40.A級冒険者アルフォンス②
◇ ◇ ◇
その頃、華やかな喧騒と活気に満ちたオルタニア王国・王都を歩き、ユーリ、リリィ、フィオナは王都で一番大きいと言われる冒険者ギルドへとやって来ていた。
街の中心部にそびえる堂々たる石造りの建物。重厚な扉を開けると、賑やかな喧騒と酒場の熱気が一気に三人を包んだ。
「わぁ……! これが王都のギルドかぁ……!」
フィオナは目を輝かせ、興味津々に室内を見回している。彼女の愛らしい姿に、酒を飲んでいた冒険者たちの視線が一瞬にして釘付けになった。
「ちょっと、フィオナ。あんまりきょろきょろしすぎると迷子になるよ?」
ユーリが軽く注意すると、フィオナはくるっと振り向き、胸を張って返す。
「へへっ、だいじょーぶだよっ! 迷子になっても、ユーリ様がちゃんと見つけてくれるもん!」
その言葉に周囲の冒険者たちがどよめく。
「なんだ、あの可愛い娘……」
「おいおい、あれ、めちゃくちゃ美人じゃねぇか」
「しかも、男を『様』呼びだと……?」
周囲から聞こえるひそひそ声に、ユーリは居心地が悪そうに頬を掻いた。
(やばい、注目集めちゃったな……)
「ユーリ様、こちらが受付のようですよ。まずは手続きをいたしましょう」
リリィが柔らかな声で促すと、ユーリは安堵の表情で頷き、受付カウンターへと歩み寄った。
「すみません、冒険者を何人か依頼したいんですが……」
「はい、かしこまりました。依頼内容を詳しく――」
受付嬢がにこやかに話し始めた、その時だった。
「おいおい、ちょっと待て。嬢ちゃん連れてる兄ちゃんが冒険者募集だって?」
背後から低い声が響き、ユーリが振り返ると、筋骨隆々の冒険者たちが立っていた。
「失礼ですが、そちらの方々」
受付嬢は即座に背後の冒険者たちに向き直り、ぴしゃりと一線を引くような口調で言い放つ。
「現在こちらはご依頼対応中です。個人的な絡みはご遠慮ください。――ここは王都最大のギルドです。規律を守れない方は、受付をお断りすることもありますよ」
しかし、先頭の巨漢の男は悪びれもせず、肩をすくめて軽く笑った。
「へいへい、わかってるって。ただ、ちょっと気になっただけさ」
そのまま、男は視線をユーリへと向ける。
「で、兄ちゃん。何の用で冒険者を募集してるんだ?」
ユーリはひと息ついて、静かに答えた。
「ああ、領地の防衛のために、腕のいい冒険者を探しているんだ」
「ほう、領地の防衛ね……それより――」
男はにやついたまま、ユーリの両脇にいるフィオナとリリィをじろりと見やり、口元にいやらしい笑みを浮かべた。
「兄ちゃん、正直なところ、嬢ちゃんたちのほうが気になるな。あんた、何者だ?」
その威圧的な視線にも、ユーリは肩をすくめるだけ。
返したのは、どこか含みのある落ち着いた笑みだった。
「人に名を尋ねるときは、自分から名乗るのが礼儀じゃないか?」
その一言に、ギルド内の空気が弾ける。
「ははっ、言われてやんの!」
「まったくその通りだな!」
仲間たちの声に、男は一瞬きょとんとするが、すぐに肩を揺らして豪快に笑う。
「はっはっ、そりゃ失礼! 俺は《黒狼》のガルドだ!」
名乗った瞬間、フィオナが「どやっ」と言わんばかりに胸を張り、ふふんと鼻を鳴らす。
「さっすがユーリ様! やっぱりカッコいい〜!」
その横でリリィも、そっとユーリに寄り添いながら小さな声を添えた。
「旦那様……素敵なお返しでした」
「リ、リリィっ……今日は“ユーリ”だってば!」
ユーリは慌てて声を潜めたが、時すでに遅し――。
ギルド内の冒険者たちは、その一言をしっかりと聞き逃していなかった。
「旦那様……って言ったか!?」
「おい、今の聞いたか……一体何者だ、あの男……?」
場の空気がざわつきはじめ、ユーリは思わず頭を抱えたくなる。
「あっ……! す、すみません、つい、いつもの癖で……!」
「『いつもの』、だとぉ!?」
冒険者たちのどよめきは一気に高まり、熱を帯びた視線がユーリに集中する。
「ってことは、普段から“旦那様”って呼ばれてるのか!?」
「おい嬢ちゃん、その若さで人妻なのかよ!?」
誤解が勢いを増して膨らんでいく中、リリィは真っ赤になった顔で慌てて手を振る。
「ち、違いますっ……! その、そういう意味ではなくて……どちらかというと、側室というか……」
「側室だとぉ!?」
「まさか、あの男……貴族か何かか!?」
ざわめきは瞬く間にギルド全体へと広がり、視線の圧力がさらに強くなる。
「ま、まあ、その……側室っていうのは、いろいろ複雑な事情が……」
ユーリが必死に言い訳を始めたその瞬間、フィオナが満面の笑顔で追い打ちをかける。
「そうそう! 私もユーリ様のこと大好きだし! 側室だよ! 他にも正妻が四人いて、側室が五人、お妾さんが今のところ三人かな!」
指折り数えながら語るフィオナに、ギルド内は一瞬静まり返った。
そして次の瞬間――爆発した。
「ちょっと待て! 正妻が四人に側室五人、おまけに妾が三人!?」
「おい、どう考えても一週間じゃ回らねぇぞ!」
「もしかして、一日二人体制とか!?」
「なるほど、それなら女神様の休日も確保できるな……」
なぜか妙に納得し始める冒険者たちに、ユーリは内心で頭を抱えた。
(いやいやいや、どこまで話が飛躍してんだよ……!?)
すると、先ほど絡んできた筋骨隆々の男――ガルドが憤然と前に出た。
「ふざけんなっ! こっちは真面目に冒険者やってんだ! そんな羨まし……いや、不埒な奴がのうのうとしてていいわけねぇ!」
(うわ、出たよ……完全に嫉妬イベントじゃん)
ユーリが額に手をやろうとした、まさにその瞬間――
「やめておけ、ガルド。嫉妬にまみれた怒声は、お前の器を小さく見せるだけだぞ」
凛とした声がギルド内に響き渡る。
一斉に向けられる視線の先。
銀髪をなびかせた長身の青年が、涼やかな笑みをたたえて静かに立っていた。
「お、お前……“銀閃”のアルフォンスじゃねぇか!」
「Aランク冒険者が、こんなとこに……!」
騒然とする場を軽く制し、アルフォンスは静かにユーリの前に歩み寄ると、丁寧に一礼した。
「失礼。騒がせてしまった。僕はアルフォンス。君は……?」
「あ、どうも。僕はユーリ。一応、レーベルク男爵領でギルド登録してます。まだ、Fランクなんですけど……」
その瞬間、ギルド内が再びどよめいた。
「Fランク!?」
「は!? 新米冒険者だとぉ!?」
「それであんな美女ズラリって、どういうことだよ!?」
視線と疑念と嫉妬が渦巻く中、アルフォンスは一瞬だけ目を見開き、すぐに柔らかな笑みを浮かべ、静かに首を振った。
「ははっ、Fランクでこれだけ注目されるとは。君、相当な規格外だね」
「いやぁ……できれば、そんな規格外にはなりたくないんだけどな」
ユーリが困ったように笑うと、アルフォンスは爽やかに続ける。
「面白いな。ぜひ、君のことをもっと詳しく聞かせてもらえるかな? よければ、手続きも手伝うよ」
アルフォンスの申し出に、受付嬢がにこやかに口を開いた。
「お気遣いありがとうございます、アルフォンス様。ただ、こちらは正式な依頼案件ですので、手続きは私どもが責任をもって対応いたします」
アルフォンスは一瞬だけ眉を動かし、受付嬢へと微笑みを返した。
【あとがき】
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