70.女神、裁判に降臨す⑥
その巨影が広場を覆い、悲鳴が一斉に弾けた。
「きゃあああっ!」
「な、なんだあれは――魔獣か!?」
「逃げろっ!」
会場は一瞬でパニックと化した。
だが、その混乱の中で、エレノアが鋭く声を放つ。
「落ち着いて! 順に出口へ! ローラ、後方を抑えて!」
「了解!」
仲間たちが即座に動き、聴衆を守るように導いていく。
その最中、裁判長が蒼白な顔で立ち上がり、叫んだ。
「オスカー卿! 法廷を破壊する行為は、それ自体が大罪ですぞ!」
だが、オスカーは狂気に染まった笑みを浮かべ、吐き捨てる。
「知ったことか! 全てを壊してしまえば――俺の罪も消える!」
意味不明な自己理論。
「死ねぇぇぇ!!」
オスカーの絶叫と共に、ゴーレムの巨腕が天を裂いた。
誰もが次の瞬間を恐怖に固まる。
――そのとき。
「どっかーーーーんっ!」
澄み切った少女の声とともに、影が空から舞い降りた。
直後、轟音と衝撃。
竜へと姿を変えたルウティアが、勢いそのままゴーレムに豪快なボディプレスを叩き込む。
巨岩のような身体がきしみ、地鳴りを上げながら地面ごと陥没した。
「な、なにィィィ!?」
「ぐあああっ!」
爆風と衝撃に巻き込まれたオスカーとケビンは、哀れにも宙を舞い――
瓦礫の山へと叩きつけられた。
「ぎゃあああ!」
「ひぃぃっ!」
あまりに情けない悲鳴。
爆ぜた衝撃波が四方に拡散し、瓦礫と砂塵が観衆を呑み込もうと迫る。
「「アイス・シールド」」
二つの声が重なり、青白い氷壁が幾重にも展開された。
アルベルトとミュゼリアナ。
砕け散る砂塵を氷がせき止め、群衆は息をつく。
だが安堵も束の間。
轟音とともに、もう一つの巨大な影が会場に降り立つ。
銀灰の翼、しなやかな肢体、圧倒的な威圧感。
「もう……ルウちゃんったら。先に行ってはダメじゃない」
悠然と響く声。現れたのは――竜族の女王、エルディア。
観衆は一斉に悲鳴を上げ、我先に逃げようともみ合う。
恐怖と混乱が広場を揺さぶった。
「落ち着いてください!」
「安心を! あの竜は敵ではありません!」
エレノアとイレーナが立ち上がり、必死に声を張り上げる。
エルディアは片腕で、まだ蠢くゴーレムをがしりと掴み上げた。
そして――軽々と、まるで小石のように天へと放り投げる。
「これ以上、場を乱すなら……帰りなさい!」
観衆の悲鳴も、オスカーの絶叫も――その声を尻目に。
エルディアの巨体がしなやかにひねられ、尾と翼が美しく軌道を整える。
しなやかに跳び上がった竜の腕が、大空に描かれた弧を鋭く切り裂いた。
――それはまさしく、バレーボールのスパイクのように。
「はぁっ!」
優雅なアーチを描いた手のひらから、灼ける光が奔流となって放たれる。
空気が震え、閃光が一直線に空を裂いた。
打ち抜かれたゴーレムは光の尾を引きながら、軌道を描いて墜落する。
その先は――奇しくも、エレノアたちが突入していたヴァレンシュタイン家の豪邸。
ドゴォォォォォン――ッ!!
石と木材が四散し、豪奢な屋敷は跡形もなく崩壊する。
轟音が城下に響き渡り、巨大な土煙が天を覆う。
「おおおお……!」
「ヴァレンシュタイン家が……!」
ケビンとオスカーの悲鳴をよそに、観衆は目を奪われ、誰もが呆然とエルディアの姿を見上げる。
観衆は凍りつき――やがて、呆然と見上げる視線が畏怖へと変わる。
「……これは――」
「神の裁きだ!」
その叫びが広場全体に波紋のように広がっていく。
「神の裁きだぁぁぁ!」
「神罰が下ったぞ!」
「女神と竜が、我らの前で裁きを示されたのだ!」
歓声と祈りに包まれ、法廷は熱狂の渦と化していた。
その中心で――ユーリはぽりぽりと頬をかき、居心地悪そうに裁判長へと向き直る。
「……あの~」
場違いなほど穏やかな声に、裁判長が思わず瞬きをする。
「うちの嫁さん達が……ちょっと派手にやらかしまして。後のことはお任せしてもいいですか?」
ぺこりと頭を下げるユーリ。
「……あ、あぁ。オスカー卿を親殺しの罪で取り調べするよう、すぐに通達を出そう……」
裁判長は口を開けたまま絶句し、群衆も一瞬ぽかんと固まった。
そんな空気をよそに、ユーリは苦笑を浮かべつつ、ミュゼリアナの手をそっと握り直す。
「なんとか無事に終わったね」
「ゆ、ユーリ兄さま……これを“無事”と言っていいのか……」
「だ、大丈夫。前回も色々あったけど、ちゃんとなんとかなったから」
困惑気味のミュゼリアナの隣に、アルベルトが歩み寄る。
「……この大バカ者、やりすぎだ」
低く呆れ声。
ユーリは肩をすくめ、もう一度ペコリと頭を下げた。
「……えーっと、本当に、ごめんなさい」
父の顔は渋いままだが、その横でミュゼリアナは口元を手で隠し、こらえきれずに笑いを洩らす。
「ふふっ……ユーリ兄さまったら」
その一言をきっかけに、観衆からも笑いが広がった。
張り詰めていた空気が一気にほどけ、笑いと喝采が入り混じりながら広場を揺らしていったのだった。
【あとがき】
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