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第30話:皇国の悪意。

二章はルウたちの敵国であるペイザンヌ皇国。

そして、ペイザンヌ皇国と長い間戦争を続けている聖ゴーフレット王国を舞台に書いていくつもりです。

( *¯ ꒳¯*)

side:???



 ーー寒さが骨に染み込むような、布も敷かれていない抜き出しの石作りの牢獄。

 

 小さな影が、その一角にうずくまる。


 ――フリール。

 この世に芽吹いてまだ4年の少女は、身を縮めながら何かに怯えるように息を潜めていた。


 張り付いた無表情を、長いボサボサの銀髪で隠した、病的なまでに真っ白の肌をもつ少女。

 薄汚れた質素な布は、彼女の唯一の服の代わりだ。


 真っ白になった息が、牢内のじっとりと錆びついた空気に溶ける。


 そしてこの牢には、もう一つ同じように虚げな白い息をするものがいた。

 

 それは母。

 痩せ細り歩くこともままならない、フリール同様、手入れのされていないボサつく銀髪で表情を隠した、時折口から漏れ出る、細く白い息だけがかろうじて生きていることを示唆する、ひどく弱った母親だった。


(……どう…して、わたし……たち……こんな……あうの……わたし…たち…だけ……)


 フリールは自問自答をするが、答えは返ってこない。


 牢の格子越しに見える、煌びやかな世界にいる者たちはこの問いどころか、視線すら届くことはないのだろう。

 

 なんと白い布だろうーー触れたらどんな感触なのか。

 

 人間を彩る石ーーあの石はどうしてこうも牢の床と違って暖かく見えるのか。


 人々の声に息遣いーー白い息を吐くでもなく上がった広角のまま談笑する。


 鉄格子一枚を挟んだそこが、フリールには異世界のように感じられて仕方なかった。なぜ自分と母はあの世界に行けないのだろうか。なぜ、ここに閉じ込められているのだろうか。


「…はッ…はッ……はぁッ……わ……るい…してない……」


 声に出してみるも、誰の心に届くわけでもない。唯一耳に届く母すらもそれは例外ではなかった。


 ーー以前、3日に一度の食事として出された、表面にカビとひび割れのあるパンを口にしていたあの夜。

 乾いたパンが喉に引っかかり、涙ながらにむせて見上げた時、唯一空が見える小さな通気口から見えた光景にフリールは息を呑んだ。


 夜空がまるで裂けるような強い光が、柱のように天まで伸びるのが見えたのだ。


 牢内からでもわかる、城の慌ただしさを呼ぶあの光なら、フリールの疑問に答えてくれる。

 不思議とそんな気がした。



▶︎▷▶︎▷▶︎▷▶︎▷


side:ペイザンヌ皇国



 重厚な石造りで作られた一室。

 豪奢な装飾が惜しみなく施された天井には、金メッキではなく、本物の金を使用したシャンデリアが燦々と輝き、豪華な絨毯を照らす。


 部屋の中央に大きな円卓が置かれたここはペイザンヌ皇国の王城、その会議室である。


 円卓を囲うその上座の位置には、ペイザンヌ皇国の最高権力を持つ男ーードーバンセル・ナット・ペイザンヌ皇帝が鎮座していた。

 漆黒の艶のあるローブに身を包み、鋭い眼光とこけた頬がその性格がいかに冷酷であるのかを教えてくれる。

 そしてその顔は今、苛立ちの表情に歪んでいた。


 周囲の幹部たちはその表情に息を呑み、誰しもが言葉を発さず、ただ黙って皇帝の出方を窺う。


 ーー以前、皇帝に口出しをした大臣がいた。その者はその日のうちに処刑されたため、もはやこの国で皇帝の不興を買おうなどとするものは誰一人としていない。


 皇帝は恐ろしい剣幕で、目の前に広げられた一枚の地図を凝視していた。


 その地図には、山間の村ーーソテー村の位置と、その場所に関する様々な報告が綴られている。


「…誰か、この状況を説明しろ……」


 皇帝の硬く閉じられた口が小さく開き、低く冷たい声が周囲に投じられる。

 その声に周囲の重鎮たちは慌てふためき、視線を送り合うことで誰が報告をするかを決める。


その日は偶然、ペイザンヌ皇国騎士団の大元帥、ローグストラントに視線が集まったため、皇帝との応答はローグストラントが執り行うことが決まった。


「…皇帝陛下、僭越ながら、私、ローグストラントが説明を執行わせていただきます」


 ローグストラントは聡明であり、筋骨隆々で他の追随を許さない圧倒的な強さを持った、総員3500名以上からなる騎士団の筆頭、大元帥である。


 そんな者が、背中に冷や汗を感じながら慎重に言葉を選んで口を開くなど、どれだけこの皇帝は恐ろしいのだろうか。


「…まず、破滅の使徒様がかの謎の聖戦士、ルウ・ブランに討たれました」


「……知っておる。次を早く説明しろ。破滅の使徒など使い捨ての駒、なんの問題にもならん」


「は、はい…。大変申し訳ございません。…次に、王族の民を征伐する目的で村で指揮を執っていた騎士隊長率いる部隊との連絡が完全に途絶えました……ソテー村でのなんらかの反応の後、消えたとの報告が魔術師より上がっております。生存者も、一切の確認が取れないとのことです…」


 ドーバンセルは報告に眉を顰めた。

 それもそのはずで、本来であれば今日予定されていた会議では王族の民の完全排除の報告が上がって来るはずであったのだ。

 しかし、現実はどうだ。


 たった一人の女ーーそれも子供のような背格好の者によって算段を練った作戦は全て裏をかかれ、損失すら出た。

 ドーバンセルの心に不安の兆しが走るのも無理がない話である。


「……騎士隊長か。確か奴には宝物庫から魔道具を貸し与えてやったが…それは戻ってきておるのだろうな…?」


「は、はい。魔法具〈ヴァリュー・クリスタ(真価透過の水晶)シア〉は宝物庫に戻ってきております」


「そうか。…して、なぜこのような事態となった?」


 ドーバンセルの言葉に、大元帥ローグストラントは黙り込む。全ての元凶ルウ・ブラン。こんな不穏分子が突如として出現するなど、誰が予想できただろうか。

 ローグストラントの額に冷や汗の大きな玉ができる。


 一瞬の沈黙。押しつぶされそうな重圧をはらんだその空気の中、白いひげをたっぷりと蓄えた老骨と呼ぶに相応しい男ーー高官ゲラルドが重々しい口を開く。


「…皇帝陛下。どうか大元帥どのをいじめすぎないでやってくだされ。…今回の件に関しては、完全に青天の霹靂…。予期せぬ、できぬことであったのですよ」


 ゲラルドの話はまだ続く。


「…しかし、ことが起きてしまったのは事実。損失がある限り、我々としても黙っておることなどできませぬ…」


 ゲラルドのシワシワな人差し指が立てられる。


「…現在、占い師にルウ・ブランの居場所を追跡させておりましてな。最悪なことに奴は今、聖ゴーフレット王国におるそうです。王族の民たちと共に…」


 ゲラルドの言葉に周囲にいた幹部たちにどよめきが走る。それは皇帝たるドーバンセルとて、同じである。


「…ええ、わかっております。王族の民が聖ゴーフレット王国に帰還したなど、本来あってはならない話……しかし、しかしですよ。今代の聖王は、もはやすっかり王族の民のことなど忘れております。…これは、好奇やもしれません」


「…説明したまえ」


「はい。…聖ゴーフレット王国に、魔神様が召喚なされる強い魔物を送り込みましょう。そして諜報員を使って、噂を立てるのです。ハズレの村からやってきた者どもが、魔物を引き連れてきたと」


 そして、王族の民だと理解せぬまま処刑、もしくは国外追放。ルウ・ブランも同様の末路を辿ることとなるのだと言う。


「…国外追放にされたならそれまでです。我が国の魔物共の餌とすれば、全てが片付くはず…」


「ふん……勝手にしろ。ただし、次は失敗はない…。ここにいる全ての者の命は、誰のために、そして誰の元にあるのかを、しかと考えて行動するのだ」


 ゲラルドの説明を聞き終えた皇帝ドーバンセルはそう言い残し、立ち上がり窓の外を見つめた。


「…ルウ・ブラン。貴様がどんな輩であれ、魔神をも従える我が力を前に、必ずひざまずかせてくれるわ…」


 ドーバンセルはローブを翻して歩き始めた。その後ろを慌ただしく騎士たちが追おうとしたところで、立ち止まって幹部たちを見る。


 会議が終わったと思い、一息吐こうとした幹部たちに緊張が走った。


「…そうだ。奴、あの薄汚い女とその子供を殺しておけ。どうやら奴らを牢に入れた時から、どうも調子が悪い気がしてならん」


 ゲラルドが口を開く。


「よろしいのでしょうか? あの者は、一応皇帝陛下の怜妹であらせられますが…」


「…前も言ったはずだ。私はあれを血縁などと認めたことはない。…そうだな、処刑台に暇ができたらあの二人を殺しておけ」


 ドーバンセルは冷たく言い放つ。


「……はっ。承知いたしました…」


 分厚い絨毯を踏みつけながら会議室を後にする皇帝ドーバンセルを、皆黙って送り出す。

 

 この国、ペイザンヌ皇国で生き残るためには、皇帝の命令を遵守しなければならない。そのためには、いかなる存在が敵に回ろうとやむを得ない覚悟を持たなければならないのだ。


 ドーバンセルが出て行った会議室の空気は、さらにより一層重く沈み込む。そしてルウ・ブランを徹底的に排除する算段を、再び練り直す運びとなった。

⬛︎ーーーーーーーーーーーーーー

・アイテム/【干からびたサソリの尾】

〈説明〉

砂漠の岩をめくるとたまにいる、毒サソリの尻尾。

先端の針にはいまだ毒気が残っており、触れると侵され、じくじくと痛む。

ーーーーーーーーーーーーーー⬛︎


ルウ「…なんでこんなものがインベントリに…と思うかもしれませんが、それはルウさんも同じ。多分どこかでサソリを倒してドロップしたものを、捨てるのは勿体無いの精神で拾ったんでしょうね…」

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