70.女神、裁判に降臨す⑤
観衆の胸を見えない衝撃が駆け抜け、誰もが呆然と立ち尽くした。
姦通罪の裁判の最中に、まさか親殺しの告発が飛び出すなど――誰が予想できただろう。
ユーリの言葉が胸に沈み込むや否や、会場は一斉にざわめき立つ。
顔を見合わせて息を呑む者、蒼白になって後ずさる者、怒号を上げる者。
ざわめきは瞬く間に膨れ上がり、叫び声が次々と重なり合う。
やがてそれは、地鳴りのような轟音となって裁判場を揺らした。
「父親殺しだと……!?」
「まさか、ヴァレンシュタイン公を……!」
油断していたのだ。
高みから得意げに口上を垂れていたところへ、突如地震が走ったようなもの。
貴族らしい取り繕いも忘れ、オスカーの顔色はみるみる蒼白に染まっていく。
勝ち誇った笑みは消え、震えを帯びた口元だけが残った。
「な、なにを根拠に……そんなことを……?」
かろうじて絞り出した声には、もはや先ほどまでの余裕はない。
蒼白な顔を引き締め、オスカーは必死に強がりを吐いた。
「公爵を侮辱する発言は侮辱罪になる! 根拠もなく、そんな大罪を口にすれば――」
その言葉を遮ったのは、まったく別の声だった。
「――根拠なら、ここにあります」
ざわっ、と群衆が振り返る。
聴衆席から立ち上がったのは、一人の女性。
長く乱れた髪を押さえ、蒼白な頬を持ちながらも、瞳にははっきりとした光が宿っていた。
「あなたが使わせた、この薬で……私は、公爵を殺させられた」
会場が凍りつく。
「なっ……!?」
オスカーの顔が一気に崩れる。
「オスカー・フォン・ヴァレンシュタイン。あなたは私に毒を調合させ、そして公爵に盛らせた。
――すべて、自分のために」
その女性の告発に、会場全体が揺れ動いた。
ユーリはただ、静かに目を細める。
視線をそっと横に流せば、聴衆の陰に控えていたエレノアたちが、女性を守るように支えていた。
(……よくやってくれた。ありがとう)
胸の奥でだけ、熱がこみ上げる。
仲間の手で用意された“切り札”が、今まさに場を決定的に変えようとしている――と。
ユーリは深く息を吸い、裁判長へと視線を向けた。
その声音は淡々と、しかし一言ごとに場を縛っていく。
「オスカー・フォン・ヴァレンシュタインは、父親殺しの大罪を犯しています」
一斉に息を呑む群衆。
そのざわめきを遮るように、ユーリは静かに続けた。
「その罰は――貴族からの除名(というか処刑だろうけど)。
であるならば、貴族年鑑そのものが無効になる」
理路整然とした言葉に、観衆の目が見開かれる。
「ゆえに、ミュゼリアナに“不貞”は存在しません。
私は魔術が使えることを示しました。
そして……彼女との愛も、証明しました」
一拍の沈黙。
そして、はっきりと――。
「ここで、私とミュゼリアナの婚姻を――認めていただきたい」
堂々たる宣言が、裁判場に響き渡った。
群衆の心は一斉に揺さぶられる。
すでにセリーヌ、リーゼロッテ、オフィーリアを妻に迎えている。
だが、そんなことは関係ない。
ただ、守りたい女性を、自分の腕の中に抱きしめたい。
その純粋な想いが伝わったのか、歓声が――祈りが――波のように広がっていった。
「そ、そんなことが許されるか!! おい、ケビン、やれ!」
オスカーの怒号に、尻もちをついていたケビンが慌てて立ち上がる。
掌に紅蓮の魔力が凝縮され、轟音とともに巨大な火炎球が膨れ上がった。
「死ねぇッ、残念貴族!」
灼熱が咆哮をあげて迫る。
だがユーリは、一歩も動かない。
「……仕方ないな」
異空間倉庫から一振りの扇子を取り出し、ひらりと広げる。
風神の神格が解き放たれ、扇子をひと薙ぎ。
瞬間、烈風が荒れ狂い、巨大な火炎球は――音もなく掻き消えた。
「なっ……!? 俺の炎が……!」
「馬鹿な、炎帝の魔術だぞ……!」
ケビンとオスカーの顔に浮かんだのは、驚愕と――恐怖。
追い詰められたオスカーが、震える腕を振り上げる。
轟音とともに石畳が裂け、そこから巨大なゴーレムが姿を現した。
圧倒的な質量が影となって広場を覆い、観衆の悲鳴が空気を震わせる。
その石の巨人を背に、オスカーは狂気じみた笑みを浮かべた。
「ミュゼリアナ! この場で俺に尻を向け、地に額をこすり媚びを乞え!
そうすれば――命だけは助けてやる!」
【あとがき】
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