時。
「何もなく出発されるとは」
少し離れた場所から声が響く。
「水くさいですよ」
三人が振り返る。
そこには。
メルクリウスが立っていた。
リオラは苦笑する。
「まあまあ」
肩を竦めた。
「湿っぽいのは苦手なのよ」
メルクリウスは小さく笑う。
だが。
すぐに真剣な表情へ戻った。
「私はここを守ります」
静かな声。
そして。
三人を見渡す。
「必ずご無事で」
わずかな沈黙。
「必ず戻ってきてください」
三人は静かに頷いた。
やがて。
自然と握手を交わす。
その瞬間だった。
わずかな魔力が伝わる。
レグルスの目が細まった。
――団長か……。
メルクリウスの中に残る、
懐かしい光。
言葉はない。
だが。
その意志だけは確かに伝わってきた。
レグルスは何も言わない。
ただ静かに頷いた。
三人はドラゴンへ乗り込む。
大きな翼が広がる。
リオラは振り返った。
「メルク!」
大きく手を振る。
「ここのことは頼んだわよ!」
そして。
笑みを浮かべる。
「私たちも必ず戻ってくるから!」
メルクリウスは、
その言葉に力強く頷いた。
次の瞬間。
ドラゴンが大きく羽ばたく。
風が巻き起こる。
巨体はゆっくりと空へ舞い上がった。
遺跡が遠ざかる。
月の王国が小さくなっていく。
三人を乗せたドラゴンは。
決戦の地へ向かって飛び立った。
ドラゴンは空を飛んでいた。
灰色の空。
黒い影に覆われた世界。
大地は薄暗い。
不気味な静寂が広がっている。
三人は、
黙ったまま前方を見つめていた。
やがて。
遠くに黒い柱が見え始める。
天を貫く巨大な影。
かつて。
エクリシア王国が存在した場所。
人々が聖地と呼んでいた場所だった。
リオラは息を呑む。
「近づけるのかしら……」
小さな声。
黒い柱は、
以前よりもさらに巨大になっていた。
世界そのものを侵食しているかのようだった。
レグルスは、
鋭い目でその影を見つめる。
――エクリシウス……。
その瞳に、
わずかな殺気が宿る。
ミヅキもまた、
思考を巡らせていた。
――とにかく、
魔光石の場所を目指す……。
――それが最後の鍵になる。
ドラゴンは、
さらに高度を下げる。
黒い柱へ近づいていく。
レグルスの瞳が細まった。
――誘い込んでいる……。
強い魔力を感じる。
まるで。
そこに来ることを待っているかのように。
やがて。
聖地の全景が見え始める。
崩れた城。
砕けた塔。
瓦礫の山。
かつて王都だった場所は、
見る影もなかった。
そして。
中央塔のあった場所に。
黒い柱が、
世界を蝕むように。
そこに立っていた。
ドラゴンは、
黒い柱へ近づき過ぎないように。
その周囲を大きく旋回する。
レグルスは、
影の柱から目を離さない。
「リオラ」
「ミヅキ」
二人が振り向く。
「俺はエクリシウスのところへ行く」
静かな声。
「お前たちは魔光石を」
それだけだった。
二人の返事を待たない。
次の瞬間。
レグルスは、
ドラゴンの背から飛び降りた。
風を切る音。
その身体は真っ直ぐに。
黒い柱の中心へ向かって落ちていく。
リオラは目を見開いた。
「ちょっ――」
だが。
その言葉は続かない。
レグルスの姿は、
すでに遠くなっていた。
リオラとミヅキは顔を見合わせる。
そして。
小さく頷いた。
もう迷いはない。
それぞれの役目を果たすだけだった。
レグルスは落下していた。
黒い柱の中心へ向かって。
吹き荒れる魔力。
空気そのものが軋んでいるようだった。
やがて。
大地が近づく。
その時だった。
天へ伸びる影の柱が揺らぐ。
蠢く黒い魔力。
柱を形成していた影が。
ゆっくりと収束を始めた。
一本の柱ではなく。
一つの塊へ。
まるで。
何かが姿を変えようとしているかのように。
レグルスは静かに地へ降り立つ。
砕けた石畳。
崩れた城壁。
かつて聖地と呼ばれていた場所。
その中央だった。
目の前で。
黒い塊が脈動する。
蠢く影。
やがて。
それは人の形を成していく。
腕。
胴。
頭。
輪郭が定まる。
レグルスは鋭い視線でその影を見据えた。
――エクリシウス。
影が揺らぐ。
そして。
静かな声が響いた。
「……レグルス」
千年の時を越えて。
二人は再び相対する。
影が蠢く。
「この――」
わずかな間。
「千年の決着をつけようか」




