41.新しい仲間たち①
王都・西通りの外れにある小さな冒険者ギルド。
ひとけの少ない石畳の裏通りに、くすんだ看板と年季の入った扉が静かに佇んでいた。
「……ここが、西通りのギルド?」
フィオナが不安げに周囲を見回しながら、小さくつぶやく。
「だ、大丈夫です……。あの受付の方が、“ここなら落ち着いてお話できる”って……」
リリィは緊張の面持ちを浮かべながらも、しっかりと前を向いている。
ユーリはそんな二人の様子に目を向け、やわらかな笑みを浮かべた。
「――うん。とりあえず、入ってみようか」
扉に手をかけながら、そう言って、静かに押し開ける。
中は、外観からは想像できないほど静かで広い。
酒場の名残を感じさせるガタついたテーブルや、端が破れかけた掲示板。
そしてカウンターには、一人の女性。
無言で書類を一枚一枚めくりながら、淡々と仕事をこなしている。
淡い栗色の髪を片側にゆるく編み、滑らかな肩へとかかるライン。
胸元を大胆に開いた黒のドレスには、紅玉のブローチが煌めいている。
透ける肌は白磁のように滑らかで、
うっすらと滲んだ汗が、胸のかたちを縁取るように艶やかに光を弾いていた。
(――なんだ、この安心感と圧迫感の共存は……)
プロフェッショナルな雰囲気。
どこか疲れた微笑み。
そのすべてを吹き飛ばす、圧倒的な“質量”が、視界の正面に鎮座していた。
無意識のうちに目が泳ぐ。
だが――泳いだ先にも、当然のように胸がある。
カウンターにふわりと乗せられたそれは、もはや“装備”なんて可愛いレベルじゃない。
圧倒的な存在感。まさしく――山、だ。
思わず息を呑む。見てはいけない、と思いつつも、つい目がいってしまう。
(……いや、これ、やばいでしょ)
今にもこぼれ落ちそうな境界線。
ぷるん、と弾むたび、「女神様、本当にありがとう」とか、よくわからない感謝まで湧いてくる。
(違う、これは事故だ。不可抗力、自然現象……!)
頭では必死に警告してるのに、目だけはどうしても“そこ”から離れてくれない。
(ごめん……リリィ……フィオナ……それに、セリア。
アレは……無理だって)
「うわっ、アメリアちゃんより大きいんじゃない?」
「ふ、フィオナちゃん……初対面でおっぱいの話は、ちょっと……失礼だよ……」
(なんで言うかな!! 逸らしたいのに、逸らせないじゃん!!)
思わず心の中で叫んだそのとき――
その声に気づいたように、カウンターの向こうで受付嬢がゆっくりと顔を上げた。
「あらあら……お待たせしてしまいましたか? ごめんなさいね」
低く、落ち着いた声が、ひび割れた石壁にやわらかく響く。
――動けずにいるユーリを不思議そうに見つめながら、受付嬢は頬に手を添えて小首をかしげた。
声だけなら、完全に癒し系だ。
(あっ、やばい。完全に見惚れてた――)
そのとき、受付嬢がすっと立ち上がる。
布越しの山が「ぶるん」と揺れた。
(……落ち着け、俺。ここは戦場じゃない、ギルドだ。いや、何言ってんだ俺)
彼女は優雅に微笑みながら、こちらに歩み寄ってくる――
「ようこそいらっしゃいました、《夕凪亭》へ。今日はどのようなご用件でしょうか?」
鈴を鳴らすようにやわらかな声。
微笑みの奥に、微かに滲む翳りがあった。
瞳は優しいのに、どこか遠くを見ているようで、疲労の色だけが隠し切れない。
(……この人、めちゃくちゃ無理してない?)
ユーリは、咄嗟にそう感じた。
それは、かつて前世で見たことのある光景。
終わらない書類。
降り注ぐタスク。
誰も引き受けてくれない責任と、押し寄せる理不尽。
笑って誤魔化しながらも、心の奥では削れていく日々。
――鏡越しに見た、自分によく似ていた。
(……放っておけるわけないだろ。こんなの)
「あらあら……お客様?」
受付嬢は穏やかに微笑み、小首をかしげてこちらを見つめる。
その仕草も、声色も、まるで“すべてを包み込むような”やわらかさだ。
ふと、彼女の手が胸元にそっと添えられた瞬間――
指先が、何のためらいもなく柔らかな谷間に沈んでいく。
(これ……ワザとか!? いや、きっと天然……いや、やっぱワザとだろ!!)
そんなこちらの動揺など気にも留めず、彼女は相変わらずの穏やかな笑顔で、優しく声をかけてくる。
「ふふ……お困りのことがあれば、なんでもおっしゃってくださいね?」
彼女は、何事もなかったかのように微笑を保ったまま、優しく語りかけてくる。
――ここにも、妖精がいた。
胸の鼓動が高鳴り、ユーリの理性が静かに揺らぎ始める。
(……俺に、なにか手伝えることないかな?)
身体の奥から、じんわりと温かな感情が込み上げてくる。
そんなユーリの隣で、フィオナがため息まじりにぼそっとつぶやいた。
「は~……旦那様、好きなのは分かるけど、それはちょっと……アウトだと思うな~」
「そ、そうですっ。旦那様……っ!? い、いくらなんでも……そんなに凝視するのは……っ!」
リリィは真っ赤になりながら、袖をきゅっと握りしめる。
その二人の声に、ようやくユーリは現実に引き戻された。
「ち、違う違う! あのね? ちょっと仕事のしすぎで、胸が苦しかったり、締めつけられるような痛みがあるんじゃないかって……その、心配してただけで……!」
ユーリは慌てて手を振る。
「それでそんなにジッと見つめてたんだ!!」
フィオナは思わずユーリをまじまじと見つめ、その目がほんの少しだけ感心したように輝く。
「だ、旦那様……お優しいですっ!」
リリィは目をうるませ、胸元できゅっと手を握りしめる。
(やめて!! めっちゃ罪悪感で胸が痛いから!!)
受付嬢は、ぽかんとした顔でユーリを見つめたあと、ふっと目を細めて微笑んだ。
「うふふ……お気遣いいただけるなんて、うれしいわ」
張りつめていた糸がそっとほどけるように、声色に温もりが差す。
「わたくし、冒険者ギルド《夕凪亭》のギルド長、イレーナ・ヴァレンティーヌと申します。
差し支えなければ、お客様のお名前をお聞かせいただけますか?」
包み込むような微笑みと穏やかな口調――年上でありながら、まるで“妖精”そのもの。
その丁寧な問いに、ユーリはそっと頷いた。
「レーベルク男爵領から参りました、ユーリと申します。今日は……少しご相談がありまして」
名を告げた瞬間、イレーナの睫がかすかに揺れた。
“レーベルク男爵領”に思い当たる節があるらしい――
が、すぐに柔らかな笑みを整える。
「まぁまぁ……遠方よりありがとうございます。それではこちらへ。どうぞ、楽なご姿勢でお掛けになってくださいませ」
イレーナが手を差し出すように促すと、カウンター脇の簡素な椅子が目に入った。
その瞬間、リリィが一歩前に出て、そっとユーリの椅子を引いた。
木製の脚が床をこすり、わずかに軋んだ音を立てる。
「ど、どうぞ……こちらに」
「ありがとう、リリィ」
ユーリは微笑みながら礼を言い、その椅子に腰を下ろす。
それを見届けてから、リリィとフィオナも並んで腰掛けた。
イレーナは、その様子を静かに見つめ、ふっと微笑む。
「うふふ、そんなに緊張なさらなくても大丈夫ですのよ?」
その声はまるで、春風のようにやさしく。
少しだけ肩の力を抜いて、ユーリは改めて彼女に向き直る。
「……本日は、冒険者の皆さまのことで、少しご相談がありまして」
言い終えるよりも早く――扉が、勢いよく開いた。
泥だらけの四人組が、よろめきながら転がり込む。
「た、ただいま戻りましたぁ……!」
剣士・盾士・弓手・斥候――全員が疲労困憊の面持ちで、鎧も衣服もすっかりぼろぼろ。
とりわけ剣士の少女は涙で赤く腫れた目をしたまま、カウンター奥へ駆け寄った。
「ごめんなさい、ギルド長……魔獣の討伐、また横取りされちゃって……」
「あらあら――無事に帰ってこられたのなら、それで十分よ」
「でも、報酬が……。わたしたち、もう……」
「大丈夫。まずは身体を休めましょう? お話はそれからでも遅くないわ」
励ますように肩へ手を添え、袖口をそっと捲って止血処置まで手際よく済ませる。
――その瞳には揺らぐ影が潜んでいるものの、表情は崩れない。
ガランッ――。
場の空気を読まず、扉が乱暴に開いた。
「よう、お前らまた失敗したのか? 心配してみにきてやったぜ」
満面の笑みを浮かべながら現れたのは――
Aランク冒険者《銀閃》アルフォンス、その人だった。
イレーナの眉がわずかに跳ね上がった。が、すぐに押し殺すように微笑む。
「まあまあ……ご足労ありがとうございます、アルフォンス様。ご用件は?」
「ん? いやぁ、魔獣討伐に失敗したって聞いてな。心配になってさ」
入り口にもたれ、悪びれもなく言い放つ。
ギルド内の空気がぴんと張る。
剣士の少女が振り返り、涙の跡を残した頬に怒りを灯す。
「ふざけないでください!
あなたたちが邪魔して横取りして、報酬まで持って行ったくせに!」
アルフォンスは目を細めると、仲間を振り返る。
「え? 俺たちが助けたんだろ? なあ、困ってたよな?」
取り巻きが鼻で笑いながら答える。
「ああ、助けてやったのに、そんな言い方されちゃ――
ショックでお漏らししちまいそうだぜ」
その言葉に、斥候の少女は顔を伏せ、唇をきゅっと噛みしめた。悔しさに肩が小さく震える。
そんな様子を見ながら、アルフォンスは一歩前に出る。
気取った笑みを浮かべ、疲れきった少女たちを見下ろした。
「そんなにボロボロになりたいってんなら、別に止めはしないけどさ。
――うちのパーティに入れば、魔獣なんて楽勝で狩ってやるよ」
キラリと笑うその歯の白さだけは妙に眩しい。
「しかもさ、君たちは危険な前線に出る必要なんてないわけ。
――宿屋で、のんびり俺たちの帰りを待っててくれればいいんだよ。な?」
少女たちが、ぽかんと口を開きかけたその瞬間。
「そうそう」
と、取り巻きが調子に乗って口を挟んだ。
「飯の用意でもしてさ、風呂を沸かして待っててくれりゃ十分。
あとは俺たちの“英気”を養ってくれさえすれば――」
ニヤリと笑い、口元をぬぐうように人差し指を立てる。
「あっという間に借金なんて返せるかもな?」
【あとがき】
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