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第4章【第9話:眠る都の心臓】

塔に刻まれた亀裂の進行は、もう誰にも止めることができなかった。


ピシ、ピシ、と空間そのものがガラス細工のように細かく砕け散る音が絶え間なく続き、剥がれかけた裂け目からは、せき止められていた奔流のように純白の光が溢れ出し続けている。


その光は、目を焼くほどに強烈で眩い。

にもかかわらず、肌を温めるような熱量は微塵も孕んでいなかった。


まるで、非情な神の手によって冷徹な檻の中に無理やり閉じ込められていた、決して明けることのない朝日の残骸のようであった。


鼓膜を揺らすような派手な轟音は響かない。


だが、耳の奥に直接突き刺さるような、世界全体がきしむ不快な摩擦音が空間を支配していた。


静止していたはずの未完の都そのものが、その身を内側から引き裂かれる苦痛に耐えかねて、声をなき悲鳴を上げているのだ。


「お願い、みんなあそこから離れて!」


ティアが乱れる髪を振り乱しながら、必死の警告を叫んだ。


一度は死に絶えていた風が、空間の崩壊に伴って彼女の元へと戻り始めている。


だが、それは以前のようには滑らかに流れてはくれなかった。あるものは激しく渦を巻き、あるものは断片的に千切れ飛び、その全容は狂おしいほどに乱れている。


まるで、意思を持った大気が何かに怯え、パニックを起こしているかのようだった。


風がそれほどまでに恐怖し、拒絶しているもの。


それは、塔の奥底の深淵でいま静かに胎動を始めた、あまりにも巨大で圧倒的な存在だった。


白い外套を纏った男は、冷たい石畳の上にがっくりと膝をついていた。


すべてを超越した、完璧に"完成された存在"。


先ほどまでは、誰もが彼をそう見なしていたはずだった。


だが今、彼の強固だったはずの身体の輪郭は、陽炎のように歪み、急速に崩れ始めている。


その胸元、完全に閉じかけていたはずの未完の印が、内側からの圧力に押し広げられるようにして再び生々しく開いていく。


頂点に刻まれていた不滅のシンボルである"閉じた円"が、無残に欠け落ちていく。


彼は、自らが最も恐れていた混沌たる"未完"へと、強制的に引き戻されようとしていた。


「……やめろ」


男は、血を吐き出すような悲痛さを込めて、もう一度だけ弱々しく呟いた。


「これ以上、奥を開くな……。戻れなくなる……!」


その掠れた声は、自らの支配権を誇示するためのものではなかった。


完成という名の永遠の安寧を渇望する声でもない。


ただ、その扉の向こう側に眠る真実を、心の底から恐れおののいている哀れな敗北者の声だった。


ルゥは、苦悶に歪む男の横顔を見つめながら、ある決定的な真実に気づく。


(違う。この人は、ただ傲慢に完成した世界を望んでいたわけじゃないんだ)


男は、すべてが中途半端に消え去っていく未完の絶望から、この都の思い出を守ろうとしたのだ。


物語を強制的に終わらせて固定することで、これ以上の喪失を防ぎ、確かな形として残そうとした。


だからこそ、彼は自らの魂を削り、呪われた番人としてこの冷徹な塔に自らを縛り付けたのだ。


「……一体、あの奥に何がいるの?」


ルゥが男の傍らに歩み寄り、胸の焔を小さく揺らしながら静かに問いかける。


男はもう、答えるだけの気力を残していなかった。


だが、その怯えきった視線だけが、吸い込まれるようにして塔の最深部へと向けられた。


その瞬間。


セリスの腕の中で、欠けた楽譜がこれまでにないほど激しく、まるで心臓のようにドクドクと震え出した。


五線譜に記された未完成の旋律が、持ち主の意志を完全に置き去りにして、勝手に空間へと流れ始める。


それは耳に聞こえる音にならない音。


声帯を震わせることのない歌にならない歌。


そして――。


その不協和音の渦の向こうから、明確な、重々しい誰かの声が響いてきた。


『まだ……終わっては……ならない……』


それは、今にも途切れてしまいそうなほどにかすれた声だった。


途方もなく遠い。


それこそ、何千年も前の過去の底から響いているかのような、気の遠くなるような隔たり。


それなのに、不思議なことに、まるで今すぐ隣に立つ何者かに耳元で直接囁かれたかのように、鮮明に脳裏へと響き渡る声だった。


エリアスが全身の警戒色を最大に跳ね上げ、獲物を探す獣のように鋭い視線で周囲を激しく見回した。


「チッ、今の声は誰だ!? どこに隠れてやがる!」


虚空に向かって吠えるが、もちろん明確な言葉としての返事はない。


だがその代わりに、塔の内部、世界の底とも言える暗黒の領域から、ひとつの強烈な衝撃が波及した。


ドクン。


それは、あまりにも巨大で、あまりにも生々しい、生命の鼓動だった。


その一撃によって、未完の都全体が目に見えて大きく跳ねるように揺れ動いた。


数多の時を経て崩れ去っていた白亜の回廊も。


銀砂の底に深く埋もれていたはずの古い石壁も。


かつて人々が行き交い、いまは静止した沈んだ広場も。


その世界の構成要素のすべてが、今、全く同じ生命の鼓動に同調して、微かに、しかし確実に震えていた。


ティアの顔から、さらに血の気が引いていく。


「……嘘、でしょ……」


彼女の元に帰ってきた風が、震える声でその真実を告げていた。


自然の理を超越したその現象の意味を、彼女は最も早く理解してしまったのだ。


「この都……ただの遺跡なんかじゃない……」


彼女の声は、歓喜ではなく純粋な戦慄に震えていた。


「……まだ、生きてる」


その場を、重苦しい沈黙が支配した。


誰も、その言葉に対して即座に異論を挟むことなどできなかった。


この都は、とうに滅び去った過去の遺物などではなかった。


死者を弔うための墓でもなければ、ただの歴史を記した無機質な記録でもない。


これそのものが、ひとつの巨大な生命体として、未だ脈動し続けているのだ。


死んでなどいない。


ただ、長い、あまりにも長い眠りについていただけ。


何千年も、何万年もの果てしない歳月を。


変化の余白を残した、不完全な"未完"のままで。


その時だった。


塔に走った巨大な亀裂の奥底から、新たな光がじわりと漏れ出してきた。


それは、先ほど男の背後から放たれていたあの冷徹な白ではない。


ルゥの里に灯るような、眩い黄金でもない。


もっと古く、もっと深い、世界の始まりを予感させる根源的な色。


人の記憶そのものが、永い眠りを経て発光したかのような、どこか懐かしく温かい輝き。


セリスは、何かに吸い寄せられるように、一歩前へ踏み出した。


手の中の楽譜が、その光に向かって激しく叫ぶように彼女を呼んでいる。


紡がれた旋律が、見えない羅針盤となって彼女の足を導いている。


未だ完結を見ない未完の歌が、自らの始まりの場所へと向かおうとしていた。


その光の先へ。


「待ちなさい……! 行ってはならない!」


膝をついたままの男が、絞り出すような声を張り上げて叫んだ。


それは、彼が初めて剥き出しにした、人間らしい感情に満ちた制止の声だった。


「その先へ行けば……お前たちもこの都の呪いに呑まれ、二度と現実へは戻れなくなる……!」


セリスは足を止め、ゆっくりと男の方を振り返った。


「戻る?」


彼女の薄い唇から、小さな呟きが漏れる。


そして、かすかに笑みを浮かべた。


ほんの少しだけ。


胸が締め付けられるほどに、悲しそうに。


「私ね、旅に出た最初から、ずっと戻るための場所を探していたの」


セリスは、欠けた楽譜を愛おしそうに胸元で強く抱き締めた。


「でも、今はもう違うわ」


名もなき自分を守って消えていった、あの未完の影。


崩壊しながらも変化を求め続ける、この未完の塔。


届かなかった想いを乗せて響き続ける、未完の歌。


そして、不完全なまま今も生き続けている、この未完の都。


「知りたいのよ、私は」


その声は静かだった。


だが、その繊細な響きの奥には、何者にも折ることのできない強固な意志が宿っていた。


「どうして彼らが、これほど苦しいと分かっていて、あえて"未完"を選んだのかを」


彼女の決意に応えるかのように、塔の奥底から再び、力強い鼓動が響き渡った。


ドクン。

ドクン。

ドクン。


それは、紛れもない心臓の音だった。


この壮大なる都の、真なる心臓。


かつて存在した偉大なる語り部の都を、何千年の時を超えてなお、不完全なまま裏から支え続けている根源的な存在。


そして、完全に開き直った亀裂の向こう側、光と闇が交錯する深淵の底で。


その巨大な影が。


長い眠りから目覚めるように、空間の裂け目の奥底で、その巨大な影が静かにその目を開いた。


しかし、それは生きた人間の、あるいは獰猛な魔獣のそれのような、有機的な瞳では決してなかった。


富を象徴するような冷たい黄金でもなければ、深海を思わせる深い蒼でもない。


この世界に存在した無数の人々の記憶そのものが、純粋なエネルギーとなって光へと昇華したかのような、筆舌に尽くしがたい神秘的な色彩。


その巨大な眼差しに真っ直ぐ見つめられた瞬間、ルゥはあまりの威圧感に息を呑み、身体を硬直させた。


その瞳の奥には、信じられないことに、ひとつの広大な"世界"が内包されていたのだ。


激しく吹き荒れる砂嵐の情景があり、

どこまでも果てしなく続く母なる海があり、

生命の息吹に満ちた深い緑の森があり、

ルゥが生まれ育った、あの懐かしい焔の里の景色があり、


そして――。


彼らが目指すべき最終目的地であり、いまだ誰も辿り着いたことのない、伝説の"空飛ぶ島"の姿までもが、その瞳の中に鮮明に映し出されていた。


「……おいおい、なんだよ、ありゃあ……」


エリアスが本能的な恐怖をねじ伏せるように、剣の柄をギリリと音を立てて握り締める。


だが、その掠れた声には、いつもなら真っ先に飛び出すはずの敵意や戦意は一切含まれておらず、また単なる恐怖とも違っていた。


彼は、完全に圧倒されていたのだ。


人間の理解を遥かに超えた絶対的な巨いなる存在を前にした時、人は戦うことや逃げることよりも先に、ただその場に立ち尽くすことしかできなくなる。


今、4人を支配していたのは、まさにその圧倒的な畏怖の感覚だった。


巨大な影は、永い呪縛から解き放たれるように、ゆっくりとその巨体を起こしていく。


そのわずかな動きだけで、彼らが立っている塔全体が、耐えかねたように激しく軋みの声を上げた。


いや。


正確には、この塔がその存在を支えていたのではなかったのだ。


この亀裂の奥に眠る超然たる存在こそが、その強大な命の力をもって、この都全体の存在を裏から支えていたのだ。


砂の底に深く埋もれていた白亜の回廊も。


崩壊の途中で静止していた歪な街路も。


天を衝くようにそびえ立つ未完の塔も。


その世界のすべてが、この存在が刻む圧倒的な生命の鼓動に合わせて、微かに、規則正しく震えている。


ドクン。

ドクン。

ドクン。


これこそが、生きている都の、真なる心臓。


ティアが、暴れる大気の声を必死に聞き取りながら、震える声でその真実を口にした。


「……だから、風が残っていたのね。

世界から隔絶されたこの場所でどうして大気が死に絶えずに巡り続けていたのか、やっと分かったわ…」


誰もその言葉に明確な返事を返そうとはしなかった。


その必要がなかったからだ。


この場にいる全員が、肌に触れる空気の重みから、すでにその事実を完全に理解していた。


この都は死んでなどいない。


ただ、眠っていたのだ。


何千年もの果てしない時の底で。


変化する可能性を残した、不完全な"未完"のままで。


誰の手によってか、今日この時まで、大切に守られ続けながら。


巨大な影が、4人の覚悟を確かめるように静かにその口を開いた。


その声は、空気を振動させて鼓膜で聞くような物理的なものではなかった。


彼らの魂の器、胸の奥底に対して、直接的に重々しく響き渡る精神の波動。


『……ついに、訪れたか……』


その響きに呼応するように、セリスの腕の中にある楽譜が、これまでになく強く身を震わせた。


書き込まれた未完の旋律が、抑えきれない歓喜の声を上げるように、ひとりでに空間へと溢れ出していく。


巨大な影はその愛おしい旋律の光を、静かに見つめた。


『……我が夢を、旋律を、未来へと繋ぐ者よ……』


セリスの身体が、その言葉の重みに耐えかねるように強張る。


「……私? 私が、あなたの続きを継ぐ者だというの?」


影はその問いに対して、肯定の言葉も否定の仕草も返さなかった。


ただ、果てしない慈愛を込めて見つめ続ける。


だが、その巨大な眼差しは、明確に他の誰でもない、セリスの小さな佇まいに向かって注がれていた。


『……歌は、絶えることなく残された……』


『……ならば、この世界に希望もまた、残されたということだ……』


静まり返る空間。


ルゥは、押し潰されそうなプレッシャーを撥ね退けるように、力強く一歩前へ出た。


胸の奥から黄金の焔を呼び起こし、小さく、しかし毅然とした輝きを灯す。


「あなたは……一体誰なの?

どうしてこんな場所で、ずっと眠り続けていたの?」


影はしばらくの間、何も答えなかった。


それは彼を拒絶しているのではなく、あまりにも長い歳月の中で、自らが名乗るべき遥か昔の古い名前を、記憶の底から必死に手探りで探しているかのようだった。


やがて、都全体を震わせるような深い吐息と共に、静かにその存在を明かした。


『……私は、この場所に生きた最後の語り部……』


『……そして、この世界に物語を紡ぎ始めた、最初の語り部……』


『……そして――』


巨大な色彩の瞳が、切なげに微かに揺れる。


『かつて、この偉大なる都を統治していた、王だった者だ……』


セリスが、その衝撃的な告白に小さく息を呑んだ。


語り部の王。


この壮大なる歴史のすべてを築き上げた、伝説の存在。


この地に未完の塔を残し、

誰の手にも届かない未完の歌を遺し、

すべての物語の始まりとなった、根源の人物。


エリアスが剣を構えたまま、その鋭い視線で影を射抜き、低く問いかけた。


「なら、王様よ、一つ聞かせてもらおうじゃねえか。なぜあんたは、自分の大切な都を、こんな中途半端な未完のままで世界から隠し残したんだ?」


影はゆっくりと、その大きな目を閉じた。


失われた何千年の孤独な記憶を、愛おしそうに辿るように。


『……完成とは、すなわち"終わり"を意味するからだ……』


その言葉は、どこまでも静かだった。


だが、4人の身体を床へ縫い付けるほどに、圧倒的に重かった。


何千年分もの人々の後悔と、祈りにも似た切なる願いのすべてを、その背に背負っている者の重み。


『……我らは、あまりにも遅く知ってしまったのだ……』


『……完成を迎えた美しいものは、他者に奪われる……』


『……完璧に固定された堅牢なものは、いつか必ず壊される……』


『……そして、すべての変化を止めたものは……例外なく死に絶えるということを……』


ルゥの胸の焔が、その言葉の本質を理解して激しく揺れ動いた。


それは、どこかで聞いたことのある言葉だった。


この都のあちこちで触れてきた塔の記憶。


あの一途な石工が遺した、最後の一打を拒んだ言葉。


そして、未完成のまま輝き続ける、あの紋章の形。


そのすべての断片が、今、パズルのピースが嵌まるようにして、この王の言葉へと繋がったのだ。


『……だからこそ、我らはあえて"未完"の道を選んだのだ……』


『……物語を、ここで終わらせぬために……』


『……大切な記憶を、絶望の歴史の中に残すために……』


『……そしていつか、まだ見ぬ未来の誰かへと、このバトンを渡すために……』


セリスは、欠けた楽譜を壊れ物を扱うように、愛おしそうに抱き締めた。


最後の一音だけが頑なに存在しない、あの未完の歌。


その歪な構造に隠されていた真の意味を、彼女は今、ようやく魂の底から理解することができた。


それは、完成させる能力がなかったからではない。


未来のいつか、この地に辿り着くであろう"誰か"に対して、その物語の本当の続きを託すために、あえて空白のまま遺された希望の余白だったのだ。


その時だった。


4人を見つめていた語り部の王の表情が、旅が始まって以来、初めて明確な変化を見せた。


その巨大な瞳の奥に、深い、底なしの哀しみが宿る。


『……だが、世界は我らの猶予を許してはくれぬようだ……』


突如として、彼らが立っている都全体が、先ほどまでとは違う不吉な地鳴りとともに激しく揺れ動いた。


ドクン。


都の心臓の鼓動が、恐怖に怯えるように歪に乱れる。


遥か遠く、彼らが歩いてきた外周のエリアから、何かが凄まじい勢いで軋み、崩壊していく音が響いてくる。


それは闇だ。


先ほどルゥの焔と4人の決意によって、一時的に退けたはずの、あの底なしの暗黒。


それが、都のさらに深い場所、世界の境界線の割れ目から、再びどす黒い触手を伸ばすように蠢き始めているのだ。


『……時間がない……』


王の精神の声が、焦燥を孕んで一段と重くなる。


『……我らが施したこの世界の封印は、すでに限界を迎えて弱まっている……』


ティアが乱れる大気に翻弄されながら、弾かれたように顔を上げた。


「封印……? 一体、何を封じ込めていたというの?」


『……完成という名の終焉を喰らうもの……』


『……未完のまま進もうとする命の光を、激しく憎むもの……』


『……この世界のすべての物語を、無に帰して終わらせるもの……』


その禍々しい説明を聞いた瞬間、周囲の空気が一瞬にして完全に凍りついた。


ルゥの胸の黄金の焔が、天敵の接近を察知した獣のように、鋭く、激しく反応して牙を剥く。


語り部の王はその巨大な瞳で、4人の若き旅人の姿をゆっくりと一人ずつ見つめ直した。


『……さあ、選ぶがいい、若き命たちよ……』


『……このまま未完の痛みを背負って不確かな未来を守るか……』


『……あるいは、すべてを受け入れて完成された終わりの檻へと進むか……』


『……お前たちが導き出すその答えこそが、この世界の未来の形を決定づけるだろう……』


王の言葉に呼応するようにセリスの欠けた楽譜が、眩い純白の光を放ち始める。


ルゥの胸の焔が、その光に応えるように天に向かって赤々と燃え上がる。


ティアの散り散りになっていたすべての風の力が、再び強固に集結していく。


エリアスの大剣が、持ち主の滾る闘志を証明するようにキィンと高い音を立てて震える。


4人は、自分たちがこれからどのような選択をすべきか、その明確な答えをまだ完全には知らない。


だが。


どんな困難が待ち受けていようとも、ここで立ち止まることなく前へ進み続けることだけは、とうに心の中で決めていた。


王の背後、暗黒の深淵のさらに向こう側で、一本の巨大な光の柱が揺らめき始めた。


それは、暗闇を切り裂いて伸びる確かな"道"の姿だった。


この都のさらに奥、誰も足を踏み入れたことのない最深部へと続く道。


失われた語り部の記憶の、最も深い核へと手を伸ばすための道。


そして――。


彼らがずっと見上げてきた、あの雲の上の空飛ぶ島へと繋がる、最初にして最大の確かな手掛かり。


『……行くが良い……』


王の厳かな声が、彼らの背中を優しく押すように響く。


『……誰も見たことのない、お前たちだけの物語の続きを、その手で探すのだ……』


巨大な記憶の瞳が、長い役割を終えるかのように静かにゆっくりと閉じられていった。


その瞬間、都の全域に向かって暖かな始まりの風が吹き抜けた。


そびえ立つ未完の塔が、祝福の歌を奏でるように高らかに鳴り響く。


手の中の未完の歌が、未来の音を求めて激しく震える。


そして4人は、語り部の王が遺したその新たな光の道へと力強く足を踏み出した。


この哀しくも美しい、未完の都の真実のすべてをその若い背中にしっかりと背負いながら。


遙かなる空へと続く物語のまだ見ぬその先へと向かって。

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