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第5章【第2話:星の海を渡る者】

一歩。


また一歩。


4人が慎重に確かめるように足を前へと進めるたび、彼らの足元にある透明な光の床が、静かな水面に落とした雫のように幽かな波紋を幾重にも広げていった。


それは硬い地面ではない。

かといって、底なしの冷たい水でもない。


けれど、そこには確かに自分たちの存在を支え、一歩ずつ大地を踏みしめて歩いているという、不思議で確かな手応えがあった。


ふと顔を見上げれば、そこには息を呑むような光景が広がっていた。


天空を埋め尽くす無数の柔らかな光の粒子が、絶え間なく、一定の方向へと流れているのだ。


まるで満天の夜空そのものが一本の巨大な大河となり、宇宙の深淵へと流れ込んでいるかのような世界だった。


しかし、そこに流れているのは、決して天体に輝く星々などではなかった。


それは、かつてこの世界に存在した、数え切れないほどの人々の記憶だった。


どこかで交わされたであろう、誰かの屈託のない笑顔。


大切な人との別れを惜しむ、誰かの悲痛な涙。


そして、暗闇の中でただ一人、未来へ向けて紡がれた誰かの切実な願い。


それらの膨大な人生の営みが、淡く、儚い光の雫となって、この底知れぬ空間を永遠に漂い続けているのだ。


「……すごい」


あまりの光景の圧倒的な美しさに、ルゥが思わず足を止め、感嘆の声を漏らした。


内に宿る生命の象徴たる焔が、その美しさに呼応するように小さく、優しく揺らめく。


すると、その焔が放つ仄かな熱に引き寄せられるかのように、大河から一本の光の筋が滑り落ち、彼らのすぐ目の前へと近づいてきた。


そして、その光は淡い輪郭を結び、一体の幼い少女の姿へと形を変えた。


「えっ……!」


エリアスが瞬時に身体を強張らせ、腰の剣の柄に手をかけて身構える。


だが少女は何も言わない。


敵意もなければ、明確な自我の光もない。


少女はただ、胸元に色鮮やかな花をそっと抱えたまま、どこか遠い場所を見つめて、穏やかに微笑んでいるだけだった。


次の瞬間。

少女の姿をした光は、なんの音も立てずにガラス細工のように儚く崩れ、再び無数の星屑となって空間へ優しく散っていった。


「今の、一体……」


目の前の現象に、ティアが息を呑みながら呟いた。


「記憶の残響だよ」


彼女の周囲を優しくめぐる風が、どこか哀愁を帯びた答えを耳元へ運んでくる。


風の精霊たちが、その正体を囁いているのだ。


「この場所に流れ着いた特に強い想いだけが、一瞬だけあのように生前の形を結ぶんだ」


セリスの胸元で、大切に抱えられていた古びた楽譜がカタカタと震えた。


ページに刻まれた未完の旋律が、記憶の波長と同調するように、細く優しい音色を奏で始める。


すると、その清らかな音色に導かれるようにして、今度は周囲の別の光たちが次々と姿を現し始めた。


腰の曲がった、穏やかな表情の老人。

我が子を愛おしそうに抱きしめる、若い母親。

世界の果てを目指して歩き続ける、険しい顔つきの旅人。

黙々と自らの道具を手入れする、頑固そうな職人。


様々な時代を生きたであろう多様な人々が、ほんの束の間だけ鮮明な姿を結び、あるいは消え、また光の大河へと還っていった。


誰もこちらを見ていない。


誰も、そこに立つルゥたち4人の存在を認識すらしていない。


それは現在に干渉する過去の亡霊ではない。

現世に未練を残した幽霊でもない。


ただ、そこに刻まれているだけの記憶。


過去に確かに存在したという、純粋な事実の残像。


ただ、それだけだった。


「……みんな、本当に、この世界で生きてたんだね」


セリスがぽつりと呟く。


その透き通った声はどこか切なく、寂しげに響いた。


語り部の都。

未完の都。

あるいは、歴史の影に砂に埋もれたただの遺跡。


彼らがこれまで旅の中で、そう呼んできた失われた場所。


けれど、そこには確かに息づく人々の確かな暮らしがあったのだ。


他愛のない日常の笑い。

理不尽に対する怒り。

胸を引き裂かれるような悲しみ。

そして、誰かを懸命に愛した、愛おしい時間。


そして、その果てに、まだ見ぬ未来の世代へ希望を託そうと願った、名もなき人々。


「消えてないんだ」


ルゥが、自分の掌の上で揺らめく胸の焔をじっと見つめた。


「彼らの生きた証は、まだ何一つ終わってないんだ」


ドクン。


そのとき、突如として。

セリスの抱える楽譜が、これまでとは比較にならないほど大きく、激しく震えた。


「……!」


4人が同時に視線を走らせる。


遥か遠く、星の海が渦巻く境界の彼方に、周囲を流れる無数の光とは、明らかに一線を画す、決定的に異質な一つの光が見えた。


それは、神聖なまでの輝きを放つ、美しい白銀の光だった。他のどの記憶よりも遥かに強く、眩く。


まるでそれ自体が独自の意志を持ち、深く呼吸をするかのように一定の周期で脈打っている。


ティアの周囲の風が、急激に冷たさを増し、激しく乱れ始めた。


「……おい、あれを見ろ」


エリアスもその異変に逸早く気付き、鋭い視線を向ける。


「普通の記憶じゃない。あそこに漂っているものだけは、何かが根本的に違う」


その言葉の通り、その白銀の光の周囲だけ、空間そのものが目視できるほど不自然に歪み、歪曲していた。


4人が引き寄せられるように近づくにつれ、頭の中に直接響くような、かすかな声が聞こえ始める。


『待って』


それは、消え入りそうなほどに儚い声だった。


まだ幼さの残る、少女の声。


『お願い……まだ……行かないで……』


セリスが、ハッとしたようにその場に足を止めた。


胸が締め付けられるように苦しい。


呼吸がうまくできないほどの圧迫感が彼女を襲う。


なぜそんな感情が湧き上がるのか、理由はまったくわからない。だが、理由もないのに、目頭が熱くなり、大粒の涙が今にも溢れそうになっていた。


「知ってる……」


彼女は胸を強く押さえ、思わず声を絞り出した。


「この声……私、絶対に知ってる……!」


その確信に呼応するように、楽譜が千切れんばかりに激しく震動する。


ページに潜む未完の旋律が、かつてないほどの激しさで共鳴し、美しくも哀しい不協和音を響かせた。


そして、白銀の光の塊がゆっくりと解け、その中から、一人の少女が静かに姿を現した。


風に揺れる、長い銀白色の髪。


吸い込まれそうなほどに澄んだ、翡翠色の瞳。


その容姿、年齢、佇まいは、今そこに立っているセリスと驚くほど同じだった。


いや、それは同じという言葉すら生ぬるい。


まるで鏡の中に映る自分自身を、そのまま見つめているかのようだった。


「……私?」


セリスは息を呑み、言葉を失った。


画面の向こうの少女は、泣いていた。


胸が張り裂けそうなほど悲しそうに。

けれど、同時にすべてを包み込むように優しく。


そして。


「やっと、来てくれた……」


初めて。

この記憶の回廊に存在するはずのただの残響が、明確な意思を持って、こちら側の4人をまっすぐに正面から見つめてきた。


4人の背筋に、凍りつくような冷たい戦慄が走った。


記憶とは過去の影であり、決して現在を生きる彼らを認識することはない。


それがこの世界の、そしてこの場所の絶対的な理であったはずだ。


なのにその白銀の少女は、はっきりと拒絶することなく、セリスの瞳をその存在を認識していた。


「待ってたの」


少女は涙を流しながらも、愛おしそうに微笑む。


「ずっと、ずっと……あなたがここへ来るのを」


そして。少女の背後、激しく明滅する白銀の光のさらに向こう側。


雲海に浮かぶ空飛ぶ島の壮大な輪郭が、先ほどよりもはっきりと現実味を帯びてその姿を現していた。


しかし。

彼らがその希望に手を伸ばそうとした、まさにそのとき。


島のさらに奥、天空のすべてを覆い尽くすようにして、あの世界を破滅へと導く巨大な黒い影が、静かに、あるいは冷酷にその目を開いた。


それは、かつて未完の都で遭遇した闇などとは、文字通り比較にすらならない。

世界そのものを丸ごと飲み込み、無へと還すような、圧倒的で絶対的な絶望の化身。


そして、そのドロドロとした赤黒い巨大な瞳が迷うことなく、真っ直ぐに、セリスの小さな身体を射抜くように見つめていた。


「見つけた」


脳髄を直接揺さぶるような、悍ましい声が空間全体に響き渡る。


それは男のものでもなく、女のものでもない。


およそこの世のあらゆる生き物とは一線を画す、不気味な響き。だがそこには明確な、あるいは執拗なまでの強い殺意と意志が宿っていた。


その瞬間。

平穏を保っていた星の海全体が、まるで天変地異が起きたかのように激しく揺れ動き始めた。


そして。

先ほどまで微笑んでいた白銀の少女が、その顔を極限の恐怖へと歪めた。


「逃げて……!」


悲痛な叫びを上げたのと同時に、世界そのものがみしりと不吉な音を立て、大きく軋んだ。


星の海が、砕ける。


いや、ただ単に物質が砕け散っているのではない。

この空間に蓄積されていた無数の記憶そのものが、一斉に断末魔の悲鳴を上げているのだ。


幸福な笑い声も。

絶望の泣き声も。

平穏な歌声も。

未来への願いも。

誰かと交わした大切な約束も。


数え切れないほどの美しい光の雫たちが、一斉に恐怖に怯えるように激しく揺らぎ始める。


そして、天空に浮かぶ赤黒い瞳が、彼らを嘲笑うかのようにさらに大きく見開かれた。


「見つけた」


その悍ましい声は、いまやどこか一箇所から聞こえるのではなく、この空間全体のありとあらゆる方向から反響していた。


耳の鼓動で聞くような物理的な音ではない。


それは魂の根源に直接爪を立て、強引に触れてくるような、悍ましい精神的圧迫だった。


その瞬間、ルゥの胸の奥に宿っていた焔が、かつてないほどの激しさでパチパチと爆ぜた。


「っ!」


ルゥはあまりの衝撃に、思わず自分の胸元を強く押さえる。熱い。


これまで数々の窮地を切り抜けてきた旅の中でも、一度だって感じたことのないほどの、異様な熱量が身体の内側から突き上げてくる。


だが、それは決して身体を焼くような苦しさではなかった。その熱は、ルゥの意志とは無関係に、目の前の存在に対して猛烈に憤激し、怒り狂っている焔の感情そのものだった。


「……許さない」


ルゥの唇から、思わずといった風に言葉が漏れ出す。


それは彼自身の明確な思考から出たものではなかった。まるで、肉体に宿る焔そのものが、敵の存在を拒絶して呟いたかのようだった。


エリアスが鋭い金属音を響かせ、腰の剣を電光石火の速さで引き抜いた。


「来るぞ!全員、俺の後ろに下がれ!」


しかし、どれほど周囲を警戒しても、立ち向かうべき具体的な敵の肉体はどこにも存在しない。


あるのはただ、天空からすべてを見下ろすあの巨大な赤黒い瞳だけ。


だが、実体がなくとも、もたらされる脅威はそれだけで十分に致命的だった。


その赤黒い凶悪な視線が向けられた場所から、順番に世界の光が急速に失われていく。


まるで黒いインクを流し込んだかのように、光輝いていた記憶が次々と黒く喰われていくのだ。


星が一つ。

また一つ。

何の音も立てず、ただ暗黒の虚無へと消滅していく。


「そんな……嘘でしょう……!」


ティアが驚愕のあまり息を呑む。彼女の周囲の風が、怯えるように細く震えていた。


「ただ消えてるんじゃない。あれは……!」


「最初から、この世界に無かったことにされてるんだ……!」


セリスの顔が、恐怖でみるみるうちに土気色に青ざめていく。


そこに残されていたはずの、人々の確かな記憶。

紡がれてきた大切な物語。

確かにそこに存在したはずの誰かの人生。

そのすべてが、歴史の根底から、まるで最初から存在しなかったかのように綺麗さっぱり消し去られているのだ。


完成へと至る進歩でもない。

未完のまま残される保存でもない。

ただ、存在そのものをこの世界から完全に奪い去るという、絶対的な無の暴力。


「これが……」


セリスの声が、ガタガタと激しく震える。


「すべてを虚無に還す……完成を喰らうもの……?」


その時だった。

白銀の少女が、引き裂かれるような空間の合間を縫って、こちら側へと全力で駆け出してきた。


「こっちに来て!」


少女はセリスの元へと飛び込むと、その細い手をぎゅっと力強く掴んだ。


その瞬間、セリスの脳裏に電撃が走る。

温かい。

それは幻影でもなければ、単なる過去の残像でもない、確かにそこに体温を持って存在する、生身の温もりそのものだった。


「え……?」


「早く!立ち止まらないで!」


驚きに目を見開くセリスを、少女は必死に引っ張る。


これまでの旅の中で、記憶の回廊に存在する存在に、直接肉体を持って触れられたことなど、ただの一度もなかった。


「君、一体……」


ルゥの問いかけに、少女の翡翠色の瞳が、悲痛な感情に激しく揺れ動く。


「今はまだダメ!お願いだから、自分の名前を思い出さないで!」


「お願いだから、今はまだ……!」


少女が叫んだその瞬間、彼女のすぐ背後の空間が、バリバリと凄まじい音を立てて漆黒に裂けた。


そこから這い出てきたのは、この世の泥を凝縮したかのような悍ましい黒い腕。


そして、すべてを切り裂くような巨大な爪だった。

それが、必死に訴えかける少女の背中を目がけて、容赦なく真っ直ぐに伸びていく。


「危ない、下がれ!」


ルゥが叫ぶと同時に、躊躇なく前方へと飛び出した。


胸の奥から、純白の焔が一条の光となって灯る。


それは周囲を焼き尽くすように激しく燃え上がる炎ではない。


ただ、そこに絶対的な意志を持って、凛として存在するだけの静かなる白い焔。


「仲間に触らせるか!」


ルゥが突き出した白い焔と、空間を裂いて現れた巨大な黒い腕が、正面から激しく激突した。


バチバチッ!


空間が割れるような、強烈な火花が周囲に飛び散る。


それは驚くべき光景だった。

あの"完成を喰らうもの"の圧倒的な闇の暴力に対して、ルゥの放った焔が、確かに物質としての手応えを持って接触しその進行を遮ったのだ。


そして、天空に浮かぶ赤黒い瞳が、驚きに満ちたように微かに揺れ動いた。


まさか自らの闇を阻む者がいるとは思いもしなかった。そんな、敵の動揺の感情が、歪んだ精神波となって周囲に伝わってくる。


「……攻撃が、効いたのか?」


持ち主であるルゥ自身が、その結果に目を見開いて驚いていた。自分の焔は、敵を焼いたわけでもなければ、破壊したわけでもない。


ただ、そこに在るべき拒絶の盾として、敵の干渉を弾き返したのだ。


未完のまま、どこへも進まずに今を生きるという強い意思を持った焔。それが、史上初めて、世界の敵の動きをその場に縫い留めた。


だが、安堵する時間は一瞬すら与えられなかった。


「ルゥ、油断するな!」


エリアスの悲鳴のような警告が響き渡る。


ルゥが視線を戻した先で、さらに広範囲にわたって黒い空間の亀裂が次々と開き始めていた。


そこから四方八方、無数の不気味な腕が、まるで蠢く虫のように群れをなして現れる。


「くそっ、多すぎる!」


ティアが即座に両手を広げ、暴風の壁を周囲に展開して防戦に努める。


しかし、次から次へと無限に湧き出す闇の腕の勢いには、到底追いつきそうになかった。


まさにその時。


今度はセリスの腕の中にあった古びた楽譜が、目も眩むような眩い光を放ち始めた。


それは、彼女がずっと大切に守ってきた"未完の旋律"。


最後の一音だけがどうしても見つからない、欠落した歌。それが、セリスが歌おうとしたわけでもないのに、意思を持つかのように勝手に大音量で流れ始めたのだ。


すると、奇跡のような現象が起きた。

空間を流れていた星の海の光たちが、その旋律に導かれるようにして、一斉にセリスの周囲へと集まり始めたのだ。


人々の幸福な笑顔。

流された涙。

交わされた約束。

胸に抱いた願い。


ありとあらゆる人々の記憶、無数の人生の煌めきが、まるで彼女を守る盾となるように、セリスの身体の周りを優しく、高速で旋回し始める。


「え……そんな……」


それを見た白銀の少女が、その翡翠色の瞳にぽろぽろと大粒の涙を浮かべた。


「やっぱり……やっぱり、あなただったんだね……」


その光景を目にした瞬間、天空の赤黒い瞳が、これまでにないほどに見開かれた。


初めて、あの絶対的な存在であるはずの敵が、明確な焦りと恐怖の色を浮かべたのだ。


「……その、忌々しい歌」


地を這うような、極低温の低い声が響く。


そこには、純粋な怒りと隠しきれない恐怖、そして数千年の時を超えて燻り続けてきたような、深い憎悪が混じり合っていた。


「なぜ……なぜお前の元に、まだそれが残されているのだ……!」


世界が激しく震える。


星の海が、その圧倒的な憎悪の圧力に耐えかねて悲鳴を上げるように爆発的な光を放つ。


「ダメ、これ以上は耐えられない!」


白銀の少女が絶叫した。


「今はまだ、あいつと戦っちゃダメ!まだ何も、思い出してはダメ!」


叫ぶと同時に、少女の身体そのものが、内側から激しい光を放ち始めた。それはすべてを浄化するかのような、神聖で優しい白銀の輝きだった。


「お願い……」


少女は涙をボロボロと流し、セリスを愛おしそうに見つめながら、最後の力を振り絞る。


「どうか、生きて。今度こそ、私たちの物語を最後まで……」


そして、少女は両手を大きく広げた。


次の瞬間、彼女の身体から、世界のすべてを覆い尽くすほどの圧倒的な光の爆発が引き起こされた。


あまりにも眩しく、あまりにも巨大なエネルギー。


荒れ狂う星の海も。

喰われかけていた記憶の断片も。

天空から呪詛を吐き散らしていた赤黒い瞳も。

そのすべてが、一瞬にして混じり気のない純白の光の中に飲み込まれ、視界のすべてが白一色へと染まっていく。


そして、ルゥたち4人の肉体は、突然発生した強烈な重力に引きずり込まれるようにして、猛烈な速度で落下を始めた。


いや、それは下方への落下ではなかった。


彼らは、空へ向かって上へと引き上げられるように落ちていたのだ。


幾重にも重なる白い雲海を凄まじい速度で突き抜け、光り輝く記憶の海を越え、肌を切り裂くような激しい突風をものともせず、彼らは上昇を続ける。


そして、彼らの視線の先に、急速に巨大な影が近づいてきた。


それは、雲の上に悠然と浮かび上がるあの空飛ぶ島だった。


大地のすべてを抱くような世界樹の巨木。

天空を貫く白い塔。


そして、目に鮮やかな緑豊かな大地が、視界いっぱいに広がっていく。


「嘘……信じられない……」


ティアが、風に髪を激しくなびかせながら驚愕の声を絞り出した。


「本当に、あそこに辿り着くの……!?」


激しい風の音の中、セリスの耳の奥に今にも消え入りそうなあの白銀の少女の声が、最期の別れのように届いた。


『会いたかった』


『セリス』


『ずっと……ずっと待っていたよ……』


その声を認識した瞬間にセリスの目から涙が溢れ出た。


なぜ自分がこんなにも激しく泣いているのか、その理由は今の彼女にはまったく分からない。


けれど、胸の奥が張り裂けそうなほどに締め付けられていた。どうしようもなく懐かしくて、苦しくて、そして、涙が出るほどに愛おしかった。


そして、4人の身体は吸い込まれるように、雲上の楽園の空飛ぶ島へと落ちていった。


その頃。


彼らが旅立っていった、はるか下方の地上。

分厚い砂の底に静かに埋もれた、あの語り部の都では。

永遠の眠りについたはずの語り部の王が、その重い瞼を、静かに、ゆっくりと開いていた。


「……ついに、始まったか」


王が小さく呟いた、その時。


王のすぐ隣で、これまで歴史の裏側で長い長い沈黙を頑なに守り続けていた、あの"未完の影"が。


永きにわたる時を経て、初めて、はっきりとその口を開いた。


「……王よ」


その重々しくもどこか安堵を含んだ声に、語り部の王は、ゆっくりと愛おしそうに振り返った。


未完の影は、天空を見上げながら、確信に満ちた声でこう続けた。


「ついに……約束の子が、あの約束の空へと辿り着いたようです」

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