39.男爵領の女たち②
「いやいや、ちょっと待ってよ! 僕自身が強いわけじゃないってば。強いのは契約してる星──いや、その、ペットのコクヨウさんのほうで……!」
慌てて口を滑らせるユーリを見て、グレイの瞳が興味深そうに輝いた。
「ほう、ユーリ様はテイマーでいらっしゃいましたか」
「へっ? テ、テイマー……?」
思いもよらぬ言葉にユーリはぽかんと口を開ける。
グレイは大きく頷いて微笑んだ。
「魔獣をペットとして従える高度なテイマー技能は、魔族がよく持つスキルだと聞いておりましたが……まさかユーリ様がそれをお持ちとは、ますます素晴らしいですね。ぜひ冒険者ギルドにお力添えをいただきたい」
「い、いやだから違うってば……!」
焦って否定するユーリだったが、周囲の期待の視線はますます強くなるばかりだった。
そのとき、遠くから小さく、しかし不穏な音色が響き渡る。
――カン、カン、カン……!
「警鐘……?」
リリアーナが表情を引き締めた直後、勢いよく扉が開き、見るからに疲れ果てた若い男が部屋の中へ転がり込んできた。
「ギ、ギルド長っ……! た、大変ですっ……!」
息も絶え絶えの男はその場に膝をつき、崩れるように倒れ込む。
驚いたグレイが急いで駆け寄り肩を支えた。
「落ち着いて話せ、何があった!?」
「ま、魔獣が……魔獣の群れが外壁を越えて……っ! 村が……村が襲われています……!」
一瞬にして室内の空気が凍りついた。
リリアーナは即座にユーリを振り返る。
その瞳には、すでに領主代理としての毅然とした冷静さが戻っていた。
「ユーリ様、急ぎましょう!」
「ああ、すぐ行く!」
ユーリが躊躇なく駆け出すと、リリアーナはエリゼとエレナに素早く向き直った。
「エリゼさん、エレナさん、すぐにセリーヌ様へご連絡をお願いします。状況を伝え、支援を要請してください」
「は、はいっ、承知しました!」
エリゼとエレナは緊張した面持ちで頷き合うと、すぐさま扉の外へ駆け出していった。
二人が部屋を飛び出していくのを見届けると、リリアーナも迷うことなくユーリの後を追った。
残されたグレイは険しい表情を浮かべ、職員たちへ鋭く指示を飛ばす。
「すぐに動ける冒険者をかき集めろ! 緊急事態だ、戦闘準備を急げ!」
それまで閑散としていた冒険者ギルドは、一気に緊迫した空気と喧騒に包まれていった。
その頃、ユーリはすでに城下町を抜け、村へと続く道を疾走していた。
(急がないと……村の人たちが危ない……!)
背後に気配を感じてちらりと振り返ると、魔力で身体能力を強化したリリアーナが、必死の形相で彼の後を追っていた。
「リーナ!? 無理しなくていい、僕だけで先に行くから!」
「いえ、私も……っ! 領主代理として……村人たちを守る義務がありますから……!」
リリアーナは必死に駆けながら、ドレスの裾を軽く持ち上げていた。
汗ばんだ白い肌、紅潮した頬、走るたびに弾む胸元――
その瞬間、リリアーナの膝がガクリと折れた。
「きゃっ……!」
「リーナっ!」
ユーリは素早く反応し、倒れかけたリリアーナを支えた。
「ご、ごめんなさい……息が、苦しくて……」
胸元を押さえ、浅く早い呼吸を繰り返すリリアーナの様子に、ユーリは眉をひそめた。
「無理するからだ。ちょっと動かないで」
周囲を素早く見渡して安全を確認すると、ユーリは慎重に彼女を近くの木陰に座らせた。
「失礼」
ユーリは静かに詫びながら、リリアーナのボディス(胴着)を丁寧に脱がせ、続いてその下のコルセットも緩めていく。
「あっ……」
驚いて身を震わせるリリアーナに、ユーリは穏やかな声音で囁いた。
「呼吸が浅いから、胸を圧迫するものは外したほうがいい。大丈夫、下着はそのままだから……」
透き通るような白い肌が露わになり、身体を覆っているのは、薄手の高級肌着──肌にぴたりと張りついた、汗に濡れた一枚きりの布。
(ま、待って……これ、やばくないか……!?)
薄布越しにくっきりと浮かぶ柔らかなライン。
胸の輪郭、濡れた肌の艶、乱れた呼吸に合わせてかすかに上下する布の揺れ――
(ちょ、ちょっと待て……この透け感……まさか……!? この世界ってブラないの!?)
目を逸らそうと意識では思っているのに、視線は意志に逆らい、釘付けになったままだった。
ひとつひとつの息遣いが、布越しにすら色気を孕んでいて、胸の鼓動が収まらない。
――ゴクリ。
思わず乾いた喉が音を立てる。
(な、何、バカしてんだ俺、今は人命救助が先だろ!!)
ユーリは商人ギフトを静かに発動し、異空間倉庫からペットボトルの水を取り出した。
「ゆっくり息を吐いて、吸って……ほら、水を飲んで」
手で支えながら、水をゆっくりとリリアーナの唇に含ませる。
しばらくしてリリアーナの呼吸が整い始め、蒼い瞳が静かに開いた。
「……ユーリ様……ごめんなさい、私ったら……」
意識がはっきりすると、自身の格好に気づいたリリアーナは、顔を真っ赤に染めて慌てて胸元を手で覆った。
「俺の方こそごめん、無理させたね……。走るのに、あんなキツいコルセットじゃ……そりゃ息も切れるよな」
「ゆ、ユーリ様……っ、私のことは気にせず……先を急いでください……!」
「何言ってるの、置いて行けるわけないじゃん」
「ですが、村人が……」
「……ごめん。領民も大切だけど、俺は、それ以上にリーナの方が大切なんだよ」
(セリアだったら……どう答えるのかな……)
「ゆ、ユーリ様……」
「無理に頑張らないで。だって……俺にとって、リーナは――守りたい人だから」
リリアーナの瞳が大きく見開かれた。
しばし息を呑んだまま、彼女はじっとユーリを見つめていた。
「守りたい……人……」
繰り返すその声は、震えるように小さくて。
そして次の瞬間、彼女の頬が見る間に染まっていく。
胸元を押さえたまま、リリアーナはうつむき、そっと唇を噛む。
「……そんなふうに言われたら、頑張るしかないじゃありませんか……」
呟くように、それでもはっきりと。
そして、意を決したように顔を上げたリリアーナは、蒼い瞳にまっすぐな光を宿していた。
「では、もう少しだけ……甘えさせてください。ユーリ様が、そう言ってくださるなら」
その言葉に、ユーリは少し驚いたように目を瞬き――
すぐに、優しく微笑んだ。
「ああ、もちろん。リーナの隣にいるのは、俺の特権だから」
伸ばした手が、そっとリリアーナの指に触れた。
その一瞬のぬくもりに、リリアーナの睫がかすかに震える。
「……ふふっ、ほんと、ずるい方ですわね」
照れ隠しのように、リリアーナが小さく微笑む。
その笑みは、いつもの淑やかさの中に、ほんの少しの女の子らしさを混じえていた。
そして再び、二人は歩き出す。
寄り添うように、ゆっくりと。
これまでよりも、ほんの少しだけ距離の近い歩幅で。
「リーナ、無理はしないで。もう少しだから、ゆっくりでいいからな」
「はい、ありがとうございます、ユーリ様……」
リリアーナは少し息を整え、再びしっかりと頷いた。
やがて二人は村へと辿り着くが、その光景に愕然と立ち尽くした。
「これは……」
目の前に広がる村は完全に破壊され、家屋は全てが無惨に崩れ落ちている。
火の手こそ上がっていないものの、人の気配はおろか、魔獣たちの姿もどこにも見えなかった。
「どういうことだ……魔獣の姿が全く見えないぞ……?」
ユーリは警戒を解かずに周囲を見渡し、リリアーナも困惑した様子で肩を寄せ合った。
「村人の皆さんは無事でしょうか……? 一体何が起きたのでしょう……?」
張り詰めた空気を胸に抱いたまま、ユーリとリリアーナは慎重に足を進める。
破壊された家屋が積み重なり、荒れ果てた村の中心に見えたのは、巨大な魔獣の死骸だった。
「これは……魔獣?」
眉をひそめて呟くユーリの耳に――
「あ、旦那様~っ!」
あまりに場違いな、明るい声が飛び込んできた。
「フィオナ……?」
驚いて顔を上げると、瓦礫の間からフィオナが満面の笑みで駆け寄ってくる。
その無邪気な笑顔に一瞬胸を撫で下ろすが、すぐにユーリは視線を泳がせた。
「フィオナ、無事でよかった……! でも、他のみんなは?」
焦るユーリに、フィオナはきょとんと首を傾げ、すぐに満面の笑みで答えた。
「大丈夫ですよ~。一緒に来てるのはリーゼロッテ様とオフィーリア様、それにアイナ様に、リリィちゃんです! 魔術で魔獣をどーんって吹き飛ばしたり、弓でズバッと討伐したり、みんな大活躍でした!」
フィオナは誇らしげに胸を張り、背後の魔獣を指差す。
「あれなんて、リリィちゃんが眉間に一撃ですよ! すごいでしょう?」
「リリィが……?」
言われて目をやると、確かに大物のボアの眉間に矢が深々と突き刺さっている。
その見事な仕留めぶりに、ユーリは驚きを隠せずにいた。
「ユーリ様、お疲れ様ですわ」
「ふふ、随分と急いでいらっしゃったようですね」
「あっ、旦那様……! 無事でよかったです! 私、弓、ちゃんと役に立てましたよっ!」
振り返ると、リーゼロッテ、オフィーリア、リリィ、アイナが魔獣を抱えたり引きずったりしながら近づいてくる。
誇らしげに微笑むリリィ、優雅に頷くリーゼロッテ、涼しげな笑みを浮かべるオフィーリア――その頼もしく、美しくなった姿に、ユーリの胸がじわりと熱を帯びる。
「旦那様、これ、異空間倉庫に収納してくださいね! 後で解体して、美味しく食べちゃいましょう~!」
フィオナの無邪気な声に、ユーリはふっと肩の力を抜いた。
「まったく……かなわないな。でも、本当に良かった」
(俺の心配なんて杞憂だったか……ホント、最高のお嫁さんたちだな)
ユーリはふと胸元に手を当てた。
指先に、微かな熱が残っているような気がして――
脳裏をよぎるのは、汗に濡れた薄手の高級肌着、倒れながらも必死に走ってきたリリアーナの姿。
思わず視線を空へ向け、深く息を吐いた。
「……温泉、あったらな」
ぽつりと呟いたその言葉に、彼女たちの反応が一斉に返ってくる。
「だ、旦那様がめっちゃ優しい……」
「温泉ですか? なんて素敵なご提案……!」
「ぜひ……ぜひ、入りたいです!」
「みんなで、のんびりしたいですっ!」
目を輝かせながら口々に盛り上がる彼女たちに、ユーリは照れ隠しに頬をかいた。
少し後ろにいたアイナが、一歩近づいて――
涼やかに微笑んだその唇が、ほんの少しだけ、悪戯っぽく動いた。
「ふふ……温泉では、隠すものなんてないですものね?」
囁くような声が耳をくすぐり、汗の中に紛れた甘い香りが、そっと鼻先をかすめる。
ユーリの手がぴたりと止まり、背筋がぴくりと跳ねる。
(一応、湯浴み着がありますけど……ま、まさか、バレてる!?)
【あとがき】
読んでいただきありがとうございます!
ユーリとハーレム運営、応援したいと思ってくださったら、
⭐評価と❤、ブックマークお願いします!




