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ほろほろ鳥も夢をみる  作者: Miki Kukiri
57/68

小品:劍 




 標本室は〈過去〉の星が 実驗室は〈未來〉の星が 占據してゐた 


 そのどちらともかかはりたくない女性に ぼくの友人Kは 戀をしてしまつた 


 Kは思案のすゑ 彼女に廊下で結婚を申しこみ 受け入れられた ぼくたち友人連は 彼らを大いに祝福した 


 廊下で営まれるK夫婦の新婚生活は 不自由でせはしなかつた 


 将来を囑望されてゐたKからすれば 廊下を好きに移動し どの(へや)にも出入りできるぼくたちを見て 薄暗く狭い廊下の一隅で生きなければならない自分の立場を 苦しく思はなかつたはずはない 


 しかし Kは愚痴も弱音もはかず 目の前の小さな仕事に励み その暮らしは一應幸せさうだつた 




 やがて夫婦に子どもが生まれ Kははじめて ぼくたちに困つた顔を見せた 


 標本室にも実驗室にも入れないいまの儘では わが子に思ひ出と希望を與へてやれない と 


 Kの細君(さいくん)は わが儘な〈過去〉と粗暴な〈未來〉を 依然として大變に嫌つてをり 両者についての話は 欠片ですら聞かうとしない かつて何があつたと云ふのだらう Kの細君に ぼくたちは疑念をおぼえずにゐられなかつた 


 思ひ出は 〈過去〉が独占する標本室にだけ常にあり 一方希望はと云へば これも〈未來〉が牛耳る実驗室でしか 手に入らないのである 


 Kの細君は そんなもの 別になくつたつて子どもは育つわ と云つた


 しかしKは 子どもの小さな手や胸に何も持たせてやれないことに かへりみなくなつてゐた自分の誇りを さらに削りとられる気分がしたのに違ひない 


 痩せた体で 勇者のやうな決意を抱いたのだつた 


 いはく 自分ひとりで〈過去〉と〈未來〉の両者を殺しにいくつもりである 君たちに迷惑はかけたくないので 事が終はるまでは知らぬふりをして かまはないでくれたまへ 


 Kは自分たち夫婦で鍛へた武器を信じてゐて これがあれば自分でもなんとかなるさ と明るく云ふ たしかに彼が見せてくれた武器は美しかつた 大丈夫かもしれないと思へてくる不思議さがあつた 


 ぼくたちはKの云ふとほり 一時的に彼から遠ざかつた そしてその儘 Kの一家と会はなくなつてしまつた 


 Kの細君は案外彼を忘れて 標本室か実驗室の何處かで暮らしてゐる気がしてならないが 子どもはどうなつたかわからぬ 


 なぜ誰もKを押しとゞめなかつたのか いまでも不思議に思ふ 


 Kが頼りまた自信の源でもあると誇らしげに示した武器は 〈愛〉と云ふ名の懐中劍ひと振りであつたからである 






            了 






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