異世界で猫獣人がフワフワでずっとモフらせてくれないかなーって考えてた
今の状況はこうだ。
現在地は集落から徒歩と馬車で丸1日移動した先の賑やかな町。
そのなかでも一番立派な建物のテーブルで行商人と向き合っていた。
もちろん多田も同行している。
テーブルの上にはエスビー食品の缶胡椒。
あえて商品名で言うならコショー(L缶)だ。
380g入りのデカい缶胡椒を購入する多田家へのツッコミはさておき、
今の俺のミッションはこの胡椒を商人に可能な限り高値で引き取ってもらう事。
言葉が通じないのに交渉できるのかって?
「ウェイ」
任せろ、俺には絶対的な自信がある。
全村民を感動の渦に引き込んだあの夕食の後、多田が俺にこんなことを言ってきた。
「植井君の思考が皆に伝わってるっぽいんだけど……」
当の俺にその自覚が無いのでなんとも言えないが、多田が受信した内容は俺が考えていたことに間違いなかった。
諸々試行錯誤した末の結論は、俺が“ウェイ”と言った時に“伝えたい”と思っている内容が直接相手に伝わるというものだ。
頑張れば言い回しを含めて伝えることもできるし、意図だけを直接伝える事もできる。
つまりこういうことだ。
「ウェーーーイ」
「ウェーーーイ」
「ウェーーーイ」(帰ってほしいと思っているが伝えようとはしていない)
本音と建前が使い分けられるなら、これでかねてよりの計画をいよいよ始められる。
まず重要なのは所有物の確認だ。
多田のエコバッグの中身は、ジャガイモ、タマネギ、ニンジン、カレーの固形ルー2種、缶胡椒、上白糖、リプトンのバラエティパック、その他調味料やお菓子がどっさり。
巨大なエコバッグから出るわ出るわ食材の山。
対する俺のレジ袋には、ペットボトルのお茶やジュースが大量に入っている。
クラッカーはともかく、“本日の主役”と書かれたタスキやヒゲメガネはこの世界で役に立つ機会は無さそうだ。
あとは、着ていた制服と防寒着。
体育着とジャージを持っていたのはラッキーだった。
通学鞄には筆記用具や教科書などが入っている。
スマホのバッテリーは既に切れかけているが、異世界では持っていても意味はないだろう。
そういえば異世界でスマホを使えるって作品もあったな……。
さて、異世界でも生きていくには資金がいるわけで、その手っ取り早い手段がこれらの持ち込み物を上手に利用する事だ。
真っ先に思いついたのは胡椒だ。
“かつて中世ヨーロッパでは胡椒が金と同じ重量比で取引されていた”
という話を聞いたことがあるだろうか。
実際にはそれは誇張された表現で、最も高騰していた頃でも金1gなら胡椒70g程度、銀1gなら胡椒5g程度で取引されていたらしい。(あくまで俺調べだけどな)
現在地は温暖な気候で原産地に近いと思うので買取額は安くなるかもしれないが、こちらの商品は天下のエスビー食品が長年研究の研究と企業努力の末に生み出した最高級のコショーである。
馬車で移動しているような文明レベルでこの品質と香りを再現することはできまい。
ということで、まずは村長に行商人を紹介してもらった。
言葉が通じるってのは素晴らしいね。
今回、俺はあえて制服を着てきた。
ポリエステルと綿の混合生地は丈夫で滑らかな光沢があり、量産品ならではの均一な縫製品質は現代日本でこそ普通だが、この世界では貴族が着ている最高級品すら凌駕するだろう。
温帯気候で着る冬服はめちゃくちゃ暑いが、最強のハッタリになるはずだ。
現在交渉の席に着いているのは周辺エリア一帯の流通を仕切る商会のトップだが、実はここに至るまでに多少の手間があった。
まずは村長に紹介された下っ端行商人にリプトンのティーバッグを一つプレゼントして中堅行商人を紹介してもらい、そいつにもリプトンを握らせる。
この世界で紅茶は高級品だから下手な金銭よりも喜ばれた。
そして、中堅商人を仲立ちに商会の代表にある物を献上すると、ほどなくしてあちらの代表が会いたいと言い出してきたのだ。
交渉の席に着いたのは、身なりの良い猫の獣人が二人。
太ったトラ猫が商会のボスで、細い三毛猫は鑑定士らしい。
対するこちらは、冬服の男子高校生と現地服の美少女の二人だ。
「席につくと喋らないといけなそうだし……」
とのことで、ほとんど喋れない多田はソファに座らず後ろに控えている。
「ご足労いただきありがとうございます」
口を開いたのは三毛猫の方だ。
トラ猫はどっしりと構えて身動きひとつしない、大物の風格である。
「ウェイ」
「ほう……魔力会話の類ですか、お目にかかるのは初めてです」
「ウェーイ」
「ええ、貿易商や外交官の中にそういった能力を持つ方がいるらしいと」
えっ……同じようなことできるやついんの!?
俺の能力、すっごい価値低くない?
「商談をご所望との事ですが、その前にいくつかお伺いしておきたい事がございます」
取引しようって相手だ、当然の流れではある。
「ウェイ」
「貴方がたは何者で、コレはいったい何なんでしょう?」
三毛猫が取り出したのは、俺が中堅行商人を通して献上した紅茶花伝のペットボトルだ。
こうなることは完全に想定通り。
遠く離れた異国の高貴な身の上だが陰謀によって国を追われた云々、祖国から持ち出した最高級の逸品がどうとか愛する妻を守るための八面六臂の大活躍など、アニメ換算で4クールに相当するだろう完璧なストーリーを用意してきている。
口から出任せ、嘘八百、口八丁……私の好きな言葉です。
「ウェ……」
「ワシら商人がいっとうも大切にしちょるのは何かご存知ですかな?そう、信頼ですわ」
俺が口を開きかけた所で急にトラ猫が喋りだした。
バトーさんクリソツのめちゃくちゃ良い声だ。わかる人だけわかってくれ。
「信頼を裏切ったヤカラはこのシマにゃ一人もおりゃせんのです」
トラ猫さん、目つきと口調がカタギじゃなくね?
「話の途中で失礼しやした、続けてくだせぇ」
“信頼を裏切った奴は一人もいない”というのは“信頼を裏切った奴は全員殺した”って事かな……?
あぶねぇ、迂闊なことを言う前で本当に良かった。
「ワケアリでしょうから無理にとは言いません、言いたくない事は言わなくて結構ですので」
こうなると穏やかな三毛猫さんも急に怖い人に見えてくるぞ……言葉を選ぼう。
ここからは分かりやすいように俺の言葉も意訳して表記する。
実際にはウェイウェイ言ってるが、そのつもりで読んでくれると助かる。
「俺たちの故郷は果てしなく遠い場所で、事情により帰ることができない。
故郷では日常的に現在のような服を着ており、労働しなくていい身分だった」
「ふむ、元々は貴族か王族…陰謀や跡目争いのゴタゴタでしょうかな」
「……」
沈黙は金。
嘘はつかないが、勘違いしてくれるのは勝手だ。
「ところで、後ろの奴隷は貴国の固有種ですかな?
ヒト族にしては大きすぎるが巨人族にしては小さすぎる……」
「すまないが彼女は私と対等な立場であり大切なパートナーだ」
しまった、少し不機嫌を顔に出してしまったかもしれない。
寸足らずの村人の服のせいで奴隷に見えたのか?
だがこの勘違いは使える。
「異邦の地で生きていくと決めたからには、過去の地位や身分など意味を持ちません。
彼女は現在、自らの意思であの場所に立っています。
そして私自身、元々彼女を下だと思ったことなど一度もないのです」
「……」
三毛猫がトラ猫を一瞥して続ける。
「その言葉に偽りは無いようですね、確かに枷もなく奴隷にしては身なりが美し過ぎる……
どうか失言と無礼をお許しいただきたい」
さては、トラ猫にはウソを判別する能力があるな?
「いえ、理解していただけたなら構いません」
奴隷を人として大切にする良き主人とでも思ってくれたか?
「では最後に、コレについてお教えいただけますか?」
それは500ml入りの紅茶花伝だが、これは事実を伝えるだけでお宝だと分かってもらえるはずだ。
・内容物は甘く高品質なミルクティーである。
・未開封なら常温で2ヶ月以上も品質を保つことができる。
・容器は丈夫で軽く再利用も可能である。
・容器の製造方法は不明で再現は不可能に近い。
これらの情報を集約した“ウェイ”。
この能力、けっこう便利かもな。
「魔力を帯びていないのに2ヶ月も……?にわかには信じがたいですなぁ」
三毛猫のやつ、めっちゃトラ猫をチラ見してるな。
やっぱり能力持ちだわアイツ。
「しかしミルクティーですか……容器は素晴らしくとも中身は期待できませんな」
「それはどうでしょう?ぜひご賞味ください」
紅茶花伝を無礼るなよ?飲んで腰を抜かしやがれ。
紅茶にミルクを入れる風習はかつて品質の低い紅茶を飲みやすくするために生まれたものらしい。
紅茶花伝の茶葉はもちろん高品質だし、何よりも国産に拘ったミルクは絶品だ。
ただのミルクティーとは別物と言っていい。
――という豆知識は、実は道中で多田に教えてもらったものだ。
人数分のカップに紅茶花伝を注ぎ、いざ試飲タイム。
「これは……」
「…………」
三毛猫は目を閉じて味を確かめているのか?
トラ猫は眉一つ動かさない。
「非常に甘く……私どもの知る紅茶とは全くの別物ですな」
これは失敗だったか?コーラよりは受け入れやすいと思ったんだが…
「別物ですが、味も香りも素晴らしい」
「ワシらみないた猫舌には冷たいっちゅうのもええな」
「ちなみにここに印字されているROYALという文字が意味するのは……“王室”だ」
「……なるほど、王室に献上されるのも納得の品質です」
ウソは一つも言ってない。
そこからの商談は驚くほどスムーズだった。
紅茶や緑茶は中身とボトルを含めて高く引き取ってもらえたし、2Lペットボトルは更に倍率ドン。
炭酸飲料は未知の飲み物ということで中身にはほぼ値段がつかなかったが、ガワであるペットボトル自体にそこそこの値がついた。
胡椒に高値がつくのは想定していたが上白糖はそれ以上で、筆記用具と学生鞄も想定以上だ。
提示された合計金額は当初の予想を大きく越えて“中流家庭の4人家族が町で1年間不自由なく暮らせる程度”はある。
「物好きな貴族に高く売れたら、後日追加でお支払いしますよ」
このネコチャンはなんて良心的なんだろうか。
しかしここは、目的のために謹んで辞退だ。
「追加分は要らないから、その代わりに一つお願いを聞いてもらえないかな」
「おや……もしや今回はそちらが本題でしたかな?」
「まぁね」
そんなこんなで当面の生活資金を得たわけだが、これが尽きるまでに収入を得る手段を考えなければいずれ干からびるのは時間の問題。
とは言っても、今日くらいは少々の贅沢をしてもいいよな?
あと集落に帰る前に異世界で定番のあそこにも行きたい。
もしかしたら次回は、魔法使いや召喚術師にも出会えるかもしれないぞ!
ぜひとも期待してほしい。




