40.A級冒険者アルフォンス①
――オルタニア王国・王都 中央門前――
「わ〜っ! ついに来たよ、王都っ!」
馬車から飛び降りるなり、フィオナが両手を天に掲げてばんざいポーズ。
風になびく金髪と眩しい笑顔が、到着の喜びを全身で表していた。
「はしゃぎすぎ。ほら、荷物忘れてるぞ」
ユーリが苦笑しながら手荷物を持ち上げると、フィオナはぺろりと舌を出す。
「えへへ~、だって久しぶりなんだもん、王都! ねぇねぇ、旦那様、見て見て! あの白い塔、すっごく偉そうだよ~!」
目を輝かせ、きょろきょろと街の景色を見渡すフィオナ。
リリィはそんな様子にくすっと笑い、そっとユーリの袖をつまんだ。
「だ、旦那様……こちらが東区への道でございます。
そ、その……冒険者ギルドも、すぐそばに……」
小さく揺れるピンクの髪とともに、控えめな声。
案内できたのが嬉しいのか、リリィの頬にはほんのり紅が差していた。
「二人とも、“旦那様”じゃなくていいよ。今日はお忍びなんだから、“ユーリ”で」
そう促されて、リリィはぱちりと瞬きをし、戸惑いながら口を開く。
「ゆ……ユーリ……さ、さま……?」
名前を呼ぶだけで顔を真っ赤に染め、うつむくリリィ。
その様子に、思わずフィオナが吹き出した。
「も~、リリィったら緊張しすぎ~! そんなの簡単だよ、見てて――ユー……リ……さ、ま……?」
勢いよく言いかけたフィオナの声も、最後はしぼんでいく。
「……あれ?」
頬にじんわり赤みが差し、フィオナは気まずそうに視線を逸らす。
「フィオナも言えてないじゃん」
ユーリがくすっと笑うと、フィオナはぷいっとそっぽを向いて抗議した。
「だって、旦那様は“旦那様”なんだもんっ!
それに、呼び捨てにしようとしたら――セリーヌ様が見えたんだもん!!」
「は、はい……私も……。やっぱり、旦那様が一番です……」
リリィも小さく頷きながら、そっとユーリの袖を握る。
(まあ、無理もないか。やっぱり“旦那様”が二人には一番しっくり来るんだろうな)
そう思いつつも、ユーリは穏やかに声をかけた。
「でも今日はお忍びなんだから……せめて“様”くらいで頑張ってみない?」
促されるように、二人はちらりと目を合わせ、小さく息を吸い込んだ。
「……ユーリ、様」
「ユーリ様っ!」
緊張と照れを含んだ声は、まるで宝物を抱くように丁寧で、どこか甘く響く。
(……なんだよ、これ。結局“様”付きなのに、妙に破壊力あるな……)
思わず目を逸らしそうになりながらも、ユーリは、ふたりの紅く染まった頬をしっかりと目に焼きつけた。
「ゆ、ユーリ様……領地に来てくださる冒険者の方、見つかるといいですね……」
リリィはそっと瞳を伏せながら、願うように呟く。
「うん。魔獣の襲撃は、僕たちだけじゃ守りきれないし……いい人が見つかるといいな」
その言葉に反応するように、フィオナがぱっと顔を上げ、勢いよく拳を突き上げた。
「よーしっ、それじゃスカウト大作戦、しゅっぱーつっ!」
天真爛漫な掛け声とともに、フィオナが通りへ駆け出そうとする――が。
「ちょ、フィオナ待って! はしゃぎすぎ! 転んじゃうよ!」
慌ててユーリが呼び止めると、フィオナは振り返り、ぺろりと舌を出して笑った。
「えへへ〜。でも、こういうのって勢いが大事なんだよ?」
その後ろで、リリィがそわそわとユーリの袖を引き、そっとささやく。
「フィオナさん、王都の人混みは危ないですから……ユーリ様、どうか目を離さないであげてください」
「はいはい。二人とも心配だから……ちゃんと手をつないで行こうか」
ユーリは苦笑しながら、そっと両手を差し出した。
「わ〜いっ! 旦那様――じゃなくて、ユーリ様、やっさし〜い!」
フィオナは満面の笑みを浮かべ、ためらいなくユーリの手に飛びつくように指を絡めた。
その手のひらは明るくあたたかく、握る力もどこか嬉しそうに弾んでいる。
一方のリリィは、頬を真っ赤に染めたまま、ちらりとユーリとフィオナの手元に視線を落とした。
迷うように指先が揺れて――それでも、そっと差し出されたユーリの手に、震える指をひとつひとつ、絡めていく。
「……あ、ありがとうございます、ユーリ様……」
指が触れ合うたび、びくんと小さく肩が揺れる。
(マジですか……これって)
(手、繋ぐのなんて妹以来だけど……)
(ヤバい……めっちゃドキドキする。汗、大丈夫か?)
思わず顔を逸らしかけた瞬間、ふわりと甘い香りが鼻をかすめた。
リリィの……? それとも、俺の?
(……俺って、こんなに“いい匂い”だったっけ)
わけがわからないまま、ただ心臓の音だけが脳内に響く。
まあ、手なんて今さらのはずなのに――
そんな三人の“冒険者スカウト任務”が始まったのだった。
◇ ◇ ◇
一方その頃、レーベルク男爵領――領主執務室では。
今日もまた、セリーヌと宰相による静かなる攻防戦が繰り広げられていた。
「はぁ……本当なら、今日は旦那様と一緒に王都へ行けたはずなのに。またお仕事に足止めされるなんて。これではまるで、政務に縛られた囚われのお姫様ですわ」
書類の山に片肘を乗せ、セリーヌはため息混じりに嘆く。
優雅な口調に反して、書類の量は現実的すぎる。
「王家から降嫁された姫君なのですから、“姫様”なのは仕様です。そしてその芝居がかったセリフを言う暇があるのなら、さっさと仕事を進めてください。締切だけは、誰にも優しくありませんので」
宰相は冷静な声で、しかし容赦なく突き放した。
「まったく……こうして寂しさを訴えているというのに。旦那様に構っていただけない日々は、私の勤労意欲にも関わるのですけれど?」
「ご安心を。華楼小領公は、ただいま王都での任務を着実に遂行中です」
宰相が淡々と告げるその言葉に、セリーヌはぷいっと頬をふくらませる。
その様子に宰相はわずかに呆れた目を向け、そっけなく言葉を継いだ。
「……そういう仕草をされても、まったく可愛くありませんよ」
「あら、ひどいですわ。旦那様ならきっと、甘く優しい声で『僕の可愛い子猫ちゃん』と囁いてくださるのに」
「にゃっ、それは盛りすぎニャ。子猫ちゃんはさすがにないニャ〜」
机の端にいた黒猫・コクヨウが、尻尾をぱたぱた揺らしながら割り込んだ。
「まあ、コクヨウ様ったら。私が子猫ちゃんでなかったら、誰がなるのです?」
セリーヌは頬に手を当て、わざとらしく小首をかしげた。
「それは吾輩に決まってるニャ!」
胸を張って断言する黒猫に、セリーヌはくすりと笑いながら応じる。
「ふふ、コクヨウ様は“子猫ちゃん”というより、“ネコちゃん”のほうがしっくりきますわね」
楽しげなやりとりを前に、宰相はこめかみに手を当て、深々とため息をついた。
「はぁ……華楼小領公は姫様にぞっこんですからねぇ」
皮肉をたっぷり含ませながらも、諦めが混じった声音だった。
「あら、“ぞっこん”だなんて、うれしいことを言ってくださるのね」
セリーヌは頬をほんのり染め、上機嫌で軽く体を揺らす。
一方で宰相は、眉間を指で押さえながら小さくため息を漏らした。
「……陛下も、なぜこのような方にご執心だったのか。実態を知れば、さすがに目が覚めるのではないでしょうか」
セリーヌは余裕の笑みを浮かべたまま、肩を軽くすくめて答える。
「うふふ、残念ながら、昔の恋ほど美化されるものですわ。陛下にとって私はきっと、いつまでも美しい初恋のまま――胸に秘めておられるのでしょうね」
それを聞いた宰相は、わざとらしく肩を落とし、深いため息をつく。
「……陛下、本当にお気の毒に……」
「まぁ、ひどい言いよう。まるで私が悪女みたいじゃありませんの」
セリーヌは口を尖らせ、すねたように宰相を睨む。
「悪女というより、陛下の若き日々を惑わせた罪深いお方――というほうが的確かと」
さらりと皮肉を重ねる宰相に、黒猫コクヨウがくすっと笑って割り込む。
「にゃはは、それは否定できないニャ。セリーヌは相当な魔性ニャ~」
「まぁ、コクヨウ様まで……」
軽く嘆息しながらも、セリーヌの頬はわずかに赤らんでいた。
「旦那様……今ごろ、何をしていらっしゃるのかしら。私に会えず、きっと寂しがっておられるはず……」
頬に手を当て、うっとりと遠くを見つめるセリーヌ。
その横で宰相は、もはや習慣のように深いため息をついた。
「……むしろ、姫様がいない分、今ごろ伸び伸びとされているのではないですか?」
「あら宰相、あなたって本当に意地悪ですわね」
言葉では軽くすねながらも、セリーヌの表情に影はない。
嘆くそぶりとは裏腹に、彼女の視線は優雅に、まっすぐ王都の空の彼方を見つめていた。
【あとがき】
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