第100話 最後の記憶
レグルスは。
再び光へ包まれる。
視界が白く染まった。
その中で。
声が聞こえる。
「王国の被害状況は……」
別の声。
「ソティス様も……」
「行方が、
わかりません……」
声が重なる。
騒がしい。
誰かが叫んでいる。
そして。
光景が揺らぐ。
再び視界が白く染まった。
次に聞こえたのは。
「陛下!」
慌てた声。
「弟君に……」
「男児がお産まれになりました!」
歓声。
安堵の声。
誰かが泣いていた。
光景が揺らぐ。
再び視界が白く染まった。
次の瞬間。
レグルスは、
別の光景を見ていた。
広い部屋。
そこに。
若い男性が立っている。
――皇子……。
その前には。
杖を持つ男性。
静かな魔力。
――先生……。
皇子が、
穏やかに頭を下げる。
「ありがとうございます」
「大賢者様に、
来ていただけるとは」
そして。
皇子の視線が動く。
大賢者の背後。
そこに立つ、
レグルスへ向けられた。
「大賢者様、
そちらは……」
大賢者が、
静かに口を開く。
「彼はレグルス……」
わずかな沈黙。
「セレナリスで、
一番強き者だ」
皇子の顔が綻ぶ。
「それは頼もしい」
ゆっくりと、
手を差し出した。
「よろしく頼む」
レグルスも、
その手を握り返す。
「ああ」
短い返事。
「共に戦おう」
その瞬間。
再び光が広がる。
視界が揺らいだ。
次に見えたのは。
赤子を抱く皇子の姿だった。
静かな部屋。
皇子は、
赤子をあやしながら語りかける。
「まだこの国の陽は――」
赤子を見る。
「消えないぞ」
その瞳には。
強い意志が宿っていた。
光景が揺らぐ。
そして。
再び視界が白く染まった。
次に見えたのは。
剣士団の訓練場だった。
レグルスの目が動く。
――団長……。
そして。
――俺……。
向かい合う二人。
互いに木刀を構えている。
次の瞬間。
レグルスが、
一気に間合いを詰めた。
鋭い踏み込み。
その勢いのまま、
突きを放つ。
だが。
団長は、
木刀でそれを流した。
そして。
そのまま斬りかかる。
レグルスも、
即座に体勢を整える。
木刀で受けた。
激しい音が響く。
レグルスの木刀が軋んだ。
そこから。
団長の連撃が始まる。
一撃。
また一撃。
重い斬撃が、
次々と打ち込まれる。
レグルスは、
それを何度も受け続けた。
だが。
押し切れない。
そして。
団長が、
一瞬だけ後退する。
次の瞬間。
地面を蹴った。
一気に距離を詰める。
鋭い斬撃。
レグルスは、
木刀でそれを受け止めた。
その瞬間。
魔力が弾ける。
団長の身体が、
後方へ弾かれた。
間合いが広がる。
静寂。
二人は、
互いに息を切らしていた。
その様子を。
少し離れた部屋の窓から、
皇子が見ている。
腕の中には、
赤子が抱かれていた。
「想像以上だ……」
感心したように呟く。
「セレナリスの者が――」
「団長と剣でやり合えるなんて……」
だが。
次の瞬間。
皇子が、
何かに気づいた。
窓から身を乗り出す。
「おい!レグルス!」
訓練場へ向かって叫ぶ。
「魔力は禁止だぞ!」
レグルスが、
振り返る。
「魔力無しで、
敵うかよ!」
その言葉に。
団長が、
声を上げて笑った。
皇子も笑う。
穏やかな空気。
そして。
皇子は、
腕の中の赤子を見る。
「お前も――」
小さく笑う。
「あれくらい、
強くなるんだぞ」
優しく語りかけた。
その光景が、
ゆっくりと滲んでいく。
笑い声が遠ざかる。
次の瞬間。
視界が白く染まった。
レグルスが目を開く。
そこは。
あの部屋だった。
王妃が使っていた部屋。
――母の部屋。
窓の外は暗い。
そして。
騒がしい。
遠くから、
戦いの音が響いている。
剣戟。
叫び声。
崩れる音。
窓際には。
一人の女性が立っていた。
赤子を抱き。
静かに外を見つめている。
その時。
部屋の外から、
慌ただしい足音が響いた。
扉が開く。
飛び込んできたのは、
使用人と思われる女性だった。
「妃殿下!」
切羽詰まった声。
「早くお逃げください!!」
「魔王の軍勢が――」
「攻めてきています!!」
「早く!!」
だが。
赤子を抱いた女性は、
静かだった。
ゆっくりと、
使用人へ近づく。
そして。
腕の中の赤子を、
そっと差し出した。
「私は、
ここへ留まります」
静かな声。
「私だけが、
逃げるわけにはいきません」
わずかな沈黙。
「殿下も――」
「魔王の城で戦っている……」
女性は、
真っ直ぐ使用人を見る。
「この子は……」
赤子を見つめる。
「アウレリアの希望です」
震える声。
「この子だけは、
逃してください」
使用人は、
戸惑っていた。
だが。
やがて小さく頷く。
赤子を強く抱き締めた。
そして。
涙を堪えながら、
部屋を後にする。
残された女性は。
再び窓の外を見つめていた。
目の前の光景が、
一瞬揺らぐ。
次の瞬間。
レグルスは、
炎の中に立っていた。
燃え盛る王都。
アウレリア。
建物が崩れ落ちる。
炎が空を染めていた。
人々が逃げ惑っている。
叫び声。
泣き声。
助けを呼ぶ声。
その中を。
魔獣が駆ける。
黒い影が蠢く。
逃げ遅れた人々へ、
襲いかかっていた。
剣士たちが戦っている。
剣を振るう。
血が飛ぶ。
炎の中で、
次々と倒れていく。
崩れた建物の下敷きになる者。
影に呑まれる者。
誰かの叫び。
煙。
炎。
その全てが、
王都を覆っていた。
レグルスは、
ゆっくりと顔を上げる。
遠く。
視線の先。
アウレリアの城が見えた。
そして。
あの窓。
あの部屋。
赤子が託された場所。
その部屋が。
轟音と共に、
崩れ落ちていく。
炎が舞う。
煙が空へ昇る。
剣士たちが倒れていく。
逃げ惑う人々も。
次々と。
やがて。
炎は少しずつ消えていった。
残されたのは。
燻り続ける煙。
崩れた瓦礫。
そして。
無数の遺体だった。
気づけば。
魔獣も。
影も。
どこにもいなくなっていた。
静寂。
ゆっくりと。
太陽が昇り始める。
朝の光が、
荒廃した王都を照らしていた。
その中に。
一人。
赤子を抱いた男がいた。
動かない。
レグルスの目が、
大きく見開かれる。
――俺……。
荒廃した王都。
その中心で。
レグルスは、
一人立ち尽くしていた。




