40.A級冒険者アルフォンス③
「……おっしゃる通り。手続きはギルドの役目ですから、僕が出しゃばる筋合いはないね」
そう言いながら、アルフォンスはごく自然な動きで、ユーリの隣へと歩み寄った。
「ただ、個人的に興味があってね。どこから来たのかも含めて、聞いてみたいと思っただけさ」
さらりとした口調の中に、ひそやかな探りを忍ばせた問い。
笑みは変わらないままだが、その視線はじっとユーリを捉えていた。
その様子を見た受付嬢は、ほんの一瞬だけ目を伏せ、静かにため息をつく。
「……アルフォンス様。いつもありがとうございます」
口調こそ丁寧だが、その声にはどこか“またですか”という疲れがにじんでいた。
「それでは、まずは依頼人のご意向を伺わせていただけますか?」
そう続けながら、彼女は視線をユーリへと戻し、穏やかに微笑む。
「改めて、ご用件をお聞かせくださいませ」
ユーリは軽く頭を下げ、静かに答えた。
「レーベルク男爵領のユーリと申します。冒険者を探していまして……条件は、それなりに良いものを用意するつもりです」
その言葉に、受付嬢はわずかに目を見開き、ユーリと、隣に控えるリリィとフィオナを交互に見比べた。
「レーベルク領……? え、えっと、確か淑妃様が降嫁された領地ですよね……」
どこか動揺したように、受付嬢は声を震わせながら言葉を探す。
その反応を見たアルフォンスも、目を細め、ユーリへと視線を戻した。
「なるほど、レーベルク男爵領か。あんな辺境から、わざわざ王都まで……一体どんな依頼をしに来たんだい?」
アルフォンスの興味津々の問いに、ユーリは少し引っかかるものを感じながらも、落ち着いて答えた。
「……はい。実は、レーベルク領に移ってくださる冒険者の方を探しています」
ユーリはひと呼吸おき、慎重に言葉を選ぶ。
「単発の依頼では立ち行かないんです。警備も、魔獣の対応も、日常的に誰かの手が必要で……領民たちと連携しながら、その場にいてくれる存在が欠かせなくて」
少し視線を落とし、続ける声は静かに響く。
「だからこそ、一緒に暮らし、支えてくださる方に来ていただけたら――それが一番ありがたいと思っています」
その言葉に、アルフォンスは一瞬きょとんとした顔をした後、肩を揺らして笑い出した。
「ははっ、それはまた大胆な話だ。いや、すまない、ユーリ君。でもね……王都からあんな辺境に引っ越す冒険者なんて、そうそういないと思うよ?」
笑いつつも、彼の視線はちらちらとフィオナとリリィの方へと流れていた。
「な、なによっ! レーベルクは辺境なんかじゃなくて、すっごくいいところなんだから!」
フィオナが頬を膨らませて抗議すると、アルフォンスは笑いを収め、にこやかに頷く。
「ああ、すまない。君たちの故郷をけなすつもりはなかった。ただ、王都と比べると……ね?」
「都会とは違いますけれど、それもまた、魅力の一つだと思います」
リリィも穏やかな表情で答えるが、アルフォンスはさらりと流すように軽く頷いた。
「まあ、そういうことにしておこう。で、ユーリ君。募集条件の詳細を聞かせてもらえるかな? 一応、心当たりのある冒険者がいるんだ」
その笑顔はあくまで爽やかだったが、ユーリは胸の奥に小さな違和感を覚えていた。
(……何だろう。このアルフォンスって人、どこか引っかかる……)
「……そうですね。できれば、前線で動ける方と、探索や周囲の警戒が得意な方、それから……弓を使える後衛の方がいらっしゃると、とても心強いです」
少し言葉を選ぶように間を置きながら、続ける。
「性別にはこだわりません。ただ……戦うだけじゃなくて、領の人たちと協力しながらやっていけるような、柔軟な方がいてくださると嬉しいです」
その言葉に、受付嬢は真剣な表情でうなずき、アルフォンスは意味深な笑みを浮かべた。
「なるほど、的確だね。……ガルド、お前のパーティ、まさにその条件に合ってないか?」
「はぁっ!? お、俺?」
突然振られたガルドは、思わず声を上げて目を丸くする。
アルフォンスは構わずに続けた。
「それにさ。お前、前に言ってただろ? “いっそ田舎で静かに暮らしてぇ”って」
「お、おい、その時の話は冗談で……!」
ガルドは焦ったように手を振ったが、アルフォンスは変わらぬ笑みを浮かべたまま、ひとつ肩をすくめた。
「まあまあ。君ほどの実力者が、この機会を逃すとは思わなかったからさ」
周囲の視線が集まり始め、ガルドは居心地悪そうに額をぬぐう。
「……ちょっと待ってくれよ。そんな簡単に決められる話じゃねぇって」
その煮え切らない態度と、どこか押しつけがましいアルフォンスの調子に、ユーリはふと胸の奥に引っかかりを覚えた。
(……なんだろう、この空気。ガルドさん、無理に巻き込まれてるだけじゃ……)
リリィとフィオナに目を向ければ、ふたりともまだ事態を測りかねている様子。
だが、ユーリの中では確信めいた違和感が膨らんでいた。
(ここで話を進めるべきじゃない)
そう判断し、ユーリは一礼しながら言葉を切り出す。
「……すみません。一度仕切り直させてください。また日を改めて、ご相談に伺います」
丁寧に頭を下げ、ユーリはリリィとフィオナに目で合図を送る。
ふたりもすぐに察して、静かにカウンターから身を引こうとした――そのときだった。
「ちょっと待ってくれ、そこの可憐なお嬢さん方」
アルフォンスの声が、妙に急いていた。
振り返るふたりに向かって、彼は微笑みを保ったまま一歩踏み出す。
「……本当にそんな田舎で冒険者をやるつもりなのかい? 王都で活動していれば、もっと稼げるし、待遇だって格段に違う」
その口調は、どこか焦りが混じっていた。
笑顔のまま、彼はさらに言葉を重ねる。
「たとえば……その服。可愛いけれど、王都の水準からすると少し質素だ。僕と組めば、もっと似合うドレスや上等なネックレスだって買ってあげられるよ」
物腰は穏やかだが、言葉の端々には王都の価値観と、上から目線の色が滲んでいた。
フィオナは一瞬ぽかんとしたが、すぐにくすりと笑う。
「へんなの。ドレスもネックレスも、別になくても平気だよ。私、そういうのより、ユーリ様と一緒にいられるほうがずっと楽しいもん!」
そう言って、彼女は当然のようにユーリの腕にぴたりと寄り添いた。
そのまっすぐな一言に、アルフォンスの笑みがわずかに揺らぐ。
「……そ、そうかい」
どこか戸惑いを含んだ声で呟きながらも、彼はすぐに気を取り直したようにリリィへと向き直る。
「き、君はどうかな?」
今度こそ違う答えが返ってくるだろう――そんな期待が、わずかに滲んでいた。
しかし、リリィはうつむいたまま、小さく、けれどはっきりと答える。
「私……派手な装飾品より、大切な人の隣にいられるほうが、ずっと幸せです。だから……その、お誘いは……ご遠慮いたします」
顔を真っ赤にしながらも、きっぱりと告げたリリィの声に、ギルド内の空気がぴたりと凍りついた。
アルフォンスは返す言葉もなく、微笑みだけを顔に残したまま、棒のように立ち尽くす。
動かない。視線すら、揺れなかった。
誇りと自信が崩れていく音が、もし聞こえるなら――きっと今、この静けさの中にあるのかもしれない。
(……リリィも、フィオナも)
(強いな。本当に)
「それじゃあ、お先に失礼しますね」
ユーリはゆっくりと会釈し、言葉を置いた。
それを止める者は、誰一人いない。
アルフォンスも、ただその場に立ち尽くすばかり。
微笑みの仮面をつけたまま、時間ごと凍りついたように。
ユーリたちは、その背を振り返ることなく、扉へと向かって歩き出した。
そのとき――
「……あの、少し歩いた先、西通りにも冒険者ギルドがございますので」
背後からかけられた声は、受付嬢のものだった。
「い、いえ、その……ご不便でなければ、そちらのほうが落ち着いてお話しできるかと」
思いがけない提案に、ユーリはわずかに目を見開き、すぐに穏やかな笑みを返す。
「ありがとうございます。では、そちらに伺わせていただきますね」
それだけを言い残し、ユーリたちは静かにその場をあとにした。
【あとがき】
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